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眠れぬ夜は
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「……アンナ?」
「どうかされましたか?」
夜中のこと。そっとベッドから抜け出そうとしたところでジョージアも起きたようだ。いつもなら、ぐっすり眠っていてくれるのにと恨めしく思う。
「……こんな時間にどこに?」
「少し眠れなくて……執務室に行ってきます。ジョージア様はゆっくりしてください」
おでこにキスをして瞼を閉じさせる。ベッドの縁に座って少しだけ優しく頭を撫でた。アンジェラと同じ銀の髪はサラサラと流れていく。また眠りについたジョージアを確認し、私は私室を出た。廊下にはデリアがすでに待っている。
「……デリアもなの?」
「アンナ様が何を考えているかはわかっていますよ?昼間、万能解毒薬を井戸に入れていたのは、毒の心配をしていたからですよね?」
「そうだけど、今はそれだけじゃないわ。夜だもの。小鳥は動けなくとも子猫たちは活発に遊んでいるかもしれないでしょ?」
「……そこに混ざるのですか?」
「えぇ、そのつもり。そのために執務室に黒の衣装と艶消しのしてある剣をわざわざ準備したのだから」
執務室へ入って行くと私は机の側に用意しておいた服に着替える。黒くて目立たないようにと、髪も纏めておく。
「……アンナ様が行かなくても」
「抗議したい気持ちはわかるわ。でも、じっとはしていられないから」
屋敷を頼むとデリアに言って、玄関から素早く飛び出した。ここにも先客がいるようで、玄関の石段に掛けている。
「意外と遅かったな?」
「……ウィルは用意周到ね?私が、行かないという選択肢もあったはずよ?」
「まぁ、万分の一くらいは考えた。けど、姫さんは来ただろ?」
「……ウィル」
「心配しなくても足手まといになることはないと思うし、もう一人いた方がいいんじゃないの?」
「でも、危ないんだよ?」
「それを姫さんがいうか?俺は職業軍人だぞ?こういうときのためにいる。わかった?」
私が口を開きかけたとき、ウィルは大きめのため息をひとつつき、こちらを見下ろしてくる。普段のチャラけたウィルではなく、近衛としての任務のための表情だ。
口を閉じる以外、何もできない。
「公からも言われているんだ。姫さんも守れって。お嬢にはヒーナとアデルと子猫数人がついている。ジョージア様にはデリアをつけてきたんだろ?」
「……お見通しとか、怖いわ」
「まぁ、そういうことだから、道中仲良くしようじゃないか」
「行き先までわかっているなんて、本当に憎たらしいわ!」
私たちは厩舎へ向かい、馬を連れてくる。隠密行動を取るには明るすぎる月夜。私とウィルは目的の場所へと馬で駆けた。
着いた先は警備隊の訓練場。確証は取れなかったが、やはり数人は刺客が混ざっているように思える。ウィルからこっそり今晩は井戸や水場に近づかないようにと伝えておいた。
「さぁ、罠にかかっているかなぁ?」
「なんだか楽しそうね?」
「そりゃ、久しぶりの狩りですから?」
「……楽しむ余裕なんてないと思うわよ。向かいましょう」
私の中で懸念していることがあった。それは、今回の受け入れのとき感じた子どもの多さだ。明らかに口減らしの子どももいたが、気になる表情のものが数人混じっていた。子どもなら多少なりの不安とワクワクとした好奇心が湧くものだ。大人たちが多少なり喜んでいるのを見れば、つられて小躍りするものもいた。その中で異様なほど、表情を変えない少年や少女たちに自然と目がいった。
笑わない子ども。ここまでどんな訓練をしてきたのだろう。表情が嘘くさいと本気の狭間で、よけい際立っていた。
急いで井戸の側に近寄っていく。ここにもすでに先客はいるようだ。小さい影が6つと大きな影が1つ。どうやら戦っているようだった。
「今日はなんていう日なのかしらね?あっちにこもっちにも先客がいるだなんて聞いていないわ」
「そりゃ姫さん、ダンスのお誘いの招待状が来ていないだろ?」
「確かに。まだ、届いていないわ!」
冗談を言いながら私は布で顔を隠し、艶消しの終わっている剣を抜く。
「姫さんの獲物は初めて見るな」
「そりゃそうよ。初めて使うもの」
「出番がなかったのならよかった。そんなものが活躍してもらっちゃ困るからな」
「……いいから、いくわよ!」
「あぁ、わかった。それで、どっちの味方だろうな?」
「大人が味方でしょ?まぁ、三つ巴ってこともあるけどね?」
そりゃ大変だと言いながらウィルも剣を抜いた。そのまま駆けて行くので、私も後を追って走る。私たちにも気が付いてくれたようで、子どもたちが私たちにも襲い掛かった。
「姫さん、これって……生け捕り?」
「……そうしてちょうだい。公に送りつけてやるんだから!」
子どもたちは身の丈にあった刃物がわかっているようで、なかなかいいところを攻めてくる。夜目が利くとはいえ、月明かりが届いていないこの場所での戦闘は不利かもしれない。
「誰か知らないが、加勢ありが……うわっ!」
「お礼なんていいわよ!無事に生きてたら、再会のハグでもしましょう!」
声の主からの返事は、ナイフを弾き飛ばしたときの甲高い音であった。なかなか、手練れの子どもたちに、私たちも手をやいたのであった。
「どうかされましたか?」
夜中のこと。そっとベッドから抜け出そうとしたところでジョージアも起きたようだ。いつもなら、ぐっすり眠っていてくれるのにと恨めしく思う。
「……こんな時間にどこに?」
「少し眠れなくて……執務室に行ってきます。ジョージア様はゆっくりしてください」
おでこにキスをして瞼を閉じさせる。ベッドの縁に座って少しだけ優しく頭を撫でた。アンジェラと同じ銀の髪はサラサラと流れていく。また眠りについたジョージアを確認し、私は私室を出た。廊下にはデリアがすでに待っている。
「……デリアもなの?」
「アンナ様が何を考えているかはわかっていますよ?昼間、万能解毒薬を井戸に入れていたのは、毒の心配をしていたからですよね?」
「そうだけど、今はそれだけじゃないわ。夜だもの。小鳥は動けなくとも子猫たちは活発に遊んでいるかもしれないでしょ?」
「……そこに混ざるのですか?」
「えぇ、そのつもり。そのために執務室に黒の衣装と艶消しのしてある剣をわざわざ準備したのだから」
執務室へ入って行くと私は机の側に用意しておいた服に着替える。黒くて目立たないようにと、髪も纏めておく。
「……アンナ様が行かなくても」
「抗議したい気持ちはわかるわ。でも、じっとはしていられないから」
屋敷を頼むとデリアに言って、玄関から素早く飛び出した。ここにも先客がいるようで、玄関の石段に掛けている。
「意外と遅かったな?」
「……ウィルは用意周到ね?私が、行かないという選択肢もあったはずよ?」
「まぁ、万分の一くらいは考えた。けど、姫さんは来ただろ?」
「……ウィル」
「心配しなくても足手まといになることはないと思うし、もう一人いた方がいいんじゃないの?」
「でも、危ないんだよ?」
「それを姫さんがいうか?俺は職業軍人だぞ?こういうときのためにいる。わかった?」
私が口を開きかけたとき、ウィルは大きめのため息をひとつつき、こちらを見下ろしてくる。普段のチャラけたウィルではなく、近衛としての任務のための表情だ。
口を閉じる以外、何もできない。
「公からも言われているんだ。姫さんも守れって。お嬢にはヒーナとアデルと子猫数人がついている。ジョージア様にはデリアをつけてきたんだろ?」
「……お見通しとか、怖いわ」
「まぁ、そういうことだから、道中仲良くしようじゃないか」
「行き先までわかっているなんて、本当に憎たらしいわ!」
私たちは厩舎へ向かい、馬を連れてくる。隠密行動を取るには明るすぎる月夜。私とウィルは目的の場所へと馬で駆けた。
着いた先は警備隊の訓練場。確証は取れなかったが、やはり数人は刺客が混ざっているように思える。ウィルからこっそり今晩は井戸や水場に近づかないようにと伝えておいた。
「さぁ、罠にかかっているかなぁ?」
「なんだか楽しそうね?」
「そりゃ、久しぶりの狩りですから?」
「……楽しむ余裕なんてないと思うわよ。向かいましょう」
私の中で懸念していることがあった。それは、今回の受け入れのとき感じた子どもの多さだ。明らかに口減らしの子どももいたが、気になる表情のものが数人混じっていた。子どもなら多少なりの不安とワクワクとした好奇心が湧くものだ。大人たちが多少なり喜んでいるのを見れば、つられて小躍りするものもいた。その中で異様なほど、表情を変えない少年や少女たちに自然と目がいった。
笑わない子ども。ここまでどんな訓練をしてきたのだろう。表情が嘘くさいと本気の狭間で、よけい際立っていた。
急いで井戸の側に近寄っていく。ここにもすでに先客はいるようだ。小さい影が6つと大きな影が1つ。どうやら戦っているようだった。
「今日はなんていう日なのかしらね?あっちにこもっちにも先客がいるだなんて聞いていないわ」
「そりゃ姫さん、ダンスのお誘いの招待状が来ていないだろ?」
「確かに。まだ、届いていないわ!」
冗談を言いながら私は布で顔を隠し、艶消しの終わっている剣を抜く。
「姫さんの獲物は初めて見るな」
「そりゃそうよ。初めて使うもの」
「出番がなかったのならよかった。そんなものが活躍してもらっちゃ困るからな」
「……いいから、いくわよ!」
「あぁ、わかった。それで、どっちの味方だろうな?」
「大人が味方でしょ?まぁ、三つ巴ってこともあるけどね?」
そりゃ大変だと言いながらウィルも剣を抜いた。そのまま駆けて行くので、私も後を追って走る。私たちにも気が付いてくれたようで、子どもたちが私たちにも襲い掛かった。
「姫さん、これって……生け捕り?」
「……そうしてちょうだい。公に送りつけてやるんだから!」
子どもたちは身の丈にあった刃物がわかっているようで、なかなかいいところを攻めてくる。夜目が利くとはいえ、月明かりが届いていないこの場所での戦闘は不利かもしれない。
「誰か知らないが、加勢ありが……うわっ!」
「お礼なんていいわよ!無事に生きてたら、再会のハグでもしましょう!」
声の主からの返事は、ナイフを弾き飛ばしたときの甲高い音であった。なかなか、手練れの子どもたちに、私たちも手をやいたのであった。
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