上 下
1,475 / 1,480

水飲み場Ⅲ

しおりを挟む
「今回の訪問って、皇帝は知っているんだっけ?」
「知らないという雰囲気ではないでしょう?曲がりなりにも、近衛に守られて皇都へ行くのだから」
「それもそうだよなぁ。乗り込んできた!とかになったら、戦争だ!ってなりそうだし」
「なるでしょうね?確実に。それをもくろんでいるのかもしれないけど、皇帝には呼ばれていないけど、宰相には呼ばれているから、殺されはしないと思うわ。だいたい、こんなところで、死んでたまるものですか!って話でもあるし?」
「それでも、気が抜けない旅になりそうだね?」
「わかっていることよ。言葉一つ、態度一つで、戦争が始まる……そう考えておいて」


 私は三人を見渡して確認をしておく。頷く三人に少し緊張が走るが、私は笑いかけた。まだ、インゼロ帝国内にも入っていないのだ。今から緊張していては、身が持たないだろう。肩を二回上下に揺らすと、気が付いたようだ。自分たちが、緊張という名の強張りに。


「今からじゃ持たないわよ?ただ、お客さんは来る可能性は、あると思うから……いつでもお相手できるように準備はしておいて」
「わかった。それは、俺に任せておいて。セバスは大丈夫か?」
「……なんで、僕?ナタリーじゃないの?」


 私とウィルは、セバスとナタリーを交互に見たあと、セバスに視線を戻す。ウィルと視線が同じように動いていたのだろう。諦めたようなセバスが、小さくため息をついて、「わかったよ」と呟いた。
 ナタリーも戦場へ出るような令嬢では、決してない。ただ、いざとなったとき、腹をくくって、落ち着いた対応ができるのは、セバスよりナタリーだろうとウィルも考えたようだ。セバスも薄々は気が付いているらしく、ため息をついたようだ。


「私は、近衛との合流後は、馬車での移動となりますから、そのあたりの采配はお任せします。セバスでは、そういったことは、あまり……」
「僕だって兵法は学んでいるんだから、争いが起きれば、前に出るさ」
「いや、出ないでくれ。その方が、守りやすい。何か起こったら、姫さんか俺の指示に従ってくれると助かる」
「そうね。私たちは、武器も握れないもの。本当は役に立ちたいですけど、私では足手まといになりますし、セバスだって」
「ナタリー、わかっていることに、あまり厳しいことを言わないでほしんだ」


 その後、セバスとナタリーが言葉で軽く言い争いをすることになり、間に割って入るが、じゃれあい程度の話であったので、お互い気にしていないよだった。


「そういえばさ、皇帝には会ったことがあるんだっけ?」
「私?」
「そう。聞いておきたくて」
「聞いたところでって感じだけど、ないわ!求婚の申し込みはあったらしいけど、断っているし」
「……求婚の逆恨みとかは、ないよね?嫁になった女性を気に入らないからって次々殺していっているって噂もあるし」
「うーん、逆恨みはないんじゃない?私に対して、恨まなくたって、他にたくさんの側室がいるんだし」
「中には物言えぬものになっているものも多いですけどね?」
「そうね」
「こういえば、后妃は?」


 ウィルが当たり前のように、后妃の話をしてくるので、思わず見てしまった。生涯、后妃だけは、替えるつもりがないと公言しているらしいインゼロ帝国の皇帝。后妃に会ったことはないが、皇帝のそばで、何年も生きていられるというだけでも、尊敬に値するのだが、彼女だけは、皇帝にとって、特別であることはあきらかであった。


「もしかすると、姫さんがその后妃の椅子に座っていたかもしれないんだろ?」
「当時、今の后妃になる妃はすでにいたわ。もし、私が嫁いだとしたら、2番目だったのよ。位を上げてやってもいいとは言ってくれていたようだけど」
「それって……あの事件のことがあるから?」
「ワイズの件ね。今、インゼロにいるから、そちらも気を付けないといけないわね。エリザベスの情報もワイズには入っているでしょうし」
「……執着していたって聞いたもんな。そんな男に嫁がずに、サシャ様に嫁げて本当によかったよな」
「実の兄を褒めるつもりはあんまりないんだけど、エリザベスを娶ったことだけは、お兄様の最大の手柄だと思うわ」
「エレーナのこともありますし、こちらには有利な展開でしたね」
「……ナタリーが、アンナリーゼ様みたいなこと言って……。染まりすぎじゃない?」


 セバスがナタリーに忠告をすると、「なんのことですの?」とほほ笑んだあと、「ダリアもいずれ、私のようになりますわ」とだけ付け加えた。ここ数か月、セバスから離れ、ダリアもコーコナ領で過ごしていた。その間に、ナタリーの教育は済ませてあるようで、やたら笑顔のナタリーがとても怖く感じた。


「何はともあれ、気を引き締めることと少し隙を見せられるくらいにうまくバランスをとる」ように伝えると、容量のいいウィルとナタリーは頷き、セバスは少し考えているようだ。


「僕が言えることは……僕を守ってください」


 か弱いお姫様のようなセバスに、私たち三人は頷きあい「任せておいて」と笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

【魅了の令嬢】婚約者を簒奪された私。父も兄も激怒し徹底抗戦。我が家は連戦連敗。でも大逆転。王太子殿下は土下座いたしました。そして私は……。

川嶋マサヒロ
恋愛
「僕たちの婚約を破棄しよう」 愛しき婚約者は無情にも、予測していた言葉を口にした。 伯爵令嬢のバシュラール・ディアーヌは婚約破棄を宣告されてしまう。 「あの女のせいです」 兄は怒り――。 「それほどの話であったのか……」 ――父は呆れた。 そして始まる貴族同士の駆け引き。 「ディアーヌの執務室だけど、引き払うように通達を出してくれ。彼女も今は、身の置き所がないだろうしね」 「我が家との取引を中止する? いつでも再開できるように、受け入れ体勢は維持するように」 「決闘か……、子供のころ以来だよ。ワクワクするなあ」 令嬢ディアーヌは、残酷な現実を覆せるのか?

処理中です...