上 下
1,357 / 1,480

見たことない景色Ⅱ

しおりを挟む
 隠し部屋から出ると、夕方になっていた。私は、結構な時間、眠っていたらしい。報告に来たココナが置いて行ったらしい報告書を手に取る。どうやら、あの町が完成したらしい。領地主体で町を丸ごと作り変えたのだから、時間はかかると思っていたが、意外と早く終わったようだ。


「へぇ……あの二人が中心に動いてくれているのね?ココナは私へ報告書を書いたりする事務方か。副隊長ともあろうものたちが、事務も出来ないって……」


 ため息をついていると、ココナが執務室へ入ってきた。お茶の用意を持ってきてくれていたので、私は目配せして入れてもらった。


「報告書を読んだわ。思っていたより早く終わったようね?」
「町の復興ですか?」
「えぇ、そう」
「あの町のものたちだけでなく、近隣の町からも応援が来てくださいましたから。スラム街だったあの町も、今では風通しのよい明るい町へと変わっています」


 出身者であるココナ。酷い扱いを受けていたようで、そのときの記憶はまだ持っているようだが、これからは、あの老人に怯えることはない。今頃、公都の牢獄で捉えられているのだから。


「その後、人身売買や麻薬の話は出ている?」
「いえ、あのあとは聞いていません。コーコナ領の中でも、あの地域は無法地帯でしたが、領主権限で、町そのものを変えてしまったおかげで、黒い噂も立ち消えていきました」
「それが本当なら嬉しいわね?」
「と、言いますと?」
「こちらに来る前に、似たような話を聞いたから。どうやら、近隣では麻薬中毒者が増えているようよ?」


 渋い顔をしているココナ。その気持ちはわかるが、実際広まっていっているのが事実のようだ。現実に不満があったり、娘のいる家が狙われているという話も聞いた。


「娘のいる家……それは、高額な麻薬を買うために、娘を売ると言うことです?」
「そうみたいね。そのせいで娼館に売られることになるんだけど、娼館にすら売られない娘たちがいるようね」
「どれは……他国へ売り飛ばしたり、あとは愛玩目的の奴隷として取引されているとか」
「愛玩……それは、貴族へですよね?」
「そうね。酷い扱いを受けているものも少なくないようね」
「……私たちより酷い扱いを受けているのですね」


 俯くココナ。私は領地内のことであれば、手を差し伸べることが出来るが、領地外のこととなると難しい。実情を公へ話して手を打つしかないのだが、現状、後手に周っているので、難しいことも多い。糸を辿っていくと、ある人物のところへ繋がっているはずなのだが、トカゲの尻尾きりで終わるだろう。


「なんとか、ならないのですよね?」
「私では難しいわ。公でも、難しいでしょうね?麻薬の売上の何割かは領主のポケットに入っているのではないかという噂話もあるのだから、巧妙に隠すわ」
「どうして、こういう話は尽きないのでしょう?」
「どうしてかしらね?現実が辛い人が多いから?とかかしら。アンバー領には、同じ辛いでも、生きるために回すお金すらなかったから、そういう被害はないのかもしれないわ」
「アンバー領って、そんなに酷かったのですか?」
「餓死者も普通にいたくらいね。幸い、今は、そういう話を聞かなくなったけど」


 ココナはアンバー領へ行ったことがなかったらしく、噂で聞くくらいで想像も出来なかったらしい。ココナが育った町をもう少し酷くして、それを領地規模に考えればいいだけだ。
 それを言うと、引きつった表情になった。


「……それは、酷いという問題ではないのでは?」
「人間として生きることも難しい状況だわ」
「アンナリーゼ様に助けられた……そう思ったでしょうね?領民の方々は」
「それはどうだろうね?最初は、私の公爵家の人間だって言えなかったわ。何が起こるかわからないほど、荒んでいたから。身の危険すらあったのよね。身分を伏せて、領地改革をしましょうなんていう小娘、信用できると思う?」
「……それは、難しいでしょうね?」
「でしょ?でも、そこから始めるしかなかった。俯いている人の視線を集めるために、いろいろとしたけど……結局のところ、領民が私たちを信頼してくれたからこそ、出来た改革よ」
「アンナリーゼ様って、不思議と信じたくなりますよね?」


 ココナに見つめられ、私は「そう?」と首を傾げる。どういう魅力があるのか……私ではわからないけど、認めてくれる人がいるのだから、きっと、私にも何かあるのだろう。


「なんていうか……心までの距離を詰めるのがうまいのでしょうね?」
「いわゆる、人誑し的な?」
「よく言われるのですか?」
「えぇ、よく言われるわ。どういうわけかね?」
「それは、アンナ様が、誰よりも優しいからじゃないですか?」
「デリア」
「遅くなりました」


 ナタリーたちとはまた別に、コーコナ領へ後追いで来てくれていたのだ。私の面倒を見れる人物は多いほうがいい、それは、ジョージアからの提案で、私以外がみな賛成をしたため、遅れてデリアが遣わされた。その場合、ココナの仕事がステイの方へ振れるので助かるのだが、ココナはどう思ったのだろうか?


「ココナ、今日からアンナ様については、私が変わりますね?」
「えぇ、お願いできますか?私より、デリアのほうが、アンナリーゼ様もきっと快適に過ごせるでしょうから」


「それでは」と執務室から出ていくココナ。今日のところは世間話に来ただけのようだった。その後ろ姿を見送り、町の復興を任せたおかげか頼もしくなったなと思った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

引きこもりが乙女ゲームに転生したら

おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ すっかり引きこもりになってしまった 女子高生マナ ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎ 心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥ 転生したキャラが思いもよらぬ人物で-- 「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで 男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む これは人を信じることを諦めた少女 の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

ただひたすら剣を振る、そして俺は剣聖を継ぐ

ゲンシチ
ファンタジー
剣の魅力に取り憑かれたギルバート・アーサーは、物心ついた時から剣の素振りを始めた。 雨の日も風の日も、幼馴染――『ケイ・ファウストゥス』からの遊びの誘いも断って、剣を振り続けた。 そして十五歳になった頃には、魔力付与なしで大岩を斬れるようになっていた。 翌年、特待生として王立ルヴリーゼ騎士学院に入学したギルバートだったが、試験の結果を受けて《Eクラス》に振り分けられた。成績的には一番下のクラスである。 剣の実力は申し分なかったが、魔法の才能と学力が平均を大きく下回っていたからだ。 しかし、ギルバートの受難はそれだけではなかった。 入学早々、剣の名門ローズブラッド家の天才剣士にして学年首席の金髪縦ロール――『リリアン・ローズブラッド』に決闘を申し込まれたり。 生徒会長にして三大貴族筆頭シルバーゴート家ご令嬢の銀髪ショートボブ――『リディエ・シルバーゴート』にストーキングされたり。 帝国の魔剣士学園から留学生としてやってきた炎髪ポニーテール――『フレア・イグニスハート』に因縁をつけられたり。 三年間の目まぐるしい学院生活で、数え切れぬほどの面倒ごとに見舞われることになる。 だが、それでもギルバートは剣を振り続け、学院を卒業すると同時に剣の師匠ハウゼンから【剣聖】の名を継いだ―― ※カクヨム様でも連載してます。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...