上 下
15 / 45
うまく言えないけど!

第15話 痴漢にご注意!

しおりを挟む
 スマホのアラームがいつも通りに爆音で鳴り、いつものような朝を迎えた。身支度を素早く済ませ、朝食を作るためにキッチンに立つ。

 ……陽翔は、朝食べるかな?

 卵を冷蔵庫から2つ出したが、フライパンに火をかける前に固まった。朝食を作るかどうかで悩み、時計に目をやる。
 そろそろ起こした方がいいのでは? と思い、客間へと向かう。ノックをしても返事がなく、まだ、寝ているだろうと部屋に入った。

「ひ、……ヒナ? 朝だよ? そろそろ起きてくれないかな?」

 カーテンが少し空いているので、朝日を浴びて、陽翔の髪がツヤツヤと光る。柔らかそうな髪に手を伸ばしかけ、ハッとした。

 ……何してるんだよ。起こすんだろ?

 髪を触ろうとした手を一度引っ込め、再び肩を揺するために手を伸ばす。無防備な寝姿に寝言をいう陽翔。
 
「……ん、あと五分……」

 見惚れていた。
 陽翔が一瞬目を開けたので、驚いてあわあわしていれば、そのまま目を閉じ夢の中へ落ちていってしまう。慌てて、もう一度、声をかけた。

「朝ごはんいる? 食べるんだったら、そろそろ起きないと遅刻するぞ? 転校2日目で、それはまずいまろ?」

 捲し立てるように言えば、やけにゆったり「……まずい」と返ってくるが、朝はどうやら、弱いようだ。

「朝ごはん作っておくから、早く支度してこいよ? 好きなものは?」
「……卵焼き」

 目玉焼きを作ろうとしていたので、急遽、卵焼きに変えることにした。だし巻きをと考えていれば、寝ぼけながらもリクエストが飛んでくる。

「甘い卵焼きがいい……」
「……わかったから、早くこいよ? 来ないと、全部食べるからな?」

 部屋の扉をパタンと閉めたあと、ようやく起きたようで、のそのそと部屋を動き回っている気配がした。そのまま、洗面室へ向かうらしく、トボトボ歩いている姿が何とも言い難い。

 リクエスト通りの卵焼きとトーストを置いておく。先に食べ始めると、さっきとは違い若干、シャキッとした陽翔が「おはよう!」と挨拶をして席に座る。

「おはよう。よく眠れた?」
「おかげさまで……制服もピッタリだし、朝ごはんもうまそうだけど、朝、早くない?」
「あぁ、電車通学だから、仕方ないだろ?」
「電車なんだ? 送迎なのかと……」
「まぁ、wing guysくらい売れてれば、そう、なんだろうけどな。キャリアだけが長くて、売れてないから」
「そういうもんなのか。あっ、この卵焼き、絶品! 甘さも硬さもちょうどいい」

 トーストを齧りながら、卵焼きを頬張る。昨日も思ったが、陽翔はうまそうに食べる。あと、食べた後の皿が驚くほど綺麗だった。

「ごちそうさま」
「洗い物はそっちに置いといて。帰ってからする」
「すぐ終わるからしとくよ。湊は何かやることあるのか?」
「いや、もうすぐ出るくらい」

 時計を確認して、慌ただしく洗い物を済ませ、カバンを持って、マンションを出た。少し歩いたところに最寄駅があり、電車を待つ。朝が早いからか、人もまばらで、朝の少し冷たい空気が気持ちよかった。

「そういやさ、」
「何?」
「昨日、全然、湊からはアイドルにならないかって誘ってこなかったな?」

 申し訳なさそうにこちらを見上げてくるので、そんなことかと笑いかけた。

「僕、本気でアイドルしてるんだ。いくら僕が気に入って一緒にステージに立ちたいからって、やる気のないヤツと立っても、きっと、後悔する。僕もヒナも。せっかく、気の合う友達になれたんだから、とりあえず、それでいいかなって……」

「そっか……」の一言は、ホッとしたような残念なような響きに聞こえてくる。

「もし、ヒナが、本気でアイドルになって、僕の隣で歌ってもいいって思える日が来るなら……」

 東京の狭い空を見上げる僕をただ、ジッと見つめているのを感じる。

「僕の隣はいつでも空いてる。ヒナのためにあけるわけじゃないけど、僕は僕が納得した人と、いつか、東京のドームに立ちたい」
「アイツらみたいに?」
「アイツら以上に! 見たことないだろ? ヒナは。すごいんだぞ! 何万人もの観客の中、スポットライトを一身にうけてパフォーマンスするのって。お客の熱気が、背中を後押しする、いつも以上の熱に浮かされるみたいな!」

 まるで、ドームのステージにでも立っているかのように、まだ自身のコンサートで見たこともない景色を思い浮かべる。

「へぇー! そりゃすごいな」
「だろ? 今度、バックステージに来いよ! 通行証用意しておくからさ!」

「遠慮するよ」と言われると思った。イキイキと話をしたあとは、大抵引かれるのが常だったから。
 なのに、陽翔が口角を上げるように笑い他の友人からの言葉とは違った。ちょうど、電車が入ってきて、その言葉をかき消そうとしたが、僕には届いた。

「そんな場所、ワクワクするしかないな」

 驚きのあまり、目を見開いて、ジッと見てしまった。電車の扉が開いたので、乗り込んでいく陽翔。

「乗らないのか? 閉まるぞ?」
「乗るよ」

 閉まる扉に慌てて飛び乗った。驚きは欠かせなかったが、陽翔の言葉がじんわり胸に広がり嬉しく感じた。

「……ありがとう」
「何が? それより、すごい人だな? 朝早いっていうのに!」
「こんなもんだろ? 通学って。それより、制服、似合ってるな!」
「そうか? 着なれないから、変な感じだ」

 ネクタイを少し緩めている陽翔の耳元で囁いた。
 新しい獲物が来たと思っている輩がいそうな変な雰囲気がしてくる。

「痴漢にご注意!」

「俺、男っ!」とこっちを見てきたが、痴漢は……関係なくあるのだ。ぐわっと視線でこちらに訴えてくるので、ケラケラと笑っておく。そうすれば、今日は、何も起こらないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

僕のアイドル人生詰んだかもしんない ~ アンコール と あれから3年流れて ~

悠月 星花
BL
陽翔と出会って半年。 夢のステージ、「東京のドーム」にとうとう立つことが叶う湊。 一人では成し得なかった夢を陽翔と二人で掴んだこと、出会ってからの変わっていく僕を戸惑いながらもそれが当たり前になることをねがっている。 夢のステージ……その輝く場所で得られたものは……。 僕アイ第2弾! からの、第3弾!! 売れないアイドル如月湊が、転校生葉月陽翔と出会い、一躍アイドルの……世界のトップにたった! 東京のドームコンサートから、3年。 今、アメリカツアーから返ってきた二人が、次なるフェスに向かって走り出す! その名も……   メテオシャワーフェス! あの頃とは、二人の関係も大きく変わり、フェスまでの期間、二人には事件が? 無事にフェスを歌いきることができるのか?

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...