1,366 / 1,513
案内してもらって
しおりを挟む
ヨハンの建てた診療所は、とても広い。「こちらです」と案内された場所は、ダドリー男爵の屋敷より広いんじゃないかと思う。
「広いわね?敷地だけなら、私の離宮と同じくらいかしら?」
「ステイ様の離宮は……もっと広いですよ?」
案内してもらって私たちは歩いてく。ヨハンが拘って建てたという診療所の出来があまりにも良いことに驚きを隠せない。
……私でも、ここまでは拘っていないわ。これ、新しい町の宿にも使えそうなものはあるわ。もっと早く教えてくれたらいいのに。
帰ってから手紙……書こう。
ヨハンを恨めしく思いながら、私は助手の案内についていく。隅々まで拘っているのがよくわかる。私には建物を建てる技術もどういったところが心地いいのかもわからないが、この場所を歩いているだけで、ホッとするような気がした。
「ここ、とても光が入ってきて、気持ちのいいところね?」
「はい、この明るさはわざと取り入れています。診療所って、病の人が集まる場所でもあるので、東の国でいうところの陰の気というものが集まるらしいのです」
「陰の気?」
「はい。そうです。私の勝手な想像ですが、ここへ運ばれた人が、全て健康になって帰れるかと言えばそうではありません。そういう亡くなった方への残された人たちの感情だと思うんです」
「悲しいとか辛いとかね。それは、わかるわ」
「ステイ様」
「母を無くしているから。ずっと、部屋のカーテンを締めて部屋に閉じこもっていた時期もあるの。真っ暗な中、母を思って泣いたこともあったし、辛い悲しい寂しいと言う感情が晴れることはなかったわ。ある侍女が来て、部屋のカーテンを開け、窓を開けて、空気を入れ替えるまで、ずっと、部屋には私の感情が籠っていたのよ」
昔を懐かしむステイ。ステイは、公子であるがため、母の死のときに、いろんなものを飲み込んだのだろう。結果、今に至っているのだろうが、私はその侍女がステイ様をこの世界へ取り返したのだと感じた。
きっと、そのまま部屋に閉じこもっていれば、ステイも病気になっていただろう。どんな病名がつくかはわからないが、心の病になっていたに違いない。
「その侍女はお手柄ですね?」
助手がステイに笑いかけると、少し驚いたあと「そうね。私にとって、救世主よ」と笑った。
「ステイ様にも素敵な侍従が側にいてくださったのですね?」
「もちろんよ!一時期は本当に手に負えない感じではあったけど……」
クスクス笑いながら、「病は気からってことかしら?」とハッとしたようにステイが言うので、助手が頷いた。
「そうです。病は気から。暗い部屋に閉じこもっていることは、心に影響を与えます。人は太陽の光を浴びることで、気力が湧くと聞いたことはありませんか?」
「確かに、雨の日は少し気分も落ち込むわね。診療所で病を患っていれば、なおのこと。心が弱くなる。どんな屈強な人物でも」
「それを少しでも軽減するように、明るく光を取り入れているのね?」
「明るすぎると問題ではあるのですが、そういった自然からの恵もこの診療所には取り入れています。観葉植物や中庭にある木もそのひとつの仕掛けとなっています」
「……自然豊かな場所。確かに落ち着くわね?」
「アンナリーゼは、日常的にこういった場所へ行っているから、あまり気が付かなかった?」
「ステイ様こそ、素敵な庭があるから、気が付かなかったのではないですか?」
二人で軽い言い合いをしながら、心地いい空間にホッとする。ステイも同じ気持ちらしく、のんびりとした感じであった。
「……お話中すみません」
案内をしてもらっていると、声がかかり、助手は「失礼します」と出ていく。何事かあったようで、一気に慌ただしい。
私たちも何事かと顔をのぞかせると、少し離れた場所に牛が横たわっている。私をそれを見て目を丸くしていた。
「どうかしたの?牛よね?」
「……領主様、申し訳ありません」
「いいのよ。状況だけ説明をしてくれるかしら?」
助手の助手らしい、まだ、何も出来ない子を見つめる。玄関先にいる牛は、苦しそうに、されど暴れすぎないように力を押さえているが、なかなか難しいようだ。
「牛のお産はあと4,5日かかると思っていたのですが、どうやら、産気づいているようなので、頼みました」
助手の助手は、「頑張れ!頑張るんだ!」と騒ぎ立てているが、実際問題、助手が指示を出しながら、生まれてくる命に向き合っていた。
「他の人は助けられないの?」
「そんなことはありませんが、今回のお産は難産のようです」
牛舎は別緒ところにあるが、離れた診療所まで来てお願いすることになったようだ。
「……難産ですね。スルッと出てくるものけど……今年は難しそう」
「動物の出産は初めて見るから、頑張れっ!元気な子がもうすぐそこにあるわよ!」
「頑張れ!」
暴れたそうにしていても、押さえつけられている牛に何もしてやることは出来ないだろう。男牛はおいてきたのだが、馬車がこちらに来る。今晩、預かると思っていたら、寝る場所の確保をどうするか、私たちは、知恵を出し、牛のお産に挑んだ。
「広いわね?敷地だけなら、私の離宮と同じくらいかしら?」
「ステイ様の離宮は……もっと広いですよ?」
案内してもらって私たちは歩いてく。ヨハンが拘って建てたという診療所の出来があまりにも良いことに驚きを隠せない。
……私でも、ここまでは拘っていないわ。これ、新しい町の宿にも使えそうなものはあるわ。もっと早く教えてくれたらいいのに。
帰ってから手紙……書こう。
ヨハンを恨めしく思いながら、私は助手の案内についていく。隅々まで拘っているのがよくわかる。私には建物を建てる技術もどういったところが心地いいのかもわからないが、この場所を歩いているだけで、ホッとするような気がした。
「ここ、とても光が入ってきて、気持ちのいいところね?」
「はい、この明るさはわざと取り入れています。診療所って、病の人が集まる場所でもあるので、東の国でいうところの陰の気というものが集まるらしいのです」
「陰の気?」
「はい。そうです。私の勝手な想像ですが、ここへ運ばれた人が、全て健康になって帰れるかと言えばそうではありません。そういう亡くなった方への残された人たちの感情だと思うんです」
「悲しいとか辛いとかね。それは、わかるわ」
「ステイ様」
「母を無くしているから。ずっと、部屋のカーテンを締めて部屋に閉じこもっていた時期もあるの。真っ暗な中、母を思って泣いたこともあったし、辛い悲しい寂しいと言う感情が晴れることはなかったわ。ある侍女が来て、部屋のカーテンを開け、窓を開けて、空気を入れ替えるまで、ずっと、部屋には私の感情が籠っていたのよ」
昔を懐かしむステイ。ステイは、公子であるがため、母の死のときに、いろんなものを飲み込んだのだろう。結果、今に至っているのだろうが、私はその侍女がステイ様をこの世界へ取り返したのだと感じた。
きっと、そのまま部屋に閉じこもっていれば、ステイも病気になっていただろう。どんな病名がつくかはわからないが、心の病になっていたに違いない。
「その侍女はお手柄ですね?」
助手がステイに笑いかけると、少し驚いたあと「そうね。私にとって、救世主よ」と笑った。
「ステイ様にも素敵な侍従が側にいてくださったのですね?」
「もちろんよ!一時期は本当に手に負えない感じではあったけど……」
クスクス笑いながら、「病は気からってことかしら?」とハッとしたようにステイが言うので、助手が頷いた。
「そうです。病は気から。暗い部屋に閉じこもっていることは、心に影響を与えます。人は太陽の光を浴びることで、気力が湧くと聞いたことはありませんか?」
「確かに、雨の日は少し気分も落ち込むわね。診療所で病を患っていれば、なおのこと。心が弱くなる。どんな屈強な人物でも」
「それを少しでも軽減するように、明るく光を取り入れているのね?」
「明るすぎると問題ではあるのですが、そういった自然からの恵もこの診療所には取り入れています。観葉植物や中庭にある木もそのひとつの仕掛けとなっています」
「……自然豊かな場所。確かに落ち着くわね?」
「アンナリーゼは、日常的にこういった場所へ行っているから、あまり気が付かなかった?」
「ステイ様こそ、素敵な庭があるから、気が付かなかったのではないですか?」
二人で軽い言い合いをしながら、心地いい空間にホッとする。ステイも同じ気持ちらしく、のんびりとした感じであった。
「……お話中すみません」
案内をしてもらっていると、声がかかり、助手は「失礼します」と出ていく。何事かあったようで、一気に慌ただしい。
私たちも何事かと顔をのぞかせると、少し離れた場所に牛が横たわっている。私をそれを見て目を丸くしていた。
「どうかしたの?牛よね?」
「……領主様、申し訳ありません」
「いいのよ。状況だけ説明をしてくれるかしら?」
助手の助手らしい、まだ、何も出来ない子を見つめる。玄関先にいる牛は、苦しそうに、されど暴れすぎないように力を押さえているが、なかなか難しいようだ。
「牛のお産はあと4,5日かかると思っていたのですが、どうやら、産気づいているようなので、頼みました」
助手の助手は、「頑張れ!頑張るんだ!」と騒ぎ立てているが、実際問題、助手が指示を出しながら、生まれてくる命に向き合っていた。
「他の人は助けられないの?」
「そんなことはありませんが、今回のお産は難産のようです」
牛舎は別緒ところにあるが、離れた診療所まで来てお願いすることになったようだ。
「……難産ですね。スルッと出てくるものけど……今年は難しそう」
「動物の出産は初めて見るから、頑張れっ!元気な子がもうすぐそこにあるわよ!」
「頑張れ!」
暴れたそうにしていても、押さえつけられている牛に何もしてやることは出来ないだろう。男牛はおいてきたのだが、馬車がこちらに来る。今晩、預かると思っていたら、寝る場所の確保をどうするか、私たちは、知恵を出し、牛のお産に挑んだ。
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる