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お忍び視察Ⅴ

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「噂になっているんだけどさ?」
「何?また変な話じゃないだろうね?」
「違うさ。お貴族様たちの社交の季節が始まったって」
「あぁ、もうそんな時期なんだね?それで?」
「いやさ、いつも社交の季節が始まってすぐに、うちの領主様は社交を放り出してこの領地へ来るって話さ」
「あぁ、いいのかねぇ?いつも思うけど……」
「なんだ?」


 私たちは食堂に入って席に案内されて座った隣の机では、すでに噂話が広がっていた。私が社交の季節には参加せず、領地に帰ってきているという話だった。思わず、聞き耳をたてると、アデルもダリアも同じようだった。
 目の前で二人の様子がおもしろくなりクスっと笑ってしまう。


「先に食べるものを注文しましょう」


 私が声をかけると、早々に注文をしおえ、隣の噂話に聞き入っている。


「領主様といえば、前のダドリー男爵を処刑した人だろ?」
「そうそう。女の人だっていうね?恐ろしいことも出来たもんだ」


 私はその言葉に胃が重くなる。真相はどうあれ、ダドリー男爵を始め、一族を手にかけたことに変わりはない。そんな私を気にかけてくれたのか、アデルが私の手を握ってくれる。驚いてそちらを見れば、笑っていた。『アンナは悪くない』そう言ってくれているようで、少しだけ微笑み返す。


「まぁ、でも、それと引き換えといっちゃ何だが、去年の土砂崩れの話。あれを聞いたときは鳥肌が立ったぞ?」
「あぁ、あれな?最初何をしているのか、俺たちの税金の無駄使いだと思っていたけど、綿花農家の住民や布工場で働いている人をほぼ救ったんだろう?あれは、俺たちにはマネが出来ない代物だな?」
「あれ、税金じゃなくて、領主様の私費をあてて作ったらしいぞ?」


 私は去年のことを思い出していた。コーコナ領では事件となっていたが、他領ではあまり問題視されていなかった土砂崩れの話が噂話になっている。去年は、病が流行ったことが国全体で大きな問題となっていたから、コーコナ領での出来事は些事なことだった。それでも、覚えてくれていた人がいることは、少しだけ嬉しかった。
 本来は、そんな日が合ってはいけないのだが、覚えてくれている人がいることが嬉しかった。


「すみません!」


 店員を呼び、お願いをすることにした。そう、隣で飲んでいる人に1杯ずつお酒を飲んでもらうことに下のだ。


「お隣の机に、同じお酒を1杯ずつお出しして構いませんか?」
「もちろん!お願いするわ!」


 そう言って、私たちの伝票鬼顔も風も感じていない今、風邪には気を付けようとこっそり祈っておいた。
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