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満月の夜Ⅲ

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 昔を懐かしむ私は、感傷的だった。ときおり、胸の中の消えない想いが溢れてくるのだろう。消化しているつもりでも、強すぎる想いは、ふとしたときに心の奥底から顔を出してくる。


「おやすみ、ハリー」


 小さく呟いた。その名を私が彼の前で呼ぶことは、二度とない。次、もし、会えたとしても……彼は『サンストーン公爵』なのだから。私に『アンバー公爵』とか『青紫の』とついているように、私たちは公の場以外で会うことはない。
 ただ、私は、それすら叶わないことを知っている。ハリーと一緒に死ぬ世界を捨てたのは、私だ。だから、これほどの罰を受けたのだろう。
 山積みの報告書が机の上で崩れていく。そこには、懐かしい文字が見えていた。


「……ハリー。今日は、そっとしておいてくれればいいのに。何かしら?」


 手紙を手に取り封を開ける。便箋にびっしり書かれた手紙は、懐かしいのと同時に、お説教じみた内容も目に入ってくる。無茶をしているとか、無謀なことをしているとか……私の代名詞とでも言いたげに、ハリーのお小言が書かれていた。
 公式な手紙ではなく、友人として心配しているという手紙が届いていたようで、ハリーの優しさが身に染みてくる。


「……相変わらず、心配性ね。まだ、死んだりしないわ。死期が伸びたのだもの。好きなことをめいっぱいするわよ?そんなに心配していたら、身が持たないわ」


 クスクス笑うと、目の前にハリーがいて、渋い表情を向けている。私の知るハリーは、学園を卒業したときのままだ。だから、若いハリーに「大丈夫」と呟いて、帰ってもらう。


「今日は何?私を心配してくれるのいいけど……イリアに怒られちゃうわよ?」


 大きなため息をついた。これ程までに、ハリーからの知らせがあるのだ。何かトワイスで起ころうとしているのか、はたまた、私の身に何か起ころうとしているのか。どちらかだろう。死期は変わらない。それなら、私が大けがをしたとしても、死ぬことはない。なら、心配するべきは、トワイス国だろう。何かが起ころうとしている予感がする。私の『予知夢』と変わったこと。それは、シルキーの存在だ。毒殺されかけたシルキーではあるが、生きている。私が介入したことで救ったのだが、そこで何か変わりつつあるのだろう。『予知夢』が見れなくなった今、どう対処すべきかはわからないが、兄へ手紙を書くことにした。


「お兄様へ。至急、エリザベスをシルキー様の侍女へと取りなしてください。どんな権力を使ってでも構いません。シルキー様が危ない気がします」


 さらさらっと書いた手紙を窓辺に置いた。その瞬間、鳥が羽ばたくような音と共に、その手紙は消える。


「さぁ、ちゅんちゅん。しばらく、トワイス国を見張ってちょうだい。私に介入できることは少なくても、シルキー様を守りたいわ。お兄様によろしく伝えてね」


 ひとり言のようなそれは、小さく聞き取れないだろう。ただ、満月を見つめて微笑んだ。


「もう一仕事しましょうか。ウィルから、あやしい動きがあるとの連絡も来ていたし……」


 手紙をひとつずつ片付けながら、処理をしていく。明日の朝、デリアがそれらを各所へ送付してくれる。仲間内へは、暗号の手紙となっているので、開いたとしても、コーコナ滞在のつまらない手紙ばかりだ。


「そろそろ、アンバー領が恋しくなってきたから、帰りましょうか。視察もほとんど終わったことだし、ココナに任せても問題はなさそうね。モレラもいるしね」


 報告書や手紙を全て読み終え、返事を書き終えたころ、ちょうど、月も西へと沈んだところだった。デリアを呼び、公都へ帰る準備と手紙の送付、仮眠を取ると伝えると、素早く整えてくれたので、私はすっとベッドへ潜り込んだ。夢もみず、深い眠りについたのだった。
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