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1章
【30】はじめてのダンジョン
しおりを挟む王都周辺には3つのダンジョンがある。
その中の1つ、今回向かっているクロンのダンジョンは別名、初心者と上級者のダンジョンと言われている。
何でも、上層はゴブリンが適度に出現する程度なのに、中層に入った途端難易度が上がるらしい。
なので、パーティー組めてある程度上達すると別のダンジョンに行き、上位ランクに上がりたいパーティーだけ戻って来たりするんだとか。
「特等席取られちゃったわね」
荷台から話し声が聞こえる。
セドの隣にはルーシが座ったのでヴィオラが茶化されてる。
「別に席順決まってないじゃない。それに取られたんじゃなくて譲ったんだし」
荷台より助手席の方が景色がいいって言ってくれたのは、確かにヴィオラだった。
みんなそれ知ってて茶化すってのは彼女のツンデレが好きなんでしょうね。
王都からクロンまでの道は、採集された魔石を運搬する為に整備されている。
普通なら1日かける距離だけど、アタシ達は荷物も少ないし、馬も元気な上に着いたら長く休ませられるので少々無理させれば半日もしないで到着出来るらしい。
到着までの時間は景色見ながらセドの豆知識講座を聞いて過ごした。
左前に町並みが見えて来た。そろそろ到着かしらね。
「日が落ちるまでまだ時間あるからダンジョンに寄って行こうか」
馬車は街道をすこし右にそれ、草原を進む。先には放牧場にありそうな柵が見える。
柵の内側に公園のベンチの上にありそうな屋根が見える。
それを中心に半径1キロ位でぐるっと柵が囲ってるって具合。
「あそこに緑色の子供くらいの大きさの生き物いるの分かるかい?」
セドが柵に沿って馬車を進めながら、指差した方向に動くモノが見える。
緑色ですこし腰が丸まってて、子供というより老人みたいな歩き方してる、角が1本生えてて尖った耳。
「あれがゴブリンだ」
やっぱり。ってかここがダンジョンなの?
馬車を止めるまでの間に5体はゴブリンを見た。
ダンジョンは中心の屋根の下に入り口があるらしい。
柵は超初心者の訓練用に広めに囲われてて、ゴブリンが放たれているんだとか。
放牧場だと思ったのはあながち間違いじゃ無かったのね。
モンスターにも分類があって、ゴブリンは鬼人種。
鬼人種は桃がたいそう苦手なのだそうで、桃の木で作った柵には近づけないらしい。
馬車を降りた所の反対側の先に街がうっすらが見える。
ここからだと4キロ先くらいかしら。
「ダンジョンに潜るのは明日からだけど、その前に少し馴れておいた方がいいよ」
とセド。
「じゃぁ私、1匹連れてくるね」
リネットが柵の中へと飛び立って行く。
「これまでの稽古と違って勝ったら終わりじゃないからね。ちゃんと殺さないと殺されるって思ってて」
とヴィオラ。
すぐにリネットが、手の届かないスレスレを飛びながらゴブリンを誘導してきた。
「おまたせ」
リネットは柵の外で着地。ゴブリンはホントに柵に近づけないのね、1メートル手前でこちらを睨んでる。
ちっちゃい緑のジジィが真っ裸で唸ってる。
そう見えちゃうと中々気持ち悪いわね。
モンスターには繁殖能力が無いからナニも無いんで、ジジイもババァも無いんだけれどね。
「ルーシも入ってごらん」
柵をまたぎセドが言う。ゴブリンは威嚇するだけで近づかない。内側でも柵の側は安全なのね。
仲間の声につられてもう1体向かってくる。
老人に例えてるけど、走るのは速いわ。
ルーシが恐る恐る内側に入った時には2体のゴブリンが歯を剥き出していた。まるで猿みたい。
「卑怯で格好悪いけど、まずはここで倒してみよう」
セドが促す。ルーシはディアボロスを抱いたまま。
ビビってる様にしか見えないけど、アタシに伝わってくる感情は戸惑ってるって方が合ってると思う。
「セド、1匹倒して見てあげて」
とニコラ。
セドは頷くとおもむろに抜いた剣で1体を突き刺す。
血は出ないし、黒い煙になって消えた。
ぼとっと魔石が地面に落ちる。
「人の形に似てるし、生き物としか思えないから躊躇しがちだけど、今みたいに血も出ないし死体も残らないから。怖いかも知れないけどチャレンジしてみて」
ニコラにも促されて、ルーシは鎌を薙ぎる。
スパッと首が飛ぶ。それも一瞬で煙になる。
「ルーシどんな感じ?」
「んー、薪割りと似てた」
「やれそう?」
「大丈夫‥‥」
「ルーシどう?」
「大丈夫」
「じゃぁもっと前に出てみようか」
リネットがまた連れてくるのを安全地帯から出て待つ。
「無理だったら後ろに逃げ込みなさいね」
とヴィオラ。
今度のヤツは威勢がいい。唸りながらリネットを追いかけて来る。
「ルーシ頑張って」
リネットがルーシを追い越すとゴブリンの照準がルーシに向いた。
走ってきた勢いで飛びかかって来る。
ルーシは普段ならいなせるはずなのに柄で受け止めてしまった。
手の甲に爪が食い込む。
「ルーシ、蹴り飛ばせ!」
セドの喝。ゴブリンの腹を蹴り押すとルーシの力でも簡単に吹っ飛んだ。
爪のめり込み具合は酷かったから力はあるのに。見た目よりも軽いのかも知れない。
今もまた、ジャンプして襲って来てるけど、セドの頭より飛んでるもの。
ただ、落下中にディアボロスで真っ二つにされた。
「手、大丈夫!?」
リネットが駆け寄りルーシの手を取る。
もちろん大丈夫。蹴飛ばして爪が離れた途端治ってる。
「怪我したように見えたけど・・・」
なんともないルーシの手を見ながら不思議そうに首をかしげるが、怪我してないならいっかと思い直した見たい。
危ないわね。怪我してもすぐ治っちゃうから逆に怪我しないようにしなくちゃ。
その後、放牧場を半周回ってから街へ向かうことになった。
一応、リネットが空から見守ってくれて、並走する馬車でニコラとヴィオラが待機している。
落ち着いてしまえば、無策に突っ込んでくるヤツなんか訓練してきたルーシの敵じゃない。
ただ、倒す事に馴れるのが早くないかとちょっと心配になるけど、アタシも何だかんだすぐ馴れちゃったからそんなもんなのかしらね。
アタシも2匹ほど倒した。
『火炎』と『蛇火』なら一発で倒せるけど、『火球』と『石火』だとアチアチっと足止めにしかならなかった。
タックルと尾っぽスイングも一緒。決定力に欠けるわね。
尾っぽスイングは回転速くなって顔に当たりさえすれば首をもげるかも知れない。もっと練習が必要だけど。
街側には柵の外からダンジョンの入り口までの1本道があり、それも柵に挟まれて安全地帯になってる。
これでちょうど半周ね。
「街に向かおう」
馬車に戻るとすぐさま出発。
「お疲れさま」
「全然へっちゃらそうだったね」
荷台に飛び込んできたリネットが言う。
「うん。大丈夫だったよ」
「街着いたらまずギルド寄るわよ」
と助手席のニコラが言う。
彼女が助手席なのは珍しい。たぶん何かあったら直ぐ魔法で援護してくれる様に視界の良い助手席で待機してくれてたのだろう。
明日からは歩きでダンジョンに向かう。
まぁまぁ歩き易そうな道だからいいけど、往復2時間位かかりそうね。アタシは歩かないけど。
クロンの街は大きさ的には村くらい。
でも、中央にギルドがあるし、宿も酒場も、道具屋も揃ってる。
馬車をギルド裏の厩舎屋に預け、ギルドに入った。
中の作りは王都のそれとほぼ変わらないけど、少し手狭かな。
ニコラが手続きに行っている間、掲示板を眺める。
警備、駆除、捜索、配達。そんなんばっかりで討伐みたいな
THEクエストってのは無いのかしら。
「こう言う地味なクエストこなしていってランクと信用高めて行かないと良い仕事は入ってこないのよ」
「だから多くの人は実入りの良い魔石採集に専念しちゃってC級止まりなのよね」
ランク上げるのも大変なのね。
「今の依頼終わったら次の依頼探さなきゃね」
Bランク以上になると適度に依頼をこなさないとランクダウンしちゃうらしい。
「ルーシ、魔石持ってこっち来て」
ニコラに呼ばれた。彼女は保険の申請をしてたらしい。
期間を決めて1人につき小金貨1枚を預けて置けば、期間が過ぎても金貨を引き取りに来なかった場合捜索隊を派遣してくれるんですって。
任意だけど、無事に帰って来れば手数料もかからないって話だから手続きしておいて損は無いわね。
「魔石を換金して貰いなさい」
「お預かりしますね」
今日手に入れた魔石は9個。それを全部受け付けに渡す。
魔石は同じ種類のモンスターだと重さも大きさも変わらない。
ゴブリンだと高さ1センチの重さ10グラム。これ1つでトイレが15日使えるらしい。
トイレを基準にするのもどうかとおもうから、シャワーだと大体3日。ただ、お湯を使いたければ別途でもう1個必要。
受付のお嬢さんが秤で確認してくれている。
「90グラムですので、小銀貨9枚で引き取らせて頂きますね」
おもったより高額買取り。今までに聞いた一般人の月給の相場から考えると、日当と同じ位の値段を小一時間で稼いだって事になるわね。
その分命の危険があるんだろうけど、あれくらいでこれだけ稼げるならずっと放牧場歩いてれば良いんじゃない?
もっと稼ぎたくなるのが人の性なのか?
「初報酬おめでとう」
いつの間にかみんな集まっている。
「せっかくだから記念になるようなもの買うと良いよ」
「ありがとう。一緒に選んでくれる?」
等分分配がこのパーティーのルールだけど、今回ばかりはみんな譲ってくれるみたい。
ルーシはそれに満面の笑みで答えた。
ギルドそばの宿が幸運にも2部屋空いていたので滞在中はここが拠点になる。
セドとルーシとアタシが同室。
部屋に入って直ぐに体を拭いてから食事に行くことになった。
桶はトーラインのより小さいし、1日1回1杯って制限付き。
まだ1日目なのに、ガイウス邸のお風呂が恋しいわぁ。
「だいぶ筋肉ついたんじゃないか?」
セドが首を拭きながら言う。
彼と裸の付き合いするのって久しぶりよね。その間毎日稽古してるんだもん、セドからしたら急に筋ばった様な印象持つかもね。
セドは相変わらず素敵。
「今する話じゃないかもしれないけど‥‥」
セドが話を切り出す。
冒険者は死ぬリスク高い。
容姿、性格、スキルや何らかの事情でまともな仕事が出来ない様な奴らがなる職業だから、素行の悪い奴らも多くて世間体も悪い。
世間に認められたいならAランク以上にならなきゃらしい。
「ルーシなら堅実的な仕事もこなせるスキル持ってるから、今じゃなくても辞めたくなったら言ってくれ」
体拭きながら話してきたのは重苦しく話したくないって言う彼なりな配慮だったのかな。
「女性陣はまだだろうけど、下で待ってようか」
ダンジョンで栄えてる街には酒を出さない店はない。なんなら朝からでも飲めるんだとか。
そりゃ世間に見映え悪いわね。
宿近くの酒場は縦長で、長手の手前半分までカウンターがあり、奥にテーブル席がいっぱいある。
席を押さえてからカウンターに注文するスタイルみたいね。
心なしか、ハマールみたいな獣感のある輩がいっぱい居る気がするわ。ちょっと自重してましょ。
「あ、ツインブレスにゃ!」
テーブル席から変な語尾の女が手を振ってくる。しかも猫耳。
3人組な様で隣に大女と小女が居る。
「クロンで合うなんて珍しいにゃ」
彼女の四肢は毛むくじゃらでトラ柄。尻尾もある。
チャームポイントをアピールしたいんでしょうね、衣装がまるでビキニだわ。
「新人研修ですかあ?」
小女はのっぺりした喋り方。
水色マッシュルームでルーシより小さいかも。
「ええ。この子近々加入予定なの」
彼女達の隣に席を取り、セドがカウンターに向かう。
「それじゃその子も『二つ持ち』なのかい?」
大女はセドより少し低い位の背で、ガタイは彼より大きい。腕なんか倍あるんじゃないかしら。
赤茶ポニテのキューティクルとおでこの丸み、爆乳がなかったら男にしか見えないわ。
ニコラの紹介によると、3人はヴァルキュリルってクランのメンバーなんだって。
クランとはパーティーが2つ以上組める人数を保持する団体の事。
人数の規定はないけれど、12名以下で名乗ると逆に恥ずかしいらしい。
大女はグフリア。ヴァルキュリルの団長。
小女はコリティス。猫耳はナミル。
ナミルをよく見ると人間の耳もある。
「これはカチューシャにゃ。だって男ってケモ耳と尻尾が好きだにゃ?」
尻尾まで偽物だった。脚の毛はモコモコのニーハイに見えなくもないから確かに男受け良さそう。
二人っきりの時限定だけどね。公衆の面前でこれだと逆にひかれない?
「にゃぁにゃぁ言ってるけど、こいつ虎だからね」
「言うにゃー!」
3人は新人の勧誘に来ているらしい。
「そっちのパーティーが嫌になったら何時でもウチに来るといいよ。歓迎するよ」
グフリアがルーシを誘ってくる。
「ルーシは男の子だよ」
「え、マジ。ごめん、それじゃぁ無理だわ」
ヴァルキュリルは女性限定クランなのだ。
「そんなに可愛いのに付いてるなんてウチのメンバーが知ったら取り合いになっちゃうにゃ」
「それはナミルだけですう」
グフリアがため息を付く。
「グフリアがウチに来れば良いじゃない。アナタだったら『二つ持ち』の縛り破棄してもいいわよ?」
「誰が好き好んでハーレムの1員になるかっての」
「ウチはそんなんじゃないわ」
とヴィオラ。
「そうよ。セドはとても誠実よ」
とリネット。
「そんだけ選り取り見取りで手ぇ出さないって事は、あたしみたいなのがタイプかも知れないって事でしょ?」
「それはないですう」
彼女達、きっとだいぶお酒を飲んでるわね。
そこにちょうどセドが飲み物持って帰ってきた。
「セドリック、あんたの好みのタイプってあたしかい?」
「いや、違うけど」
いきなり絡まれたのに即答。
ププっと笑うコリティス。
「やっぱりですう。セドリックさんは私みたいなのが好きなんですよねえ」
6人とも違うタイプだし、誰かしら当てはまってもおかしくはないけども。
「それも違うかな」
ナミルが爆笑する。
「でかぶつとちびすけじゃ色気がないにゃ。やっぱりナミル位セクシーじゃにゃいと」
って言いながら胸を寄せてセドにアピールする。
Dカップかな。
「ってか1番ないから」
顔を近づけ上目使いするナミルのおでこを押し返す。
「にゃ。これはもう男が好きって事だにゃ」
それも違うと思うなぁ。アタシ的にはその方が萌えるけど。
そしたら宿泊が楽しくなるのに。
「実際、男がみんなセドリックみたいだったら、あたしはクランを解散してもいいんだよ」
酔いが深くなったグフリアが言い出す。
セドが誠実って方の事を言っているのだろうとみんな解釈してる。
「こんな成りでも女性冒険者から見たらグフリアは女神様ですう」
なんだか、3人を見ていると良いクランなんだろうなって思えてくる。
「ベネルに入り浸るヤツらならともかく、ロルを拠点にしてる人ならまともじゃない?」
「表面的にはね。でも、目線で分かるじゃない。まぁウチの奴の格好も悪いんだけどさ。」
とナミルを睨む。
「人間のオスは四六時中発情期だからしょうがにゃいにゃ」
ナミルは気にもしていない。
「全員がナミルみたいに能天気だったらいいんだけどねぇ」
「私はクラン内で色恋沙汰あったら嫌ですう。外でやれってのお」
周り見てもそうだしイメージだけど、冒険者って男が多いんでしょうね。そんな中で女性だけのクランまとめてAランクにいるんだもん、アタシじゃ分からない苦労してるんでしょうね。
酔った勢いだとしても愚痴る事の出来る2組の関係がいいわね。
ライバルだろうに素敵ね。
ルーシにも良い影響になるといいな。
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