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レディアンナリーゼⅤ

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「すごいわね!一面薔薇畑!」


 見渡す限りの薔薇に感動する。こんなにたくさん咲いているのは、初めて見る。


「すごいでしょ?これを管理しているのは、助手ではあるんですけどね。専属に一人……」
「それって、第一助手の彼女?」
「えぇ、それが?」
「……幼いころから、ずっと彼女がヨハンの傍らにいるなって」
「そりゃそうでしょ?妻ですから、いてもらわないと、生活がなりゆきません」

 聞きなれない単語が飛び出し、一面の薔薇よりそちらが気になってしまった。


「えっ?どういうこと?」
「言っていませんでしたか?まぁ、正式に結婚したわけではないので、違うといえば違うのでしょうけど、彼女にはそのつもりでいてほしいと話してはあります。いい年ですしね、お互い」
「……えっ?ごめんね。他人のことに口出しするつもりはないけど……それでいいの?」
「はい、それで。何か問題でもありますか?」


 こめかみをグリグリしていると、アデルが後ろからこそっと囁く。「常識に囚われてはいけません。ヨハン教授なのですから」といわれれば、頷くしかなかった。
 彼女が納得しているなら、他人の私がいうことはないはずだ。


「ないわね……納得しているなら、私が何かいうことはないわ。大事にしてあげなさいね?前みたいに……」
「感染病のことですか?彼女自身が医師でもありますから、命を守る側の人間です。それを含めて、助手なのですから、何も言いませんよ。俺なんかより、ずっと賢い人間なんだ。嫌になれば、いつだって好きに飛び立つでしょう。今は、まだ、見捨てられていない……ただ、それだけです」


 知らなかったヨハンの一面を見て驚いた。ヨハンがどれほど彼女を大事にしているか、研究一筋で、私より危なっかしい人から出る言葉だとは思えない。生活の全てを第一助手である彼女がヨハンを支えていることは知ってはいたが、本当に全てを支えているのだと感じた。


「人の愛情なんて、それぞれよね。好きだ愛しているなんて言葉で片付く薄っぺらいものもあれば、相手の心に寄り添う形もあるんだもの」
「アンナリーゼ様のところは、あきらかに旦那が振り回されているけどな?」
「そっくりそのまま返すわよ?」


 クスクス笑いあう。こんななんでもない日常を私が欲していることを理解してくれているだろうヨハンは、薔薇の方へ視線を向かわせる。


「この薔薇が、いつの日にか観賞用だけになれば、俺の研究はもう必要じゃなくなるんだけどな」
「それは、無理でしょ?私たち以上に自然界は進化していっているもの。新しい毒は、ひょっこり出てくるし、その対処法も必要となる。それは、毒だけでなく……」
「病気に対してもだな。日々病気も進化していっているしな……医療もそれに追いつけと進歩はしていても、使える人間を育てる時間が、圧倒的に足りない」
「医師研修はどう?順調と言えるものかしら?」
「……始まったばかりで、なんとも。助手たちが、それぞれ得意な分野に別れて、臨機応変に対応できる医師を育てているからな。今後も増えるんだろう?」
「その予定ね?公から話を聞いている限りは」
「今回、公のお抱え医師たちは、役にたたなかったからなぁ……」


 全くね!とあの南の領地でのことを思い出す。まだ、それほど、季節が変わっているわけでも無いが、ここしばらくは、濃い内容が立て続けにあったので、随分前の話のように思えた。


「あのときは、ヨハンが動いてくれて助かったわ」
「まぁ、あれは、ジニーのせいでもあるから……むしろ、ジニーの命を救ってくれたことの方が、ありがたい。あれだけの死者を出しながらも、俺の功績と相殺して不問としてくれたことには正直どう償ったらいいのかわからない」
「今後、ジニーはどうするつもり?」
「アンバー領内で、医師にするつもりだ。領地の外へ行くことになれば、また、何をさせられることになるかわからないから。薬の知識もあるから、その方向で、亡くした命の代わりにはならなくても、消えかけた灯を消さない努力をするようにと言っている」
「そう……ジニーには伝えてあるの?」
「もちろん、ある。その重みを背負って生きろって。まぁ、一人で背負わせるものではないから、俺も背負うとは言っているけど……元々、親たちが好き勝手に俺やジニーに施した実験が悪いんだ。いなくなった人にどうこうできることではないから、生きているもので、償っていくしかないさ」


 風で、薔薇たちが揺れている。その風に乗って、薔薇のよい香りがしてくる。


「この薔薇、見た目だけでなくて、香りもいいわね?」
「もちろん、レディアンナリーゼだからね。極上の令嬢をイメージして、品種改良をしているさ。見た目の華やかさ、大きさ、香り、効能。そのどれひとつとっても、アンナリーゼ様に引けをとらないように仕上げてはいるつもりだよ。まぁ、効能はまだ今一つだけどね?」
「あの奥にある、白い薔薇は?」
「あれが、本来の万能解毒剤用の薔薇。控えめで純白の薔薇だ」


 私はたくさん咲いているレディアンナリーゼのあいだの小道を歩いていき、最奥にある美しい白い薔薇へと歩を進める。今まで見たどの薔薇より、美しいそれをどうしても見たくなった。
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