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私のできること

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「姫さん」
「ん?」
「大丈夫か?その……」
「えぇ、大丈夫よ。人が死ぬことに慣れたくはないけど、この世の中、死なない人はいないし、人はいずれ死ぬもの。それが遅いか早いか、いつ死ぬかってだけで」
「こっち向けって」
「いやよ!」


 ウィルに手首を捕まれ、振り向く。目に溜まっていたものが零れ落ちた。それを見たウィルは驚いたあと優しく微笑み抱きしめてくる。


「ウィル!ふざけてないで……」
「ふざけてはないよ。いつも誰かが寿命以外で死なないようにってどれほど願っているかもいろんなことを考えていることもちゃんと知っているから。何もしてやれないことが辛いんだったら、そういえばいい。心の中だけに貯めていくな。姫さんが強いことも弱いこともいつも誰かために心を砕いていることも……全部全部知っているから。なっ?今は、俺だけだ」


 髪を優しく梳いてくるウィル。全てを知ってもなお寄り添ってくれる友人に寄りかかってしまいたい……私の心は弱っている。


「……甘えてしまったら、私はずっとウィルを手放せなくなるわ」
「今もだろ?俺たちの関係は変わらない。ずっと……、昔も今もこれからも。俺はずっと姫さんの友人で背中を任せてもらえる唯一の存在。……だろ?」


 ウィルが笑った気がしたので、顔をあげる。薄い金髪が月明かりに照らされて光りアイスブルーの瞳は優しい。私を映す瞳はとても綺麗だと思った。


「それに、俺は姫さんの王子様からも逃げたわけだし……今更、何も望んでない。この手を離さないでいられるだけで満足なんだ。これは、姫さんの王子様ですらできなかったことだろ?」


 私の耳にある真紅の薔薇を触る。このピアスはお気に入りだからつけている……みなはそう思っているだろうが、知っている人は多くない。


「ウィルには話したことあった?」
「このピアスのこと?」
「えぇ、そう」
「どうだったかなぁ?聞いたような、そうじゃないような。ヘンリー様からの贈り物っていうのはなんとなくわかっていたよ。俺も貴族の端くれだからね。ヘンリー様がつけてるピアスは姫さんと同じ物なんだろうって」
「……イリア、怒ったでしょうね?」
「あぁ、そりゃねぇ?でも、そこも含めて、ヘンリー様の求婚を受けたわけだし、ヘンリー様の中から姫さんがいなくなることはないでしょ?罪作りな姫さん」


 そういって離れていく。ただ、手は繋がれたままだった。少し座ろうとベンチを指さして私を誘う。ときおり見せるウィルの優しさは私には甘い毒のようだ。心を許しているぶん、寄りかかりたくなる。


「ジョージア様は、姫さんのことを大切にしているけど……姫さんが望むものとは違うよね?」
「何故、そう思うの?」
「俺やセバス、ナタリーにイチアを側に置いてる。おっさんは自由に動き回っているから数に入ってないとしても……この四人に対してとジョージア様に求めるものが違いすぎる」
「そんなことはないと思うけど」
「そう?留守を任せるなら、イチアではなく普通ならジョージア様にだ。それが出来ないのはなんで?」
「……それは、みんなにはアンバー領へ来るときに再興したい、その力を借りたいって……」
「それは、姫さんの言い訳みたいなものじゃないの?」


 こちらを見つめる厳しい目に私は思わず逸らしてしまった。ジョージアを領地改革から遠ざけている……そう思われても仕方がない。信頼していないわけではないのだが、違うのだ。ジョージアは最初からこの計画の頭数には入っていない。入っていないのはイチアも同じだが、イチアの豊富な知識量は私たちにとって有益なものだったから、側に置いて……。頭の中で考える。ウィルが指摘するように、まるで言い訳を考えているようだ。


「たしかに、ジョージア様のことを頭数に入れていないわ。何かあれば頼るけど、私自身も今の状況は考えていなかったから……」
「『予知夢』?」
「えぇ、そう。私たちが思ったより早くダドリー男爵を断罪したから、関係性が変わっているの。元々、ジョージア様の協力は考えていなかった。『予知夢』でも私には冷たかったし、私が死んだ日も死んだあとも私やアンジェラにとってジョージア様は安心をくれる場所じゃなかった。だからかな?ジョージア様を信じているとは思っていても、怖いと思う日がある。変よね?もう、ソフィアはいないのに。ジョージア様と離れていた1年、私はジョージア様を必要としなくなった。それが本音なのかもしれない」


 深く深く息を吐いた。私の中にあったものを吐き出すように。心の中にジョージアがいないかと言えばいる。好きだし愛してもいる。アンジェラたちの面倒もよく見てくれるし、何かあればすぐに飛んできてくれる。それでも、心のどこかに振り払われた私の手を思い出しては心が冷える日がある。

 わかってる、ソフィアはもういないし、ジョージア様が本当に心から望んで私と結婚してくれたことも理解はしているの。でも……、夢の中のジョージア様を思い出さない日はない。冷たい蜂蜜色の瞳で見られる日が来るんじゃないかって。


「俺は姫さんの『予知夢』のことは信じてる。少しの選択で変わっていく未来があることも。1番避けたい未来があることも。そのために俺はいるんだ。ジョージア様を頼れって言っているわけじゃない。もっと頼ってくれって話だよ。姫さんの重い荷物は俺らにもわけてくれって、いつも言ってるだろ?」
「えぇ、聞いているわ」
「俺もセバスもナタリーも……きっとヘンリー様も。姫さんの重くなったものを分けてほしいって望んで待っているんだ。その気持ちだけは忘れないで」


 じゃあ、今回のことは……と立ち上がるウィルを見上げると笑っていた。いつも、励まされ、心を軽くしてくれる。私が持つべきものなのに、差し出された手を握らざる得なくされてしまった。
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