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私のやりたいことⅢ

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 お昼ご飯には大きすぎる。三人しかいないのだから。それでも、弓が引けるかはレオに見せないといけない。
 失敗するのも私の負けん気では悔しい。


 グッと引いた弓から矢を放つ。一直線に向かう弓はちょうど鹿の急所に当たったのだろう。一声、声をあげた後、地面をバタバタと蹴っていたが、それ以上は何もできなかった。


「……すごい。アンナ様。命中したよ」
「すごくはないわ。今はこちらが止まっていて狙いやすかったから。走りながらではこうもうまくは行かないはずよ?」
「そうかなぁ?そんなことはないと思うけど?」


 ウィルが馬から降りて、倒れている鹿のもとへむかった。せっかく狩った鹿も血抜きをしないと食べられない。私も馬から降りて、倒れている鹿の元へとむかう。


「ごめんね?美味しくいただくから」


 死んだばかりの鹿は、まだ温かい。生まれて数年というところだろう。女鹿であった。レオが後ろからおそるおそる覗いてくるので笑いかける。


「どうするのですか?」
「今から捌くわ。そうしないと、せっかくお肉が食べられないもの。それに、このまま置いておくわけにはいかないからね。適切に処理をして、土に返してあげないと」


 そういうと私はナイフを持ち、ウィルは馬に持たせていた小型のスコップで穴を掘り始める。


「どれくらいの大きさがいる?」
「レオがすっぽり入るくらい」


「りょーかい」といい、せっせと穴を掘っている。レオはどうしたらいいのか固まっていた。今まで剣術の練習はしている。弓矢も習得しているはずだ。ただ、こんな近くで命を奪うことはしたことがない。練習は練習で、命をかけたやり取りなんてしないからだ。かくいう私もほとんどしたことがない。生殺与奪の権利は貴族である私が握ることが多いが、そのほとんどを実行したことはなかった。ただ、狩りだけは例外だ。
 森に入れば、今日まで育んでくれたことに感謝し、必要な分だけの命を奪う。


「レオは初めてだよね?」


 鹿を目の前にして腰が引けているのがわかる。アンジェラなら戸惑いも迷いもなく言われた通りに捌いていきそうだが、レオは果たしてできるだろうか?


 んー、大丈夫かしら?夢に出てきて寝られなくなったりとかしないよね?

 震える手にナイフを渡す。


「怖くないわ。もう死んでいるもの」
「……はい」
「レオ」


 呼びかけると、涙目でこちらを見上げてくる。私はレオの頭をそっと撫でた。その感情は大事にしてほしい。やるかやられるかの戦場での優しさは命を落としかねないが、今日は命と向き合うためでもある。


「今の感情を忘れないで。鹿の温もりも。いつかあなたも戦場にでることがあるかもしれない。戦場での優しさは命取りでしかないけど、その命にも繋がりがあること……しっかり覚えておいて」
「……姫さん、そりゃ戦場で戦いにくくなるんじゃ……」
「私はそうは思わない。この温もりを命の糧を覚えておくことは、人として大切だと思うの。レオが人としての感情を無くさないために。ウィルもそういう訓練をしてきたでしょ?」
「……まぁ、俺は、これしか道がなかったし」
「そうね。レオもそうでしょ?進む道は今は無限に広がっているけど、決めているのでしょ?将来のことを」
「……はい」


 レオは目に溜まった涙を拭いている。私のことをジッと見つめ返し、次の言葉を待っているようだった。


「人が傷つくのも、傷つけるのもダメなら、戦争をしなければいいだけだって思うでしょう?さっきも話したけど、こちらから吹っ掛けなくとも、降りかかる火の粉はあるものなの。それが、大火になるこも。残念ながら、そういう職業もあるくらいだから」


 いつも以上に真剣に話を聞いているレオにもう一度笑いかける。将来にゆるぎないからこそ、憧れだけではないことを教えてあげないといけないこともある。


「もし、そんな大火になったとき、レオの目指すもの、ウィルが就いている職業のことを考える機会にしてほしい。憧れだけではすまないことを頭でも心でもきちんと理解しておいて」
「……わかっているつもりです」
「そう、レオのはまだつもりなのよ。私も戦場に出たのなんて、数回。それも……何かを守るものではなく、お金で動いていたものね。それも、おじさまは私が部隊にいるのを知っていて危ない場所には出してくれなかったけど……あのときの場の空気、そこらじゅうから臭う血の匂いなんかも今でも覚えているわ」


 私を見てレオは驚きを隠せていない。たまに私の過去を話すこともあるけど、侯爵令嬢というのとはどうしても結びつかないようだった。


「レオならできるわ。一から教えるから、捌いてみて。今日のお昼ごはんだから!」


 そういって、優しくレオに鹿の捌き方を教えた。拒否感がやはりあるようで、真っ赤になった手を見て、震えていたし、鼻につく血の匂いに何度もえずいていたが、処理が終わったころには、見違えるような表情となっていた。これから先、今日のことは忘れないと思う。私がそうであったように。温かさの血の匂いはずっと脳裏に焼き付いていることだろう。
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