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動かぬ領主

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 翌日から文官の三人は私の書いた紹介状を持って、養豚場の作業に向かった。たまたま、出かける三人に出くわしたので、忠告する。


「そんな綺麗な服、着ていかない方がいいわよ?どうせ、汚れるんだから」


 困惑顔でこちらを見て、お互いを見ていたが、どこへ向かうと言っていなかったので、私の言葉の意味がわからなかったようだ。
 人手が足りないと連絡があったのは数日前で、ブタの出産に伴い、手伝ってくれる人が欲しいとだけだった。本来なら、牛や馬などの出産に関わったことのある農家や馬房のものをよこしてほしいということだろうが、余裕がないと返事がきている。馬は、そろそろ種付けの季節に向かっているし、神経をピリピリさせているので、手伝いには向かないだろう。
 白羽の矢を立てたのは、役に立たなさそうな三人だった。


「さすがに、何かには役に立ってくれるはず……」


 綺麗な服を着たままの文官たちを見送り、私は自身の執務室へと籠った。そこには、一人、作業をしているノーラの姿。子どもたちも交えて作業をすることもあるが、ノーラは基本的に一人での作業となる。


「おはよう。今日も朝早くからありがとう」
「いえ、少しでも進めておきたくて」
「予想では、どれくらいで終わりそう?」
「そうですね……子どもたちの手伝いもあれば、今週中には」
「セバスたちが準備するより、ずっと早いわ」


 ありがとうというととんでもないと返ってくる。今まで仕事をしてきた中で、誰かにお礼を言われることがなかったらしく、俯いた頬は少し赤かった。


「そうだ。ノーラは、パルマと面識はある?」
「いえ、一方的にはありますが、パルマ様からはないかと」
「そうなの?パルマ様か。さんじゃないんだね?」
「……その、恐れ多いといいますか……お貴族様ですし、その……」
「パルマは、貴族ではないわよ?貴族令息って言葉もパルマには当てはまらないわね」
「それは、どういう……」
「爵位が飾りだったから?平民と同じ生活をしていたわ。今は、そのお家すらない状態だからね。少し認識が違うわね?」


 ノーラに話すと驚いていた。どうやら、隣国トワイスからきた貴族だと思われていたらしい。ワイズ伯爵の失脚のさい、パルマの家も無くなった。両親はエレーナの侍従になったし、双子の兄弟であるカルマは私の兄の侍従となったらしい。一度は城で働いたのに、合わないと辞めたそうだ。


「アンナリーゼ様の身内だと聞いたことがありますけど?」
「私の身内?全然違うわよ?確かに、うちで預かっていて、学園へ通わせてはいたけど、パルマは自力で勉強をして城へあがっているわ!自分の生計をたてるために努力をしたのよ。その結果、変なのに目をつけられたけど……」
「今は、宰相様の右腕ですよね。すごい出世だと思います」
「ノーラは出世したいとは思わないの?」


 私はノーラを見ると、どこか諦めたような表情をしていることに口を尖らせる。まだ、諦めるには早すぎる。ノーラには、諦める材料がたくさんあったのかも知れないけど……。巻き返す機会はあるはずだ。


「……無理だと思います。平民だし、要領も悪いし……その」
「要領が悪いようには見えないけど?いっけん、カイルが今の仕事を回しているような立ち振る舞いをしているけど、その実は違う。ノーラがうまくカイルを先導して、他の子らも動かしているわよね?」
「……そ、そんなこと!」
「あるわよ?だって……見ていればわかるし、それに、他の四人も動きやすそうにしているということは、いいことだわ」
「……カイルくんより、経験があっただけですから」
「その経験が大事なんでしょ?ノーラは、今まで、貴族令息や上官たちにいいように使われてきただけだと思っているかもしれないけど、それすらあなたの強みだと思うわ」
「……経験ですか?」
「文官としての経験は無駄なこと、なかったはずよ?」


 そうかな?と首を傾げている。身分が低いせいで理不尽なことも多かった事実だろうが、それは、パルマだって同じこと。パルマは、そんな中でも、使えるものを全て使った。セバスや私を使って、城の中の改革を進めている。もちろん、宰相の威を借りて。それくらい強かでないと、あの魔窟では埋もれてしまうだろう。


「ノーラが、この研修期間を終えて、したいことはあるかしら?」
「……何も」
「本当にない?例えば、パルマの補佐になりたいとか……セバスと仕事をしてみたいとか。誰かに憧れているとか」
「……あります。パルマ様と共に、城の中の悪しき慣習を無くしたいです!」


 少しだけ生気が戻ったような表情になったので、少しだけ安心した。ノーラにも、夢や憧れあって当然なのだ。諦めているという目は相変わらずではあったが、提案してみることは無駄にはならないだろう。誰かが側にいる方がいい。


「諦めるには、まだ、早すぎるわ」
「どういう、ことですか?」
「ノーラの目の前にいるのは、誰?私を使いなさい。交換条件と行きましょう」
「そんな……そんなこと!」
「いいわよ?私もパルマも同じことをしているだもの。私の願いは2つ。聞きたい?」


 挑戦的な視線を向ければ、ノーラの気持ちが少し動いたようで、口を数回パクパクさせている。スッと息を吐き、もう一度吸ってから私と視線を合わせた。その目は、パルマと同様……意思が固まったようなものであった。
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