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満月の夜

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「あなたを攫って逃げたい」


 頭に浮かんだ言葉があった。何の言葉だっただろうか?と考えると、昔、ハリーと一緒に見た観劇の一節だった。

 ……確か、王女様と敵国の若い騎士のお話だったわね。出会った当初は、国同士の争いもなくて。盗賊に王女様が乗った馬車が襲われていたところを国境警備に出てた青年騎士が助けた。そこで一目惚れ……。


「恋物語って感じよね。はぁ……なんていう物語だったかしら?ナタリーかカレンがいてくれたら、教えてくれたのに」


 思い出せない恋物語を考えながら、観劇を思い出していく。最後は悲恋だった。そう、彼は、戦での褒美とされた王女様と結婚するために集められた貴族令息に殺されたのだ。
 なかなかの展開に当時は驚いたし、結末はさらに残酷だった。


「出会ったのは、ロマンチックよね。命の危機にカッコいい青年に助けられ、『お怪我はありませんか?』なんて聞かれたら。……私なら、……真っ先に盗賊の頭目の首を取りにいそいそと馬車から出てしまうわ。そう……そんな話をしたら、ハリーは『間違いなさ過ぎて、腹が痛いよ』と腹を抱えて大笑いしたのよね。失礼ね。そのあと、『アンナの後ろから援護はするから』って……失礼過ぎるわ!」


 演劇を見たあと、ハリーと馬車の中で感想を話したのだ。当時はまだ幼かったから、恋物語への憧れもそれほどなかったが、ハリーがいたく気に入っていたのは覚えている。


「そうそう、その騎士とのお手紙のやり取りは素敵だったわね。遠く離れているから、鳥を使った短い文章で。正式に手紙なんて送り合えないから、内緒でこっそり……ジョージア様とお手紙のやり取りをしていたときのようね」


 クスクスと笑い、当時のことを思い出す。ジョージアからの兄宛の手紙は私への手紙であった。公に出来ないジョージアとの卒業式までの間、兄を隠れ蓑にやり取りをしていた。そのおかげで、当日までバレずにいたずらは成功したのだが、あぁいういたずらは、本来大好きなので、みんなの驚いた表情を思い出し思わず顔がにやけてしまう。


「本当にあのときは楽しかったな。夢みたいな時間でもあったし、心の通ったときでもあった。『予知夢』とは違う未来にどきどきもしたっけ?ハリーはあのとき出し抜かれたって感じだったんだろうけどね。あの日、ハリーの隣にいることもできたけど、そうしなくてよかったって、今も思っている」


 私は物語を少しずつ思い出していく。俳優の表情やその場にいたときの感情も。色褪せてしまったと思っていたものが、鮮明になっていくさまに少しだけ驚いた。
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