上 下
1,397 / 1,480

買いたいもの

しおりを挟む
 机の上におかれたそれは、ふわっふわしている。フォークでさしたあと、ナイフで切り分ける。それだけでも、おいしいような気がして早く口に入れたくなった。


「アンナ?」
「今日は、よくない?」
「ダメですからね?」


 そう言われ、しぶしぶ切り分けたパンケーキをアデルの口へほうり込む。一応毒味をしてくれているのだが、正直私には必要がない。恨めしそうにアデルを睨むとおいしそうに頬をゆるめている。小憎たらしくなり、足で脛を軽く蹴ってやる。
 いたかったのだろう。言葉にできないほど、アデルは目に涙をためて我慢していた。そんなアデルに気が付いたダリアは、気の毒そうにしている。


「もう食べてもいい?」


 アデルに聞けば首を縦に振って頷いている。まだ、痛む脛をさすっていた。


「おしそうね!」
「本当ですね?」


 ダリアとそのふわふわのパンケーキを見ながら、うっとりしていると、復活してきたアデルが私に抗議を始めたが知らぬ顔をしておいた。


「アンナは酷いです!」
「ひどいのはアデルだわ!私の至福の一口を取ってしまったのだもの」
「心配しなくても、私の分を少し分けますから……子どもっぽいことはしないでください?」
「……本当にくれるの?」
「もちろんです。アンナの食べた分より多く持っていっても構いません」


「どうぞ」と差し出してくれるアデルのものも毒味が終わっているので、私はアデルが切り分けたなかでも特別大きなものを選んだ。アデルは文句ひとつ言わず、ニコニコと笑っているが、私の気持ちに気が付いたのか、「おいしくいただいてください」と微笑んだ。
 出来る男子に育ちつつあるアデルに笑顔で「ありがとう」とだけ伝えてパクリと口に入れた。


「本当、甘いものには目がないですよね?」
「そうね。大好きなのよね。そう言えば、ダリアも同じものを選んだけど、良かったのかしら?」
「もちろんですよ!ふわふわしてておいしいですね?」


 ダリアの笑顔を見て、アデルと二人ホッとした。たくさん歩かせていたせいで、全てが嫌になっていたらどうしようかと二人とも考えていた。


「そういえば、アンナに相談があるの」
「なにかしら?私に答えられること?」
「えぇ、セバスチャン様ともっとも長く一緒にいられるので、何か欲しいものを探しているのですが……」
「何がいいってこと?」


 コクっと頷くダリアに私は、セバスのことを考えた。何がいいだろうと。思いついたのは、初めて外で遭遇したときのことだった。


「セバスに平民が着るような服を買ってあげるのはどうかしら?」


 私の提案にダリアはとまどい、アデルは糸がわかったようで、笑い始めた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

スウィートカース(Ⅷ):魔法少女・江藤詩鶴の死点必殺

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
ファンタジー
眼球の魔法少女はそこに〝死〟を視る。 ひそかに闇市場で売買されるのは、一般人を魔法少女に変える夢の装置〝シャード〟だ。だが粗悪品のシャードから漏れた呪いを浴び、一般市民はつぎつぎと狂暴な怪物に変じる。 謎の売人の陰謀を阻止するため、シャードの足跡を追うのはこのふたり。 魔法少女の江藤詩鶴(えとうしづる)と久灯瑠璃絵(くとうるりえ)だ。 シャードを帯びた刺客と激闘を繰り広げ、最強のタッグは悪の巣窟である来楽島に潜入する。そこで彼女たちを待つ恐るべき結末とは…… 真夏の海を赤く染め抜くデッドエンド・ミステリー。 「あんたの命の線は斬った。ここが終点や」

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...