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牛のお産

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 初めて見るその光景。私の出産は……大変だったけど、いわゆる安産で、他の人に言わせれば……スルッとらしい。
 痛かったし、苦しかったし、辛かったけど……、スルッとらしい。
 子どもたちに会えた瞬間の疲れと感動は、忘れない。


「牛のお産……このまま難産だったらどうするの?」
「……そうですね、どちらかの命しか救えない場合もありますから、慎重に。アンナリーゼ様、もう少し離れてもらえますか。牛が暴れる可能性がありますので」


 助手に言われたとおり、少し後ろに下がって見守る。母牛は苦しそうにしているのが見て取れるし、鳴き声も不安と痛みといろんなものが混ざっている……そんな気がした。


「……お産って大変なのね」


 ステイも隣に並んで、牛の様子を見ている。息が詰まりそうだと言いながらも、「頑張れ、頑張れ」と呟くように応援していた。


「アンナリーゼも出産しているのよね?」
「はい、二人」
「苦しかった?」
「もちろんです!でも、周りの人に言わせれば、私のお産は安産だったって……あんなに苦しくて安産だなんて、信じられませんけど……目の前で苦しんでいる牛を見れば、安産だったんだと思えてきますね」


 だんだん弱々しくなっていく牛の鳴き声をただ聞くことしか出来ない。助手がどうするか考えている。


「縄を括りつけて、引っ張る。そこの護衛の人たち!」


 私たちの後ろにいたアデルたちが呼ばれ、手伝ってくれるようお願いされた。もちろん、アデルとレオは何も言わず、どうしたらいいかと説明を聞き始めたが、ステイの護衛は動こうとしない。戸惑っているのがわかるのだが、牛の母子の命がかかっているのだからと私は思わず睨んでしまった。
 動こうとしない護衛に変わり、私がアデルの方へ向かう。


「私が手伝います」
「アンナリーゼ様が?」
「いけません!」
「何故ですか?苦しむ牛の親子をこれ以上、見ていられません。出来ることがあるなら……」
「アンナリーゼが手伝うなら、私も手伝うわ!」


 私の隣にきたステイは、ロープを持ってニッコリ笑いかけた。そんな私たち二人の行動を見て、護衛は慌てて駆け寄ってくる。


「ステイ殿下、おやめください。私たちが手伝いますから!」
「それなら、何故もっと早く手伝わないの?」
「それは……」
「家畜だからというのは、答えにならないわ!家畜でも、生きているのよ。新しい命が誕生するかどうかっていうときに、何を迷う必要があるの?」


 護衛たちはお互いの顔を見合わせ、申し訳なさそうにしている。これ以上の言い合いをしても、埒が明かないだろう。


「ステイ様、今は一刻を争うときかもしれません。母牛の鳴き声が、小さくなっていますから。急がなくては……子どもも危ないかもしれませんから!」


 ステイに声をかけ、引っ張る準備をする。私たちは助手の掛け声に合わせて、引っ張っていく。無茶をすれば、それも危ないのだ。
「せーの!」の声が5回続いたとき、子牛がお腹から出てきた。どうやら子牛は無事なようで、小さく鳴いている。母牛も、子牛が生まれたことで、元気を取り戻したようで、子を呼ぶように鳴いた。


「……よかった、生まれたわ」
「ありがとうございます。おかげで、牛2頭の命を救うことが出来ました」
「牛って、難産なのね?」
「個体によると思いますが、この子たちは、特に難産だったみたいですね。子牛が、大きく育ちすぎているくらいだ」


 子牛を見れば、確かに母牛に比べ、大きいような気がする。子牛が立ち始めるので、それを見ている。人間の子どもが立ち上がるには、1年近くかかるが、牛はそうではないらしい。それを見ていて、感動してしまう。


「……うぅ、よかったね……よかった。母牛も子牛も無事で」


 涙を拭いながら、見つめていると、声をかけられた。どうやら、この牛の親子のを管理している農家のものらしい。


「あの、ありがとうございました!領主様自ら、てつだってくださるだなんて……その、申し訳なく」
「全然いいのよ。無事でよかったわ!」
「どうやら、腹の中で子牛が大きくなりすぎて、産道を抜けられなかったみたいです。もう大丈夫です!」


 ニッと笑うおじさんと、他にもきている牛舎のものたちが、ホッとしたようにしている。牛の親子を連れて、みんながゆっくり帰って行った。道を歩いてはペコペコと何度も頭を下げる農家の人々に私は笑顔で手を振って応える。その様子をなんとも言えないというふうにステイの護衛は見ていた。
 アンバー領でも牛の出産は経験をしたことがないが、農家に混じって何かをするということは日常茶飯事なので、なんとも思っていない。ただ、ステイの護衛は初めてのこと過ぎて、戸惑っているを感じた。ステイも初めての経験だろうが、スッと手伝ってくれるのは、持ち前の好奇心が勝っているからなのだろう。


「あなたたち」


 少し低い声が聞こえてくる。どうやら、ステイは護衛たちに対して怒っているようだった。


「ステイ様、今回は急なことでした。護衛の方々が戸惑うのも無理はありませんから、叱らないでください」
「でも、アンナリーゼの護衛は、何も言わずに手伝ったわ!」


 私はアデルとレオの方を見て、苦笑いする。元近衛であるアデル。これから近衛を目指すであろうレオ。二人とも、アンバー領と深く関わっているからこそ、手伝うことが普通なのだ。都会育ちの護衛とは、一味も二味も違う彼らは護衛としては、少々ズレている。それを自覚しながらも、私の考えを優先してくれることに感謝を伝えた。
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