上 下
1,372 / 1,480

こっそり逃げる私

しおりを挟む
 ナタリーが熱血指導をしてくれるおかげで、昼までのノルマである2つのクマが出来上がった。不格好……ではない。ただ、ナタリーに言わせると、「もう少し頑張りましょう!」らしい。ダリアもクーヘンもそれぞれのノルマを達成させたようで、ふっと小さな息を吐いている。もちろん、当のナタリーは、私の倍速の早さで私に指導しながら作り上げていた。ステイも見事な紐を編んで褒められている。


「昼食にしましょうか?」
「そうですね。みなさん、きりがいいですし」


 そう言って、机の上を片付け始める。私は、少し席を外すと言って、客間から……
 逃げた。いや、出来上がっていくクマのぬいぐるみを見れるのは楽しい。楽しいのだが、どうも、裁縫は向いていないので、お尻がソワソワと落ち着きなかったことをナタリーは気が付いているだろう。
 私の集中力もここまでと、逃げた私を追うことしないでくれた。
 執務室へ入ると、ぐぅーっと体を伸ばす。同じ格好でずっとチクチクとしていたのだ、体中がバキバキと音がなりそうである。


「ナタリー様に指導されていたのですか?」
「そうよ!デリアは早々に逃げるから!」
「逃げてなどいませんよ!私にも私の仕事がありますから」
「……私の専属なんだから、近くにいてくれてもいいと思うわ!」


 少し怒ったふりをしてみたのだが、デリアは知らんぷりだ。私のことをよく知り尽くしている。演技だとわかっていると……胡乱な視線が怖い。


「お昼から、どうされるのですか?」
「どうって……」
「戻られないのでしょう?」


 私に昼食を用意しながら、聞いてくる。
 まず、私が執務室に昼食が運ばれてくることにビックリしていた。さすがねと感心していると、もういつもの表情だ。
 せっかく、ナタリーのところから抜け出してきたので、昼食後は外へ向かうことにした。デリアにそのことを伝える。


「珍しく、私に教えてくださるのですね?」
「……そ、そうね?アデルも一緒に行くから、呼んできてくれる?」
「そうですか、アデルも連れて行ってくださる。それはよかったです」


 いつも何も言わずに出かけるので、デリアの……ニコニコ笑顔が怖い。護衛であるアデルすら連れずに出歩く私は、少しは成長したということで、褒めてほしい。いや、こんなことで、褒めてはもらえないことは重々知っている。


「どこへ向かわれますか?」
「となりの領地へ行ってくるわ。いろいろと」
「わかりました。アデルを呼んでくるので、いてくださいね?」
「もちろんよ!まだ、昼食を食べているところだもの」


 ナイフで鶏肉を切り分け、口に運んでいると、執務室からデリアが出ていく。すごく警戒されているのが、苦労かけているなと思わされた。


 昼食を食べ終わったころ、アデルを伴ったデリアが戻ってきた。着替えていないので、デリアは残るようで、午後からは私の代わりにあの場所へおさまってくれるようだ。ただし、裁縫はからっきしのデリアは、ステイと共に紐を編むことになるだろうが、なんとも思っていなさそうだ。


「じゃあ、行ってくるわ!」


「お気をつけて」と送り出された私とアデルは、馬に揺られ東へと向かう。このあたりの領地で1番大きな町なので、そこへ出かけた。今日はいつもの如く、夫婦か恋人か……。
 アデルは、いつになったらなれるのかと茶化してやる。馬から降りで、私たちは町を歩いた。
 活気のある町をスタスタとあるくわけにもいかず、歩調を合わせる必要がある。アデルに手を差し出すと、訝しまれた。ただ、手を繋ぐだけだというのに。


「あのね?アデル」
「……わかっています。わかっていますとも!恋人役ですか?夫役ですか?」
「どっちがいい?今日はアンジェラがいないから、選ばせてあげる」
「……じゃあ、恋人役で」


 選択したことを後悔するアデル。私は、手を繋ぐではなく、アデルの腕をとって、しっかり腕を組んだ。突然のことに驚いていたが、下からニッコリ笑いかけると、周りにも聞こえるんじゃないかというほどの大きなため息をついた。


「アンナ、そこまでしなくても」
「いいじゃない!アデルをいじるのって、すごく楽しいんだもん!」
「……だもん!って言っても、さすがに……」


 ベタベタとくっついている私たちは、注目の的であった。私に更に甘ったるいネコ撫で声で「アデル」と名を呼ぶ。「ひぃぃぃ!」と変な声をあげたアデルの足を思いっきり踏んでやる。

 私、これでも主なんですけど!「ひぃぃぃ!」って何?」

 睨んでやると、小さく「すみません」と謝ってくる。謝るほどのことではないのだが、必死なアデルに屋台を指さす。
 そこはお菓子が売っている屋台で、「買って!」と子どものようにおねだりする。
 さすがに、私に逆らわない方が、自分を守れるのではないかと思ったらしいアデルは、私のお願いを叶えてくれることにしたらしい。


「あとで清算しましょう」
「いいのですか?」
「私が出してもいいけど……ここはねぇ?見栄も大事でしょ?」


 大通りである。先程のこともあり、私たちは注目を浴びていた。だからこそ、アデルに花を持たせてやる。


「リアンにもこれくらいしてあげてる?」
「……アンナみたいな無茶なことはしない大人な女性ですから!」
「そう。そうなのね。アデルぅ……アレもほしい!」


 指を指したのは、大きな宝石のついたネックレスだ。輝きを見ても、等級は低そうだが、特級なみの金額で売られている。
「アレ!」と指をさし、アデルを困らせる。その顔を見て、私は自分も笑ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...