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2章
【67】判決。
しおりを挟む審議はフィンティス絡みの状況確認が一段落した。
ここまでは、ディオ達も話してる事なのでしょうね、本当に確認程度だった。
「フィンティスの口から語られた、サーリアと言う人物についてですが」
ここからが本題ね。
「メルヴィル様は以前からルーシさんと面識がお有りだと伺いましたが」
ネイプ司教さんが口を挟む。
「ええ。2年程前に、偽ポーションの調査をギルドに依頼した所、監禁されているルーシさんが発見されたので保護しました」
「その偽ポーションの調査は、サーリアと言う人物の所だったのですか?」
「はい。サーリアと言う人物の名前が登場したのは、その後のルーシさんへの聴取が初めてでしたが」
「と言う事は2年も前からサーリアの存在も所業も知っていて黙って居たと言う事ですよね」
ネイプさんの口調が強くなる。
「その時はサーリアと偽ポーションを関連付けるモノが何も無く、報告する様な情報が何も無かったのですよ」
「貴方のスキルで覗いてもですか?」
ネイプさんは、他の人もだけど、メルヴィルさんのスキルをご存知なのね。
「ええ。現場にも痕跡は無かったそうで、彼の記憶を覗いてもその事については何も得られませんでした」
「なるほど。でも調査を依頼したって事は何らかの情報を得て居たからなのですよね?その後追及されて居れば報告を上げられる程度には情報を得られていたのではないですか?」
どうも雲行きがおかしい。なんだか彼女はメルヴィルさんを責めたい様に見える。
「当初、何らかの方法で調査が入る事を察したサーリアが逃亡したのではない思い、監禁するほど熱心だったルーシさんを監視して動向を伺っていた所です」
監視?アタシ達監視されていたの?
「それで、何か新たな情報は入ったのですか?」
今度はダンバス大司教さん。
「いいえ、何も。今ではルーシさんへの興味が無くなったから置いて行った。そう考えてます」
「エイミーはどうですか?」
おっと、何でここで突然エイミーに聞く?
「はい。彼には、怪しい素振りすら有りませんでした」
え、エイミーが監視役なの?気が付かなかった。
どんなスキル持ちなのよ彼女は。
これから彼女の事、警戒してしまいそう。
「ですがポーションを使わずに、人を丸焼きに出来るような地竜の攻撃を受けて無傷だったと言うのはどういう事ですか?フィンティスが言う『上質なポーション』なる物を所持して居たのではないですか?」
誰よそんな情報までペラペラ話した奴は。
「ルーシさん、どうですか?」
メルヴィルさんが振って来た。
そこはアナタがフォローしてよ。
「それはボクのスキルです」
え?
「ボクの加護は『羊飼い』と『錬金』で、地竜と戦っている時に『錬金』のスキルがレベルアップしたんです」
「ほう。錬金のレベルが上がるとどうなるのですか?」
「生物の形を変えられる様に成りました。それと元々の修復出来るって能力を掛け合わせて回復したんです」
ルーシは嘘を付いてる?
「それは凄いスキルですね。拝見させて貰えますか? あ、ここには刃物が無かったですね」
そう言えば、ルーシはアクセサリーをしてない。
ディアボロスとか置いて来ちゃったんだ。
「それならワタクシが」
ナミルが手を上げる。
「ワタクシの爪は尖ってます。どなたかを傷付けるのも忍びないのでワタクシが実験体になります」
ナミルらしくない喋り方。
「貴方はその方と面識があるので召集されたのですよね?」
とネイプさん。
「はい、そうです。信用出来ませんか?ならどなたかに変わって頂いても宜しいのですが、ワタクシはギルドに出向していたので痛みに慣れてますが、爪が刺さるのって痛いですよ?」
ルーシと面識無いのは7人。
司教と議長は立場的にしょうがないとして、他の4人は仲間を信用してないと思われたくないのか、はたまた痛いのが嫌なのか誰も代わりを名乗り出ない。
「信用してない訳ではなく、只の確認です」
「では、ナミルさんお願いします」
「はい」
ナミルが立ち上がりルーシの側に寄る。
「嫁入り前の体なんだからちゃんと治してくれにゃ」
ルーシにだけ聞こえる声でそう囁くとナミルは左袖を捲り爪を突き立てる。
テーブルに血が滴る。
「ナナチャ、掌かじって」
「え、あ、はい」
ルーシがアタシの顔を右手で覆った。
言われるままに掌を噛った。
誰にもルーシの掌から血が出ているのには気付いて無いだろう。
ルーシがその掌をナミルの傷に当てる。
少しさすって離すと傷は治っていた。
「おお、素晴らしいスキルですね」
テーブルに着いた血の汚れもついでにスキルで元に戻す。
ってか血は飲まなくても治せるのね。
「いつの間にそんな芸覚えたの?」
「メルヴィルさんと言い訳考えたんだ」
独房に来た時か。
その後、しばらく質疑応答したのちルーシは部屋を出され、向かいの部屋で待たされている。
この階の通気孔は壁の上下に2ヶ所づつ空いていて、下の穴はアタシが裕に通れる大きさだった。
「ちょっと覗いてくるわ」
ドアの前には1人、案内してくれた人が立って居るから角で死角になっている通気孔から出る。
そこを抜けるとさっきの部屋のさっき出入りした方の扉。
その脇にも同じ大きさの通気孔がある。
アタシはその中に入った。
「サーリアに着いては証拠が無さすぎますね」
議論が進んでいるようね。
流石に顔は出せないので耳を凝らす。
「なので引き続き調査したいと思います」
「分かりました。引き続きお願いします」
「ではサーリアの処遇については保留と言う事で」
「それではルーシさんの件に関しましても不問と言う事で」
「ちょっと良いでしょうか」
議長が纏めかけた所でネイプさんの声が阻む。
「サーリアは証拠不十分ではありますが、教義に反しているであろう事は濃厚なのではないでしょうか。その様な者と関わりが深い者を不問にするのはどうかと思います」
ネイプさんが味方でないのは分かってたけど、疑わしきは罰せずじゃないの?
サーリアの事は保留にしたくせに。
「確かに、このまま見過ごす訳にも行きませんな」
今のは誰だか分からない。
お初の誰かがネイプさんの味方なのだろう。
「それでしたら、彼の身の潔白の為にもミソギを行ってはいかがでしょうか?」
何言い出しちゃってるのメルヴィルさん。
ルーシに身削ぐ罪や穢れなんてないわよ。
「何か案がお有りなのですか?」
「はい。彼にも異端審問の業務を手伝って貰おうかと考えます」
「ほう」
「異端者同士に横の繋がりが有るのだとすれば、今回の様に彼が動く事でサーリアの情報が入って来るかも知れませんし、それを包み隠さず提供する事が彼の潔白に繋がるのでは無いでしょうか」
「先日の2人も同じミソギにされましたよね?」
ディオ達の事かな。
「同じ様な案件でしたからね。正直申しますと、昨今、武闘派な異端者が増えてて審問官のみでの検挙が難しくなってます。ギルドに応援を要請する事が増えてまして、ミソギ者なら費用も抑えられますからね」
「ちょっと宜しいでしょうか」
今の声はビックスさんかな。
「どうも判決に関する議論に移行している様に思われるのですが、我々は席を外さなくても宜しいのでしょうか」
「そうですね。参考人の方々には退室して頂きましょうか」
たぶん議長がダンバスさんにお伺いを立てて了承されたのでしょう。
ぞろぞろと席を立つ音がする。
「ナミルとコリティス、貴方達は側で待機していて下さい。この後、用があります。エイミーはお使いをお願いします」
とメルヴィルさん。
2人がルーシのいる部屋に来るかも知れないから、ここは1度戻っておこうかしら。
案の定2人が部屋に入ってきた。
「ふー、やっぱり教会は肩凝るにゃ」
「ナミル、声が大きいですよお」
扉が閉まると各々体を伸ばしてる。
「改めて、ルーシ久しぶりにゃ」
「久しぶり。2人は冒険者辞めちゃったの?」
「元々、出向と言うか研修だったんですよお」
ビックスさんもそんな事言ってたわね。
「それにしてもあのネイプって司教様はやたらと突っ掛かって来て鬱陶しかったにゃ」
「メルヴィル様を失脚させたいんじゃないですかねえ」
「ディオ達はどうしてるか知ってる?」
とルーシ。
「あの2人なら2年間審問官に同行する事になって、もうどこかに向かったにゃ」
先日の2人ってのはやっぱりディオ達の事だったわね。
それにしても、2年て長い。
ルーシにも同じ位の判決出たら学園通えなくなっちゃうじゃない。
「私達もこれからは審問官なんですよお」
「ビックスさんから聞いたよ。2人が教会の仕事するって似合わないね」
「ルーシも軽口叩く様になったのにゃぁ」
彼女達の軽いノリのお陰で他愛もない会話が弾んだ。
最近重たい事ばかりだったから助かったわ。
そんなしていると、ルーシだけがまた呼び出された。
部屋には司教さんと議長さんの4人。
「教会の公式見解としては不問と言う事に成りました」
ルーシを着席させると議長さんが言う。
不問なんならこれで解放される?
「なのですが、それでは全ての方面で納得を得るのは難しいであろうと言う事で、1年間、審問官に協力して貰おうと思います。非公式なので拒否される事も可能ですが、いかがしますか?」
納得しないのはネイプさんだろうけど、彼女だけの意見で決まる事は無いだろうからダンバスさんも議長さんも思う所があるのかも知れない。
そんな状態じゃ拒否出来ないじゃない。
それこそ心証悪いわ。
「‥‥学園に通いながらでも大丈夫ですか?」
そうね、1年間拘束されるなら今度の入試に間に合わないわね。
「学園に入学する予定だったのですね。残念ながらそれは難しいと思います」
と議長さん。
「ですが、学園の入試資格は17歳迄のはずですから、まだ有余がありますよ」
「‥‥分かりました。それならお受けします」
「それは何より」
ミソギってのを受けるのを承諾するとダンバスさん、ネイプさん、議長さんは席を立ち、代わりにナミルとコリティスが入って来た。
「ルーシさんは貴方達に同行して貰う事にします」
彼女達となら知らない人と組むより断然いい。
「良い所に落とせたと思っています」
メルヴィルさんが言う。
「ネイプ様主導にならなくて良かったです」
とコリティスがまともな口調で言う。
確かにネイプさんが主導権握ってたら、悪意のあるミソギになってたのかも。
「それでも、審問官は世間からの評判は悪いですし、手も汚れて、ある筋からは敵視される危険な仕事です。そんな落とし所しか見出だせなくて申し訳ありません」
それ以外の落とし所を模索してなかったと思うけど。
「サーリアを捕まえる為ですもんね。大丈夫です。ありがとう」
そっか。サーリアさえ捕らえられれば、アタシ達は大手を振って歩けるのよね。
ルーシは素直なだけじゃなく、そう言うのもちゃんと分かってるのね。
不信感ばかりなアタシより全然大人だわ。
これでやっと帰れる。
明日から教会に通う事になるけど、出動しない限りは帰れるみたい。
独房に残していた荷物を取り裏口に向かう。
ナミルとコリティスが出口まで送ってくれた。
「それじゃルーシ、また明日」
門が開くとそこにみんなが居た。
「ルーシ!」
リネットが駆け寄り抱き締める。
「ルー兄!」
カシウスやガイウスさん達まで。
エイミーもいる。
彼女が連れてきてくれたのかな。
「ルーシ、お疲れ様」
「審議会ってどんなのか分からないけど、嫌な事聞かれたりしなかった?大丈夫?」
「大丈夫だったよ。ほとんどボクの事じゃなかったし」
「そうだよ。ルー兄は悪い事してないんだから!」
みんながルーシを囲む。
「でも、1年間教会のお手伝いしなくちゃいけなくなっちゃった」
「え、それじゃぁ学園通えないの?」
「うん。難しいって」
「そうなんだぁ‥‥」
テルティアが肩を落とす。
「17歳まで入試受けられるって聞いたよ?」
「そうだね。来年の入試受けて再来年から通えばいいね」
とガイウスさんがテルティアの肩を抱きながら微笑んでくる。
「って事はオレと同級生になるんだ!やった」
カシウスが拳を握りしめ喜びを表現する。
どこの世界にもガッツポーズはあるのね。
「王都でお手伝いするんだよね?」
「旅に出る事が多いみたい。王都に居る時は帰って良いみたいだけど」
「一緒に手伝っちゃダメなのかな」
「ダメだよ。教会的にもだけど、リネットは故郷に帰らなくちゃ」
「そっか‥‥そうよね」
ずっと抱き締めていた腕を緩めリネットはルーシの顔を見た。
「じゃぁ、近々お別れね」
「落ち着いたら遊びに行っていい?」
「うん。もちろん」
かすかに涙ぐみながら答えるリネットにルーシは満面の笑みで応えた。
気が付けば、ルーシの身長はリネットを少し越えていた。
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