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アデルと夫婦ごっこ再び

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 お散歩をしていると後ろからアデルが追いかけて来た。私たちは朝食を取っているのだろうと思っていたら、知らないうちに出かけていたと息をきらしながら走ってくる。


「大丈夫?アデル」
「……大丈夫です!でも、外に行くときは、声をかけていってくださいと何度も行ったはずですよ?」
「……ごめんね?私、抜け出すのは常習犯だし……」
「アンジェラ様にまで、悪い影響がでます!」


 アデルに言われ、しゅんとなる。すでに遅いのだが……悪影響と言われれば、少し心も痛む。持って生まれた性格からして、アンジェラもこっそり屋敷を抜け出す……そんな未来は容易に想像ができた。
 あえて言わないでおくが、きっと、心の隅では、アデルも将来悩まされることを考えているのかもしれない。


「……せめて、子猫たちだけでも……撒かないでくださいね?」
「ディルの教育もまだまだね?」


 クスクス笑っていると、笑いごとではありません!と叱られる。領主でもあり、筆頭公爵でもある私が、刺客に襲われたら!というが、私の周りに刺客がいなかった日なんてないし、みんなが回りにいるからこそ、自由に出歩くこともできる。むしろ、刺客の方が戸惑うくらいの行動力ということだ。余程、バカな刺客でない限り、私の間合いには入ってこないし、刺客どうしが見張り合いをしているので、襲われることは、まず、ない。例外はあるけど、そういう子たちは、素人同然なので、なんとでも出来てしまう。


「……ディルさんも、大変ですね。本当、自由奔放というか」
「もうすぐ、デリアが戻ってきたら、私、もっと、毎日叱られてばかりだから、今のうちに羽を伸ばしておかない!」
「デリアさんも、可哀想ですよ?ほら、まだ、お子さんも小さいので、気遣いをですね?」
「うちの子もちいさいもん!だからって、公が気遣いしてくれたことなんてないわ。デリアには、幸せになってほしいから配慮はするけど……たぶん、公に振り回される私に振り回されると思うわ。それを覚悟のうえで、侍女になったのだから」
「アンナ様への信頼は厚いですよね?デリアさんって。公都の屋敷に行くと、お休み中だというのに、アンナ様への気遣いに驚かされます」


 優秀でしょ?と笑うと、アンナ様の側で優秀じゃない人なんて、いませんけどね?と少し拗ねたような言い方をするので、ニヤニヤ笑う。アデルも優秀で近衛から引き抜きをしたわけだが、どうやら、そうは思っていないらしい。実際、ディルの訓練にも参加して、コテンパンに子猫たちにやられたと報告をきいたこともあるので、そういう認識なのだろう。


「アデルも優秀だから引き抜きをしたんだけど?」
「……感謝してます」
「なら、ちょっと、我儘を聞いてくれるかしら?」
「……アンナ様の我儘はちょっと……」
「また、夫婦ごっこをするだけよ。アンジェラ?」


 ゲッという表情を一瞬してすぐに隠したアデルと良い返事をするアンジェラ。二人に指令を出す。


「……また、パパって呼ばれるんですか?ジョージア様が近くにいるから、まずくないですか?」
「あっちのほうへは行かないから大丈夫。ヨハンが、また新しいことを始めたらしくって、気になるから一緒に行ってほしいの」


 アデルにアンジェラを抱かせ、私と並んで歩く。途中、アンジェラの長い髪が顔にかかるのか、アデルが何回かくしゃみをするので、ベルトにつけていた赤いリボンで、アンジェラの髪を縛る。ポニーテールになり、アデルが歩くたびに可愛らしく揺れている。


 しばらく歩いていくと、見慣れない建物が見える。白い布で作られた簡易の家のようなものが、いくつもあった。


「何も言わなくてもわかりますよ!アンナが見たかったのって、あれですよね?」
「そう、あれ。アンジェラが、冬なのにトマトを持って来て、食べていたの」
「トマトって夏の食べ物ですよね?」
「そうよ?疑問に思って聞いたら、冬でも収穫ができるように考えられているようよ」
「一体どうやって?」
「原理は、蚕と同じ。寒いとダメだからあの布の家の中を温めているそうよ?」
「そんなこと、できるんですか?」
「出来るか出来ないかでいえば、出来るのでしょうね?現に目の前にあるし、トマトも食べているのを見たから」


 私とアデルは半信半疑である。冬にトマトというのは、やはり違うものを食べていたのではないかと疑問に思ってしまう。


「夏に収穫したトマトを……」
「まず無理ね?トマトって生ものだから、長期保管は向かないわ。芋ならまだしも、あんなに瑞々しいもの、保管なんて出来るわけないわ。カビが生えるか腐るかのどちらかよ!」
「……そうですよね?単純に考えても無理がある」
「アンジェラがとってきたのは、研究所の中にあるらしいんだけど……」
「実験場は別に用意しているということですね?まったく、ヨハン教授は、どんな頭をしているのでしょうね?こんな技術、聞いたこともない」


 半信半疑、疑いのほうがやや多いまま、その布の家に近づいていく。あと数歩のところに差し掛かったとき、布の向こう側の熱を感じた。二人でその温かさに驚きながら、私たちは、布の家の中へ入っていく。
 私の目の前では、ありえないと思っていた光景が広がり、言葉を失ってしまった。
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