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あっ、お久しぶりです!
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振り返れば、優しい笑顔の男性が立っていた。見覚えのあるその人は、「お久しぶりです」と再度笑いかけてくれる。
「あっ、お久しぶりです!」
「覚えてくださっていましたか?」
「えぇ、もちろん!」
私はその男性を覚えていた。どうやら、ジョージアは少し顔を顰めているので、思い出せていないらしい。
「ジョージア様もご存じだと思いますが……」
「うん、そうだといいな」
思い出すことを放棄したように私に苦笑いをし、誰だったかと聞いてくる。私は失礼のないようにジョージアへ教えてあげることにした。
「ジョージア様と公都の喫茶店へ行ったことは覚えていますか?」
「……アンナと出かけること自体が珍しいから覚えてはいるけど、うーん」
「ディルに教えてもらったお店ですよ?」
「あの絵を描いてくれるお店?」
「そう、そこです!シフォンケーキも美味しいって言っていたではありませんか!」
「思い出した!そこの店主?」
「……お二人の会話はとても微笑ましいのですね?」
少し呆れたような、苦笑いをしている店主。ジョージアにとって私と出かける時間が大切なのであって、その間の出来事は些末なものと位置づけられていることがある。この会話でよく出てきたものだと、私はむしろ感心していた。
「こんなものですよ?私は商売をしている関係、どうしてもいろいろなことに興味を持っていますが、ジョージア様は生粋の貴族ですから、興味のある場所が違います。こういうところもこのお店の人気が下がっている要因なのかもしれないわ」
「どういうことです?」
「貴族をメインのお客と考えたってこと。貴族って、お金に糸目をつけないから、好きなものを好きなように買えるし食べられるの。食べるものに関しては嗜好はあれど、それほど、いつものねと考えて食べないわ」
「……味や見た目を物珍しいものにしたとしてもですか?」
「そうね。そのときその場限り。絵にして残したり、料理人を呼んで作り方を教えてもらったりと余程でない限りは……」
料理人と店主は驚いていた。貴族にとって、コース料理は珍しいものではない。それも、公都にいるものなら、どこかしらへお呼ばれに出かけることも多く、そういった場合、だいたいがコース料理なのだ。アンバー公爵家でも、誰かを招待するときは、そういうふうに決まっているとディルに教えてもらったことがある。ただ、私やジョージアが領地にいる時間が長いため、誰かお客を招くことも少なく、そういった料理を出してもらったことは、ほとんどなかった。
領地で食べていたものは、侍従たちと同じものを食べていた。いわゆる単品料理が多く手早く食べられるものばかり。領地では、私がとにかく忙しいので、ゆっくりご飯を食べる時間をとっていたとしても、コース料理のような順番で料理を運んでもらうことはない。
「領地では、机に全部並べてもらって、好きなように食べていたわ。かしこまった食べ方ではなく」
「……公爵様ですよね?」
「えぇ、でも、私たちは特に……アンバー領は特に常に金欠で私たちに相応の料理を所望したことはないの。料理人たちが作るご飯はどれも絶品だから、わざわざ、侍従たちと分ける必要もないと言ってあったし、同じ食堂で机を囲むことも……あったかしら?」
「アンナは、輪の中に入ってご飯を食べていたね!」
「そうですね。みんなで食べた方が美味しいし、話も弾みますからね。食事って、お腹が膨れさせるためのものではなく、楽しんで交流を持てる時間であってもいいのかな?って思うから。公爵家には子どもにも侍従が付いているけど、やっぱり、子どものために何かしてあげたいと思うと、自然と会話も増えたり……食事って、本当に不思議だなって思うわ」
私は階下を見下ろす。この店を訪れる人は、二人以上での来店が多い。記念日にと来る人も多いからと理由はあるのだけど、だからこそ、会話を楽しめる雰囲気のお店の方がいいだろう。賑やか過ぎず静かすぎず、適度な会話を楽しめる、そんなお店が理想だ。
「なるほど……会話を楽しむですか。考えたこともなかった」
「料理が美味しければ、おいしいねという言葉が自然と出てくるし兄妹でも、味覚は違うので、そういう会話の出来るお店はどうですか?」
「私は、そういうお店になるよう、料理も考えていました。今は、退いたため、わかりませんけど……どういう状況なのですか?」
喫茶店の店主が話を聞いて、悲しい表情をする。長年、努めてきたお店の経営難など、聞きたくないだろう。
「そういうことなら、一肌脱ぎたいと思うが、私には手伝って欲しいとは思わないだろう?」
料理人と店主は視線で会話を始める。この二人、相当な繋がりがあるのか、会話で来ているのがすごいことだ。
喫茶店の店主に向かって頷いた。料理人にとって、この店の調理場を託されたからこそ、手を差し伸べて欲しいと望みながらも拒否をしている。
「その心意気は買うけど、このままじゃダメなのよね?」
「はい、そうです。どうにかなりませんか?」
「私にそれをいうと、私色に染まった店になるけど……いいかしら?」
「……構いません。この店が続いてほしいですから」
「わかったわ。ニコライに相談したうえで、どうするか決めます。期待しすぎずに待っていて」
二人にそう言うと頷く。喫茶店の店主は、私に微笑み「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「あっ、お久しぶりです!」
「覚えてくださっていましたか?」
「えぇ、もちろん!」
私はその男性を覚えていた。どうやら、ジョージアは少し顔を顰めているので、思い出せていないらしい。
「ジョージア様もご存じだと思いますが……」
「うん、そうだといいな」
思い出すことを放棄したように私に苦笑いをし、誰だったかと聞いてくる。私は失礼のないようにジョージアへ教えてあげることにした。
「ジョージア様と公都の喫茶店へ行ったことは覚えていますか?」
「……アンナと出かけること自体が珍しいから覚えてはいるけど、うーん」
「ディルに教えてもらったお店ですよ?」
「あの絵を描いてくれるお店?」
「そう、そこです!シフォンケーキも美味しいって言っていたではありませんか!」
「思い出した!そこの店主?」
「……お二人の会話はとても微笑ましいのですね?」
少し呆れたような、苦笑いをしている店主。ジョージアにとって私と出かける時間が大切なのであって、その間の出来事は些末なものと位置づけられていることがある。この会話でよく出てきたものだと、私はむしろ感心していた。
「こんなものですよ?私は商売をしている関係、どうしてもいろいろなことに興味を持っていますが、ジョージア様は生粋の貴族ですから、興味のある場所が違います。こういうところもこのお店の人気が下がっている要因なのかもしれないわ」
「どういうことです?」
「貴族をメインのお客と考えたってこと。貴族って、お金に糸目をつけないから、好きなものを好きなように買えるし食べられるの。食べるものに関しては嗜好はあれど、それほど、いつものねと考えて食べないわ」
「……味や見た目を物珍しいものにしたとしてもですか?」
「そうね。そのときその場限り。絵にして残したり、料理人を呼んで作り方を教えてもらったりと余程でない限りは……」
料理人と店主は驚いていた。貴族にとって、コース料理は珍しいものではない。それも、公都にいるものなら、どこかしらへお呼ばれに出かけることも多く、そういった場合、だいたいがコース料理なのだ。アンバー公爵家でも、誰かを招待するときは、そういうふうに決まっているとディルに教えてもらったことがある。ただ、私やジョージアが領地にいる時間が長いため、誰かお客を招くことも少なく、そういった料理を出してもらったことは、ほとんどなかった。
領地で食べていたものは、侍従たちと同じものを食べていた。いわゆる単品料理が多く手早く食べられるものばかり。領地では、私がとにかく忙しいので、ゆっくりご飯を食べる時間をとっていたとしても、コース料理のような順番で料理を運んでもらうことはない。
「領地では、机に全部並べてもらって、好きなように食べていたわ。かしこまった食べ方ではなく」
「……公爵様ですよね?」
「えぇ、でも、私たちは特に……アンバー領は特に常に金欠で私たちに相応の料理を所望したことはないの。料理人たちが作るご飯はどれも絶品だから、わざわざ、侍従たちと分ける必要もないと言ってあったし、同じ食堂で机を囲むことも……あったかしら?」
「アンナは、輪の中に入ってご飯を食べていたね!」
「そうですね。みんなで食べた方が美味しいし、話も弾みますからね。食事って、お腹が膨れさせるためのものではなく、楽しんで交流を持てる時間であってもいいのかな?って思うから。公爵家には子どもにも侍従が付いているけど、やっぱり、子どものために何かしてあげたいと思うと、自然と会話も増えたり……食事って、本当に不思議だなって思うわ」
私は階下を見下ろす。この店を訪れる人は、二人以上での来店が多い。記念日にと来る人も多いからと理由はあるのだけど、だからこそ、会話を楽しめる雰囲気のお店の方がいいだろう。賑やか過ぎず静かすぎず、適度な会話を楽しめる、そんなお店が理想だ。
「なるほど……会話を楽しむですか。考えたこともなかった」
「料理が美味しければ、おいしいねという言葉が自然と出てくるし兄妹でも、味覚は違うので、そういう会話の出来るお店はどうですか?」
「私は、そういうお店になるよう、料理も考えていました。今は、退いたため、わかりませんけど……どういう状況なのですか?」
喫茶店の店主が話を聞いて、悲しい表情をする。長年、努めてきたお店の経営難など、聞きたくないだろう。
「そういうことなら、一肌脱ぎたいと思うが、私には手伝って欲しいとは思わないだろう?」
料理人と店主は視線で会話を始める。この二人、相当な繋がりがあるのか、会話で来ているのがすごいことだ。
喫茶店の店主に向かって頷いた。料理人にとって、この店の調理場を託されたからこそ、手を差し伸べて欲しいと望みながらも拒否をしている。
「その心意気は買うけど、このままじゃダメなのよね?」
「はい、そうです。どうにかなりませんか?」
「私にそれをいうと、私色に染まった店になるけど……いいかしら?」
「……構いません。この店が続いてほしいですから」
「わかったわ。ニコライに相談したうえで、どうするか決めます。期待しすぎずに待っていて」
二人にそう言うと頷く。喫茶店の店主は、私に微笑み「よろしくお願いします」と頭を下げた。
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