僕のアイドル人生詰んだかもしんない ~ 転校生は僕の運命の歌い手?! 色気あるバリトンからハイトーンまで……アイドル底辺からの下剋上の歌 ~

悠月 星花

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赤い毒リンゴにはご用心?

第37話 湊っていつもカッコいいんですよ

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「本当に俺でよかったのかな?」

 モデルの女の子を見ながら、陽翔は呟いた。今日の予定では見学だけだったのに、むしろ、代役をさせてしまったことに悪い気がした。
 ただ、モデルの子は、片付けている現場から動こうとしない。モデル自身にも事故渋滞というハプニングがあったのは理解するが、撮影におけるモデルは、僕の次に主役級だ。モデルの遅刻というハプニングのあった撮影が終わり、みんなホッとしているところに、原因が居座ったとしても逆効果だ。
 そのモデルを見るスタッフの視線が、冷たく感じ、そのことが陽翔は気になっているようだ。

「そこの子、撮影は終わったから、もう帰った方がいいよ。監督たちもこれから編集作業に入るだろうし、邪魔になるから」

 誰もモデルには声をかけないで無視を続ける現場で、泣こうとするモデルに正直うんざりした。たぶん、スタッフもそうなのだろう。

 ここで、涙なんか流してみろ? 雰囲気が悪くなるのがわからないのか? 涙は女の武器じゃない。この現場に1番不要なもの。仕事をする上で、みせていいものじゃないのがわからないのだろうか?

「あのね? この仕事にどれほどかけていたかわからないけど、もう少し上手く立ち回った方がいい。君が来なかったことで、どれほどの人に迷惑がかかったのか、泣く前によく考えてみて」
「……湊」
「何?」
「……言いたいこともわかるけど、ちょっと冷たいね?」
「じゃあ、ヒナが慰めてあげれば? 僕は仮にも仕事をするためにこの現場に来ているんだ。ここに来たなら、それは仕事。子どもの遊びじゃないんだよ? 車がダメなら電車を使うことだってできる。少し考えればいいことだろ?」

 まさか、陽翔がモデルのことを気にしているとは知らず、味方じゃないことに苛立った。言葉そのままを聞けば、陽翔は駆け寄るのかと思ったが、ただ見守るだけ。納得したのか頷いた。

「確かにそうだね。今回のCM撮影、もしかしたら、そのまま撮影ができなかった場合もあるって教えてもらった。あの子だけが、仕事をしているわけじゃない」
「そうだよ。チャンスは平等だけど、そのチャンスを掴むのは平等じゃない。目の前にチャンスがあるのに、掴まなかったのはあの子自身。誰かが差し伸べてくれるチャンスにどう向き合うかで、今後は変わるよ。人の入れ替わりも早いこの業界で、待っているだけじゃチャンスなんて掴めないことも多いんだ。準備だけしていてもダメ。目の前に来たチャンスは、自分で掴め。今日のヒナのように」

 モデルを見ていた陽翔がこちらを見上げる。驚いたような表情だ。

「俺が掴んだのは、湊が用意してくれたからだ」
「最初は用意されてるものを掴むでいいんだ。次からは、なるべく自分で掴めるように努力すれば」
「できるか?」
「月影監督が、目をつけてた。次に繋がったんじゃないか?」

 クスクス笑いながら、「帰ろう」と陽翔を促すと歩き始める。モデルは、相変わらずだったけど、その子のマネージャーらしき人が引き取ってくれるようで、スタッフも自身の仕事へ戻っていく。

 ふと、撮影に使った大きな姿見に映る自分が、自分でも見たことのない表情をしていて顰めっ面になる。
「何してるんだ?」と陽翔が聞いてくるので、「さぁ?」と答えた。

「何か騒ぎになっていたけど、大丈夫だった?」

 先にクルマを回しに行ってくれていた小園が月影から連絡をもらったらしい。普通なら、揉めるようならマネージャーが間に入ってということなのだが、もし、揉めることになったとしても月影が間に入ると言ってくれたらしい。

「あぁ、モデルの子が今更来て、それでね……現場を動こうとしないし、誰も何も言わなかったからさ」
「なるほど。まぁ、それはどう考えても事務所やマネージャーが悪いね。現場に来るなら、それなりの覚悟は必要でしょ? 撮影が終わってからだし」
「俺、今日初めて現場へ行きましたけど、ああいうことってあるんですか?」
「ないこともないよ? ドラマだったら、主役級なら撮影をずらすこともあるけど、脇役なら、そのままそのシーンをカット……っていうことも、ざらにある。入れ替わりの激しい業界だからね」
「それ、湊も言ってました!」

「そう?」と少し嬉しそうにしている小園。どこにそんなポイントがあったのか、わからないが、何かあったのだろう。

「陽翔くんは、今日の撮影どうだった?」
「……すごく勉強になりました。湊がふだんどんな風に仕事をしているのか見れたし」
「そっちがメインだったもんね」
「はい、そうです!」
「実際、湊と仕事をして見ては?」
「……そうですね。なんていうか、俺からしたら、湊っていつもカッコいいんですよ。今日はそれをジックリ見れたし、すごく真摯に仕事に向き合っているなって感じました。俺を推薦してくれたことは、正直驚きましたけど、そのあとの俺へのフォローも素早くて……驚きました」

「湊、褒められているぞ?」と小園にからかわれる。「小園さん!」と思わず声をかけた。すでに陽翔にあれこれ言われ、恥ずかしくて車窓を見ていたので、自分の頬が赤いのがわかる。

「それより! あのCMっていつから流れるの?」
「たしか、来週の金曜。テレビ放送の前に渋谷のスクリーンジャックだって」
「本当? ヒナ、来週の金曜へ見に行こう!」
「えっ? 見に行くの?」
「そう。見に行こう。昼間でしょ?」
「時間はあとで知らせるけど、そうだね。編集、楽しみ?」
「もちろん! 月影監督の撮影だから、すっごい」

「そんなに?」と陽翔が聞いてくるので、『シラユキ』のMVはどうだったか聞けば、納得している。

「あぁ~待ち遠しい! 早く金曜にならないかなぁ?」
「あんなにCMを断っていたのに……、そんなに今回の撮影が楽しかったのか?」
「そう。こんなことなら……って、これは、ヒナがいたからかもしれないな」

 陽翔の方をチラッと見れば、「俺?」と自身に指を指している。頷いて笑いあった。

 思い切って新しい仕事をしてみてよかった。アイドルとして行き詰っていた今、陽翔という相棒を手に入れ、次の仕事が楽しみになる。

「次は、陽翔くんのデビューだな。どんなデビューにするかは、まだ、社長と話を詰めているところなんだけど……、新曲お披露目になるかもしれないね」
「すると……3ヶ月後とかになる?」
「そっか。『シラユキ』が出てまだ1ヶ月も経っていないからな。まぁ、2ヶ月連続でもいいんだけどさ。何か爆発的な売り出しかたがあるといいよなぁ……」
「社長は何かアイディアがあるんですかね?」
「どうだろう? 昨日、契約したばかりだし。何かあったら、教えてくれると思うよ。それまでは、ダンスやボイトレ、演技のレッスンとかかな?」
「演技?」
「湊もな? これからは、歌だけじゃなく……ドラマにも引っ張られることもあるかもしれないからな。監督が何か、狙っているようだから」

「そっか」と呟く。口元が自然と上がる。「頑張ろうな?」と陽翔が肩を叩いてくるので、僕は「一緒にな?」と笑いかけた。

 このあと、とんでもないことになるとは露知らず、僕らはクルマで笑いあう。明日からのスケジュールを確認して、来週の金曜までを過ごした。
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