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日長執務

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 では、行ってまいりますと挨拶だけ残して、イチアとビル、アデルが領地内を巡る旅に出た。途中で、バニッシュ領へ向かい、エールへのお茶会のお茶会の招待状を渡してもらうことになっている。そのあと、数日、バニッシュ領で滞在できるよう、エールにお願いもきっちり書いておく。
 バニッシュ領は隣り合った領地であるが、一応他国になるので、そのあたりの線引きは大切だ。ミネルバ当たりが、きちんと対処してくれるだろうと、イチアたちいがいにも先に手紙を書いておく。


「いい笑顔で挨拶に来たな?」


 書類に目を通しているウィルが話しかけてきた。病み上がりの私のために、しばらくのあいだは、張り付いてくれるらしい。


「そりゃそうでしょ?こちらにきてからというもの、ほとんどを領地の屋敷で過ごしていたのですもの。イチアには悪いことをしたと思っているのよ?」
「確かに、貴族の集まりと、ここにいるほとんどが公都に向かうことになるからなぁ」
「そうね。他にも実務ができる人が育てばいいのだけど?」
「あれ?フレイゼンから来てた……」
「ロイド?」
「そう。確か経済を研究しているとか……」
「そうよ。今は、もっぱら領民からの税の相談窓口と学校の先生をしてもらっているわ。あと……」
「使えない文官のお守か?」


 大きなため息をつきながら、イチアの笑顔を思い出す。領地の屋敷から出られなかったことは、たしかに不満もあっただろう。執務も任せっぱなしになっていたことも反省しないといけない。でも、イチアにとって、私のお願いは、たいしたことがないことを知っている。なぜなら、私同様、元主であるノクトが私同様の無茶っぷりなのだ。あちらの領地にいた頃は、公爵夫人が腕を振るっていたらしいので、領地の執務に関してはこちらほどではなかったかもしれないが、イチアが1番頭を抱えているのは、公から預かっている文官のことだ。


「そう。イチアはただでさえ、領地全体を見てくれていたのに、押し付けられた文官の出来が本当に悪いのよね?よくいって貴族的」
「悪く言って、能無し?」
「……頭はいいようだけど、教えを乞うことができないらしくって、だいぶ足を引っ張られていたらしいの」
「あのイチアの足を引っ張るってよっぽどだな?選抜されたものばかりだったんだろ?」
「そう。でも、とてもじゃないけど、使えないって。一人を除いてはって話よ」
「一人?」


 ウィルの疑問に私は頷いた。公から押し付けられた文官は、ほとんどが貴族の令息で、身分上、貴族ではないイチアに対して、相当、失礼な態度を取っているらしい。イチアから報告を受けたとき、公にその文官たちを叩き返してしまおうかと筆を取ったが、イチアに期間までの辛抱ですからと止められた。少しでもマシになるならと思っていたが、それも儚い夢のようなものだと感じる。


「ふーん。で、姫さん」
「何?」
「イチアがいないんだけど?」
「何か期待しているの?」
「直接指導をすればいいんじゃない?さすがに筆頭公爵には歯向かわないだろう?」
「おもしろそうだけど……」


 失礼しますと、張りのない声で執務室へ入ってくるロイド。その表情は重く暗い。主に、ロイドが文官たちのお守をしてくれていたらしいが、イチアやビルたちと励まし合って何とか成り立っていたため、どっと疲れが出てきたようだ。


「ご報告に参りました」
「えぇ、ありがとう。何か変わったことはないかしら?」
「……そうですね。領民たちとは良好に信頼関係を結べていけていると思っています」
「他に問題でもあるかしら?」


 俯くロイドに、好きに言ってちょうだいと声をかける。言いにくそうにしているので、執務室では遠慮せずに話すよういうと、意を決したような表情になった。


「あの、なんて言いますか……」
「ん?何?」
「……大変申し上げにくいのですが」
「えぇ、大丈夫よ」


 だいたい想像はついているとは言わず、話を促す。根がいい人なのだろうロイドは一度唇を噛んだあと、文官たちの仕事ぶりについて、私に話をしてくれる。そのどれも、ウィルは驚いているが、私は報告を聞いていたので、頷くだけにした。


「ロイドは、どうしたい?」
「どう、ですか?」
「えぇ、そうよ。例えば、私が出ていって注意をするとか、公へ返却するとか」
「……そんなことが、出来るのですか?」
「一応、筆頭公爵だからね。この国に住まう貴族や一般人にとっての手本とならないといけないし」
「なるほど。でも、あの人たちには、通じるとは思えないです」
「ん。でしょうね。イチアのこともロイドのことも全く尊敬もしていないのでしょ?今まで、よく我慢してくれたわ」
「あとは、姫さんに任せておいて」
「……はい、お願いします」


 ロイドは少しホッとしたような表情を見て、私も笑いかける。事務仕事も大事だが、他にも仕事はある。


「文官の方は、任せて!それより、今年の夏に発売予定の香水はどうかしら?」
「試作品は出来ています。次、こちらに来るときに渡しますね!」
「さすがロイドね!研究費ってまだ、足りている?」
「お陰様で。とくに困っていることもありません」
「そう、それは、よかった。そろそろ、次のことも考えてほしいの」
「と、いいますと……高級化粧品でしょうか?」
「そう。それが次の課題ね」
「なるほど、それは、頑張らないといけないですね」


 先程の途方に暮れたような表情は、次なる研究に向け新しい目標が出来て嬉しかったと執務室へとロイドは戻って行った。
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