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帰る道Ⅲ

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「アンナ様、本当に良かったのですか?」


 馬に揺られながら岐路を進む。アデルは先程渡した仮通行証のことが納得できないようで質問をしてきた。アデルが何か言ったからといって、私の考えが変わるわけではないことは十分にわかっているだろう。


「えぇ、よかったの。他領のものをアンバー領へ招き入れることは、さすがに大変なんだけど……小鳥がきっと調べてくれるわ。ちょうど、明日はお茶会だから、そのときにでも話すわ」
「そんな簡単なことじゃないですよね?」
「そんな簡単じゃないけど、握った手を離せないのも私よ」
「どういうことですか?あのものたちは、自身で盗賊だと……」
「私の珍しい髪色を見て、気付かないわけがないでしょ?」


 風に揺れるフワフワとしたストロベリーピンクの髪は珍しい。この国では三人しかいないのだから、相手も私のことを誰だかわかっただろう。


「……それって、利用されたということですか?」
「そうとも言うわね。まぁ、そんなことはいいのよ。私はそのためにいるようなものだし」
「それでは示しがつかないのではないですか?」
「そう思うでしょ?私も貴族の一人なのよ。どんなに領民と笑い合ったり一緒に青空の下でご飯を食べたとしてもね、見えない壁がある。心の底には貴族に対しての畏怖があるのよ」
「……貴族に対して」
「アデルもそうでしょ?今はこうして、私の従者として話したり諫めたりしているけど、最後には私には勝てない。武術的なことじゃないわよ?」


 アデルのほうに笑いかけるとハッとしたような表情になった。みんな知っている。平民にとって、領民にとって、私たち貴族が理不尽であることを。従者であるアデルでさえ知っている。その中でも1番と言えるのは私だ。


「私がしてきたこと、アデルは全て知っているでしょ?」
「……それは、致し方なかったことでは?」
「20そこそこの小娘が80人近い人を殺したの。その中には何も知らない小さな子どももいたわ」
「アンナリーゼ様!」
「それだけじゃないのよ。それだけじゃ。アデルが思っているより、私の立ち位置は危ないの。暴虐にでようものなら、罰せられるのは唯一公だけなのよ」
「……それは」
「ローズディア公国筆頭公爵の上に立てるのは、公以外誰もいない。ジョージア様だって、私の一言でどうにでもなってしまうのよ。それくらい……危ないの」
「それなら、ゴールド公爵に対して、何か対抗できるのではないですか?」


 ふふっと思わず笑ってしまう。それができれば苦労はないのだというように。私は親子ほど年の違うゴールド公爵と真正面から相対するのが怖かった。柔和な笑顔の下にどれほどのものがあるのかはかり知れず、ここしばらくの計画はほとんどを頓挫させている。トカゲの尻尾きりをしているゴールド公爵にしてみれば、私のしていることなんてたいしたことではない。昔からの公族への深い蟠りに対して、何かできるはずもない。


「何もしないわ。ゴールド公爵には。私たちとは地盤が違いすぎるもの。向こうも一枚岩ではないらしいことはわかってはいるけど、わざわざ突きに行って藪蛇は困るもの」
「いろいろ考えているのですね?」
「当たり前よ!生活改善やより良い生活をみなにはしてほしいの。何より足元を固めるところから、領民からの信頼を得ることが領地発展の鍵だからね」
「アンナ様にとって、今日の者たちは領民ではなかった。なのに、何故手を差し伸べるのです?」
「人手不足が第一だし、働き口がなくて困っているなら、彼らができることで雇ってあげれば、盗賊になる必要もないでしょ?」
「そうですけど……そこまで責任を持たなくても」
「責任は持ってないわよ?明後日もどんな話合いになるかわからないけど、提案するだけで、決めるのはあの人たち自身。自分の責任は自分たちで持ってもらうわ」


 あったかいようで冷たいんだと呟くアデルに、そうねと答えた。暗い道を心もとないランプの明かりだけ領地に戻ると、おかえりなさいませと警備隊が声をかけてくれた。「ただいま!」と返事をすれば、アンジェラもただいまと返事をしている。私に挨拶されるより嬉しかったのか、警備隊の面々は頬を緩ませていた。


「明日、仮の通行証を持って誰かが来るかもしれないけど、招待だから通してあげて。ただ、明日はお茶会もあって貴族の馬車も来るから、そのあたりしっかり引継ぎをしておいてちょうだい」
「かしこまりました。アンナリーゼ様に家紋表をいただいたおかげで、当日も慌てなくてすみそうです」
「役にたっているのね?良かったわ。招待客の名簿は渡してある通りだから、失礼のないようにお願いね?」


 かしこまりました!とその場にいる警備隊のものたちが敬礼をするので、私たちはしっかりお礼をいい、屋敷へと戻った。隣の領地とは違う明るい街道をアデルと並びながらたわいもない話をする。その話をときおりわかったかのように笑うアンジェラの頭をそっと撫でた。アンジェラの歩む道が、どこまでも明るいこと願った。
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