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冷たい手
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「ん……お水……」
ぼうっとする頭で水が欲しいと手を伸ばすと、私の手を掴んでくれる。その手はひんやりと冷たくて気持ちがいい。
「お水、くれるかな?」
「はい、ただいま」
「アンナ、座れる?」
「……はい」
高熱をだして意識が朦朧としている中、背中を支えてくれているのがジョージアだろうことはなんとなくわかった。頬や首に当ててくれる手が冷たくて気持ちよく思わず擦り寄ってしまうと、クスクス笑われているようだった。
「ジョージア様、酷いです!」
むずっとすると、ごめんごめんと優しく頭を撫でられた。子ども扱いされても、今日の私は嬉しい。子どもの頃から、滅多に体調を崩すことはなかったが、たまに熱を出せば、みなが私に優しかった。特に両親が側に付いていてくれることが多く、密かに喜んでいた。
「お水、持ってきてくれたからのめそう?」
コクと頷くと、ジョージアがコップを口元に持ってきてくれる。冷たい水が体に染みわたるように気持ちがいい。
「もう少ししたら、ヨハン教授が来てくれるから、それまで我慢できるかな?」
「……できます」
「いい子だ。何か食べられそう?パン粥かなにか作ってもらう?」
「……お水をもう一杯欲しいです」
冷たい水をもう一杯貰うと、さっきまでふぅふぅと荒い息をしていたのに、少しだけ楽になった。
「アンナって、立ち止まると調子を崩すんだね……飛び回っている方が元気な気がするな」
「……そんなこと、ないですよ?」
「そんなことあるよ。さすが、天下のアンナリーゼも、熱には敵わないようだね」
「……そんなことないです!」
熱のせいか、自身が子ども返りをしているようで、ジョージアにただただ甘えている。食べられそうなものを持ってくるようにとメイドに指示をして、私をベッドに寝かせた。自身はベッドの縁に座り、私の髪を撫でてくれている。ここしばらく、ゆっくりする時間がなかったのは本当だ。あちこちと出回らないといけなかったし、責任があることも多かった。自由に領地で飛び回っているようにはいかず、大変であった。コンコンと扉がノックされ、誰かが入って来た。この部屋に入ってこれる人は限られているし、弱っている今、私の部屋には、ウィルが護衛として張り付いてくれていることだろう。
「アンナリーゼ様の具合はいかがですか?」
「あぁ、ナタリーか。見ての通りだよ。ちょっと、無理をしすぎたようだね」
「確かに……いろいろなことがありましたからね。自身を顧みず、本当にあちらこちらと向かわれていましたから。それで、助かった命は多いですけど、ご自愛もしていただかないと」
「本当だよね……目を離すとすぐ、どこかへ飛んでいってしまうから……」
そばにいてくれないとダメだよ?とジョージアが言うので頷くと、ナタリーがあらと声をあげていた。
「こんなときは素直なんですね?私、アンナリーゼ様が調子の悪いときを知らないので、不思議な気持ちですわ」
「ナタリーも元気だよね。アンナ以上にあちこちに出かけている気がするし」
「そうですね。アンナリーゼ様のおかげで、今の私がありますから。私は、とても幸せなのです。アンナリーゼ様が着られるドレスを作ったりハニーローズ店の服部門を任せてもらえたり、充実した日々を過ごしていますわ!」
「……それはよかったのかな?」
「えぇ、よかったです。私、誰かの夫人で収まるのは、向いていなかったんだと思います。離婚して、アンナリーゼ様についていって本当によかったと心から思っていますわ」
そっかとジョージアは答える。ナタリーが結婚していたことも離婚していることも知っている。ナタリーの心はどこに向かっているのかも。実際、貴族令嬢であるナタリーが、親の言いつけを守らず、自身で身を立てている姿は、この時代では珍しい。未亡人ならまだしも、年若いナタリーが派手に動き回っている様は、本来ならあまりよいこととはされない。それでも、今、目を輝かせて働く女性像として支持を受けているのは、アンナリーゼという国を代表する女性が領主として表舞台に立っているからであろう。
「アンナリーゼ様が、公爵として貴族社会で目立つ存在ですから、私なんて霞んでしまいますが、その姿を素敵だと思う婦人は多くいますよ。実際お茶会で話をするのは、いつもアンナリーゼ様のことばかり。南の領地での話は、まさに英雄のごとく婦人たちの中で広まりつつあります」
「そんなになのかい?正直、あまりよくは思っていなかったんだ。他領への過干渉ではないかって」
「ジョージア様はそのように思われていたのですね。確かに、そういう貴族もいます。ただ、それは、あのとき、命を天秤にかけなかった人ばかり。アンナリーゼ様が自ら南の領地へ行かなければ、今もまだ、病の終息どころか、拡大していたでしょう。そう言うことが、わからない貴族が国の上にいると思うと、正直腹が立ちます」
「その筆頭が俺なのかもしれない。出来ることなら、アンナを俺の側から離したくない」
クスクスと笑うナタリーは、いいことですとジョージアに言い切った。
「もっと、アンナリーゼ様を甘やかしてあげてください。いつも、公やこの国に振り回されているのですから。領地運営も落ち着いて来ています。アンナリーゼ様が次にしたいこと、させてあげてほしいですわ」
ナタリーまで私の髪を撫でる。優しいその手つきに愛情を感じる。私は眠くなってしまったので、そのまま、夢の中へと落ちていった。
ぼうっとする頭で水が欲しいと手を伸ばすと、私の手を掴んでくれる。その手はひんやりと冷たくて気持ちがいい。
「お水、くれるかな?」
「はい、ただいま」
「アンナ、座れる?」
「……はい」
高熱をだして意識が朦朧としている中、背中を支えてくれているのがジョージアだろうことはなんとなくわかった。頬や首に当ててくれる手が冷たくて気持ちよく思わず擦り寄ってしまうと、クスクス笑われているようだった。
「ジョージア様、酷いです!」
むずっとすると、ごめんごめんと優しく頭を撫でられた。子ども扱いされても、今日の私は嬉しい。子どもの頃から、滅多に体調を崩すことはなかったが、たまに熱を出せば、みなが私に優しかった。特に両親が側に付いていてくれることが多く、密かに喜んでいた。
「お水、持ってきてくれたからのめそう?」
コクと頷くと、ジョージアがコップを口元に持ってきてくれる。冷たい水が体に染みわたるように気持ちがいい。
「もう少ししたら、ヨハン教授が来てくれるから、それまで我慢できるかな?」
「……できます」
「いい子だ。何か食べられそう?パン粥かなにか作ってもらう?」
「……お水をもう一杯欲しいです」
冷たい水をもう一杯貰うと、さっきまでふぅふぅと荒い息をしていたのに、少しだけ楽になった。
「アンナって、立ち止まると調子を崩すんだね……飛び回っている方が元気な気がするな」
「……そんなこと、ないですよ?」
「そんなことあるよ。さすが、天下のアンナリーゼも、熱には敵わないようだね」
「……そんなことないです!」
熱のせいか、自身が子ども返りをしているようで、ジョージアにただただ甘えている。食べられそうなものを持ってくるようにとメイドに指示をして、私をベッドに寝かせた。自身はベッドの縁に座り、私の髪を撫でてくれている。ここしばらく、ゆっくりする時間がなかったのは本当だ。あちこちと出回らないといけなかったし、責任があることも多かった。自由に領地で飛び回っているようにはいかず、大変であった。コンコンと扉がノックされ、誰かが入って来た。この部屋に入ってこれる人は限られているし、弱っている今、私の部屋には、ウィルが護衛として張り付いてくれていることだろう。
「アンナリーゼ様の具合はいかがですか?」
「あぁ、ナタリーか。見ての通りだよ。ちょっと、無理をしすぎたようだね」
「確かに……いろいろなことがありましたからね。自身を顧みず、本当にあちらこちらと向かわれていましたから。それで、助かった命は多いですけど、ご自愛もしていただかないと」
「本当だよね……目を離すとすぐ、どこかへ飛んでいってしまうから……」
そばにいてくれないとダメだよ?とジョージアが言うので頷くと、ナタリーがあらと声をあげていた。
「こんなときは素直なんですね?私、アンナリーゼ様が調子の悪いときを知らないので、不思議な気持ちですわ」
「ナタリーも元気だよね。アンナ以上にあちこちに出かけている気がするし」
「そうですね。アンナリーゼ様のおかげで、今の私がありますから。私は、とても幸せなのです。アンナリーゼ様が着られるドレスを作ったりハニーローズ店の服部門を任せてもらえたり、充実した日々を過ごしていますわ!」
「……それはよかったのかな?」
「えぇ、よかったです。私、誰かの夫人で収まるのは、向いていなかったんだと思います。離婚して、アンナリーゼ様についていって本当によかったと心から思っていますわ」
そっかとジョージアは答える。ナタリーが結婚していたことも離婚していることも知っている。ナタリーの心はどこに向かっているのかも。実際、貴族令嬢であるナタリーが、親の言いつけを守らず、自身で身を立てている姿は、この時代では珍しい。未亡人ならまだしも、年若いナタリーが派手に動き回っている様は、本来ならあまりよいこととはされない。それでも、今、目を輝かせて働く女性像として支持を受けているのは、アンナリーゼという国を代表する女性が領主として表舞台に立っているからであろう。
「アンナリーゼ様が、公爵として貴族社会で目立つ存在ですから、私なんて霞んでしまいますが、その姿を素敵だと思う婦人は多くいますよ。実際お茶会で話をするのは、いつもアンナリーゼ様のことばかり。南の領地での話は、まさに英雄のごとく婦人たちの中で広まりつつあります」
「そんなになのかい?正直、あまりよくは思っていなかったんだ。他領への過干渉ではないかって」
「ジョージア様はそのように思われていたのですね。確かに、そういう貴族もいます。ただ、それは、あのとき、命を天秤にかけなかった人ばかり。アンナリーゼ様が自ら南の領地へ行かなければ、今もまだ、病の終息どころか、拡大していたでしょう。そう言うことが、わからない貴族が国の上にいると思うと、正直腹が立ちます」
「その筆頭が俺なのかもしれない。出来ることなら、アンナを俺の側から離したくない」
クスクスと笑うナタリーは、いいことですとジョージアに言い切った。
「もっと、アンナリーゼ様を甘やかしてあげてください。いつも、公やこの国に振り回されているのですから。領地運営も落ち着いて来ています。アンナリーゼ様が次にしたいこと、させてあげてほしいですわ」
ナタリーまで私の髪を撫でる。優しいその手つきに愛情を感じる。私は眠くなってしまったので、そのまま、夢の中へと落ちていった。
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