1,116 / 1,480
レディアンナリーゼⅤ
しおりを挟む
「すごいわね!一面薔薇畑!」
見渡す限りの薔薇に感動する。こんなにたくさん咲いているのは、初めて見る。
「すごいでしょ?これを管理しているのは、助手ではあるんですけどね。専属に一人……」
「それって、第一助手の彼女?」
「えぇ、それが?」
「……幼いころから、ずっと彼女がヨハンの傍らにいるなって」
「そりゃそうでしょ?妻ですから、いてもらわないと、生活がなりゆきません」
聞きなれない単語が飛び出し、一面の薔薇よりそちらが気になってしまった。
「えっ?どういうこと?」
「言っていませんでしたか?まぁ、正式に結婚したわけではないので、違うといえば違うのでしょうけど、彼女にはそのつもりでいてほしいと話してはあります。いい年ですしね、お互い」
「……えっ?ごめんね。他人のことに口出しするつもりはないけど……それでいいの?」
「はい、それで。何か問題でもありますか?」
こめかみをグリグリしていると、アデルが後ろからこそっと囁く。「常識に囚われてはいけません。ヨハン教授なのですから」といわれれば、頷くしかなかった。
彼女が納得しているなら、他人の私がいうことはないはずだ。
「ないわね……納得しているなら、私が何かいうことはないわ。大事にしてあげなさいね?前みたいに……」
「感染病のことですか?彼女自身が医師でもありますから、命を守る側の人間です。それを含めて、助手なのですから、何も言いませんよ。俺なんかより、ずっと賢い人間なんだ。嫌になれば、いつだって好きに飛び立つでしょう。今は、まだ、見捨てられていない……ただ、それだけです」
知らなかったヨハンの一面を見て驚いた。ヨハンがどれほど彼女を大事にしているか、研究一筋で、私より危なっかしい人から出る言葉だとは思えない。生活の全てを第一助手である彼女がヨハンを支えていることは知ってはいたが、本当に全てを支えているのだと感じた。
「人の愛情なんて、それぞれよね。好きだ愛しているなんて言葉で片付く薄っぺらいものもあれば、相手の心に寄り添う形もあるんだもの」
「アンナリーゼ様のところは、あきらかに旦那が振り回されているけどな?」
「そっくりそのまま返すわよ?」
クスクス笑いあう。こんななんでもない日常を私が欲していることを理解してくれているだろうヨハンは、薔薇の方へ視線を向かわせる。
「この薔薇が、いつの日にか観賞用だけになれば、俺の研究はもう必要じゃなくなるんだけどな」
「それは、無理でしょ?私たち以上に自然界は進化していっているもの。新しい毒は、ひょっこり出てくるし、その対処法も必要となる。それは、毒だけでなく……」
「病気に対してもだな。日々病気も進化していっているしな……医療もそれに追いつけと進歩はしていても、使える人間を育てる時間が、圧倒的に足りない」
「医師研修はどう?順調と言えるものかしら?」
「……始まったばかりで、なんとも。助手たちが、それぞれ得意な分野に別れて、臨機応変に対応できる医師を育てているからな。今後も増えるんだろう?」
「その予定ね?公から話を聞いている限りは」
「今回、公のお抱え医師たちは、役にたたなかったからなぁ……」
全くね!とあの南の領地でのことを思い出す。まだ、それほど、季節が変わっているわけでも無いが、ここしばらくは、濃い内容が立て続けにあったので、随分前の話のように思えた。
「あのときは、ヨハンが動いてくれて助かったわ」
「まぁ、あれは、ジニーのせいでもあるから……むしろ、ジニーの命を救ってくれたことの方が、ありがたい。あれだけの死者を出しながらも、俺の功績と相殺して不問としてくれたことには正直どう償ったらいいのかわからない」
「今後、ジニーはどうするつもり?」
「アンバー領内で、医師にするつもりだ。領地の外へ行くことになれば、また、何をさせられることになるかわからないから。薬の知識もあるから、その方向で、亡くした命の代わりにはならなくても、消えかけた灯を消さない努力をするようにと言っている」
「そう……ジニーには伝えてあるの?」
「もちろん、ある。その重みを背負って生きろって。まぁ、一人で背負わせるものではないから、俺も背負うとは言っているけど……元々、親たちが好き勝手に俺やジニーに施した実験が悪いんだ。いなくなった人にどうこうできることではないから、生きているもので、償っていくしかないさ」
風で、薔薇たちが揺れている。その風に乗って、薔薇のよい香りがしてくる。
「この薔薇、見た目だけでなくて、香りもいいわね?」
「もちろん、レディアンナリーゼだからね。極上の令嬢をイメージして、品種改良をしているさ。見た目の華やかさ、大きさ、香り、効能。そのどれひとつとっても、アンナリーゼ様に引けをとらないように仕上げてはいるつもりだよ。まぁ、効能はまだ今一つだけどね?」
「あの奥にある、白い薔薇は?」
「あれが、本来の万能解毒剤用の薔薇。控えめで純白の薔薇だ」
私はたくさん咲いているレディアンナリーゼのあいだの小道を歩いていき、最奥にある美しい白い薔薇へと歩を進める。今まで見たどの薔薇より、美しいそれをどうしても見たくなった。
見渡す限りの薔薇に感動する。こんなにたくさん咲いているのは、初めて見る。
「すごいでしょ?これを管理しているのは、助手ではあるんですけどね。専属に一人……」
「それって、第一助手の彼女?」
「えぇ、それが?」
「……幼いころから、ずっと彼女がヨハンの傍らにいるなって」
「そりゃそうでしょ?妻ですから、いてもらわないと、生活がなりゆきません」
聞きなれない単語が飛び出し、一面の薔薇よりそちらが気になってしまった。
「えっ?どういうこと?」
「言っていませんでしたか?まぁ、正式に結婚したわけではないので、違うといえば違うのでしょうけど、彼女にはそのつもりでいてほしいと話してはあります。いい年ですしね、お互い」
「……えっ?ごめんね。他人のことに口出しするつもりはないけど……それでいいの?」
「はい、それで。何か問題でもありますか?」
こめかみをグリグリしていると、アデルが後ろからこそっと囁く。「常識に囚われてはいけません。ヨハン教授なのですから」といわれれば、頷くしかなかった。
彼女が納得しているなら、他人の私がいうことはないはずだ。
「ないわね……納得しているなら、私が何かいうことはないわ。大事にしてあげなさいね?前みたいに……」
「感染病のことですか?彼女自身が医師でもありますから、命を守る側の人間です。それを含めて、助手なのですから、何も言いませんよ。俺なんかより、ずっと賢い人間なんだ。嫌になれば、いつだって好きに飛び立つでしょう。今は、まだ、見捨てられていない……ただ、それだけです」
知らなかったヨハンの一面を見て驚いた。ヨハンがどれほど彼女を大事にしているか、研究一筋で、私より危なっかしい人から出る言葉だとは思えない。生活の全てを第一助手である彼女がヨハンを支えていることは知ってはいたが、本当に全てを支えているのだと感じた。
「人の愛情なんて、それぞれよね。好きだ愛しているなんて言葉で片付く薄っぺらいものもあれば、相手の心に寄り添う形もあるんだもの」
「アンナリーゼ様のところは、あきらかに旦那が振り回されているけどな?」
「そっくりそのまま返すわよ?」
クスクス笑いあう。こんななんでもない日常を私が欲していることを理解してくれているだろうヨハンは、薔薇の方へ視線を向かわせる。
「この薔薇が、いつの日にか観賞用だけになれば、俺の研究はもう必要じゃなくなるんだけどな」
「それは、無理でしょ?私たち以上に自然界は進化していっているもの。新しい毒は、ひょっこり出てくるし、その対処法も必要となる。それは、毒だけでなく……」
「病気に対してもだな。日々病気も進化していっているしな……医療もそれに追いつけと進歩はしていても、使える人間を育てる時間が、圧倒的に足りない」
「医師研修はどう?順調と言えるものかしら?」
「……始まったばかりで、なんとも。助手たちが、それぞれ得意な分野に別れて、臨機応変に対応できる医師を育てているからな。今後も増えるんだろう?」
「その予定ね?公から話を聞いている限りは」
「今回、公のお抱え医師たちは、役にたたなかったからなぁ……」
全くね!とあの南の領地でのことを思い出す。まだ、それほど、季節が変わっているわけでも無いが、ここしばらくは、濃い内容が立て続けにあったので、随分前の話のように思えた。
「あのときは、ヨハンが動いてくれて助かったわ」
「まぁ、あれは、ジニーのせいでもあるから……むしろ、ジニーの命を救ってくれたことの方が、ありがたい。あれだけの死者を出しながらも、俺の功績と相殺して不問としてくれたことには正直どう償ったらいいのかわからない」
「今後、ジニーはどうするつもり?」
「アンバー領内で、医師にするつもりだ。領地の外へ行くことになれば、また、何をさせられることになるかわからないから。薬の知識もあるから、その方向で、亡くした命の代わりにはならなくても、消えかけた灯を消さない努力をするようにと言っている」
「そう……ジニーには伝えてあるの?」
「もちろん、ある。その重みを背負って生きろって。まぁ、一人で背負わせるものではないから、俺も背負うとは言っているけど……元々、親たちが好き勝手に俺やジニーに施した実験が悪いんだ。いなくなった人にどうこうできることではないから、生きているもので、償っていくしかないさ」
風で、薔薇たちが揺れている。その風に乗って、薔薇のよい香りがしてくる。
「この薔薇、見た目だけでなくて、香りもいいわね?」
「もちろん、レディアンナリーゼだからね。極上の令嬢をイメージして、品種改良をしているさ。見た目の華やかさ、大きさ、香り、効能。そのどれひとつとっても、アンナリーゼ様に引けをとらないように仕上げてはいるつもりだよ。まぁ、効能はまだ今一つだけどね?」
「あの奥にある、白い薔薇は?」
「あれが、本来の万能解毒剤用の薔薇。控えめで純白の薔薇だ」
私はたくさん咲いているレディアンナリーゼのあいだの小道を歩いていき、最奥にある美しい白い薔薇へと歩を進める。今まで見たどの薔薇より、美しいそれをどうしても見たくなった。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
婚約破棄の場に相手がいなかった件について
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。
断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。
カクヨムにも公開しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる