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王太子が問う
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私たちは後ろについて歩くだけ。王太子とナタリーが仲睦まじく連れ添って歩く後ろを警戒していく。こちらに集まる視線。鋭いものを向けてくるものは、紫の花、トリカブトの紋章がチラリと見えるものたちだ。他にも王太子が突然の申し出に驚いているものも多く、ザワザワとした謁見の間。夜会でも始めるのかと思えるほど、貴族たちが集められていた。
王まであと数歩というところで、立ち止まる。私からも見えるが、王は完全に自我を失っているようで、先程まで話をしていたのは、声マネをされていたかもしれない。侍従のニックが、王のふりをする。
「……王の近くまでこれれば、問題ない」
さっきまでの甘い雰囲気は一瞬で消え失せる王太子。スッとニックの方を見れば、王の顔と言ってもいいほど、厳しい顔つきに変わっていた。
「ニックとか言ったか?」
「……はい、王太子様」
背中に腕を回すニックを目ざとくヒーナが寄り添う。もちろん、文字通りではなく、何かを感じ取ったニックが、王太子に何かする可能性を潰すために後ろで手を自由にさせないようにしたのだ。
ニックは、ベールをかぶっているヒーナを認識出来ていなかったらしく、ただの侍女かメイドが寄ってきたくらいにしか思っていなかったようだ。
「戦争屋も、王宮暮らしが長いと、勘が鈍るんじゃなくて?」
「姫さん、それは言っちゃ可哀想だろ?これでも、一流の暗殺者集団の一員なんだから」
「でも、同業者だって気付かないのは、ちょっと、たるんでいる証拠でしょ?ヒーナ」
えぇ、そうですねと残念そうな声でため息をつくヒーナ。その声を聞いたとき、ニックの顔が豹変する。そこらの侍女ならいつでも抜け出せると思っていたのに、ヒーナでは、一筋縄ではいかないはずだ。
「……ヒーナ。生きていたのか?」
「生きていたわよ?あなたがいうところの、生き恥をさらしているのだけど……あなたも然程変わらないわね?ニック」
「俺は、この国を手に入れるために……」
「王を麻薬漬けにした?でも、詰めが甘いわ!どうせするなら、王太子もでしょ?」
クスっと笑うヒーナは、裏の顔をしている。生き生きとした顔をみれば、私たちと暢気に生活しているより、こういうひりつくような場に身を置いていたいと全身で言っているようだった。
「ヒーナは、さすがと言うべきだな。王太子までか……もう少しことが進んだら、廃太子にして、そいつの弟を傀儡を作るつもりだったのに」
「やることが遅いわ。私のご主人様の力量も見余っていたようね」
「ご主人様?新しいご主人様は優しいのかよ?」
クツクツ笑うニックの耳元で私たちにも聞こえるように言葉を選ぶ。ヒーナがとんでもなくいい笑顔であることに、私は苦笑いをしてしまった。私だけではなく、私の周りのものたちもだが……。
「私のご主人様は、優しいわ。とっても。休む間もなくあっちにこっちにと本人が出回っているから、私たちも休む暇もないし、あなたみたいに平和ボケしていないわよ?」
「平和ボケ?俺が?ヒーナ……お前の方こそ、平和ボケをしているんじゃないか?仲間がここにはいるんだぞ?爆弾のひとつでもあることくらい、頭の片隅に置いておくべきだな!」
やれっ!とニックが大声を出したとき、何かが起こると期待をしているのがわかる。ただ、この部屋では、何も起こらない。
手下らしき者たちが動き始めたので、私はナタリーの側から離れ、駆け始めた。
「ま、まて!アンバー公!」
王太子の静止も聞かず、私はドレスの中から愛剣を取り出した。スカートを捲り上げる私に悲鳴めいた声が響くが、気にしない。一目散に向かえば、相手も剣を私に向けてくる。
「動くな!」
手近にいた貴族をたてに取られたが、私は、にぃっと笑って体をグッと低くし、二人の足元へと潜り込む。そのまま、剣を横に繋ぎ、腰の当たりを打ち付ける。ぐふ……と鈍い音とともに、前に倒れこみ、捕まっていた貴族も解放される。そのまま、這うように貴族は多くの人が逃げた場所へ向かった。
「……ウィルまで飛んでっちゃったけど?」
「それなら、私が……守ってあげるわよ」
「ナタリーは勇ましいなぁ……」
「それより、アンナリーゼ様があんなに生き生きと動き回っているのを見るのは、久しぶりね?」
「確かに。あんまり、こういうときって、前に出ると叱られるから……まぁ、これは、ジョージア様からしっかり叱られる案件だと思うけどさ」
「言っちゃうの?可哀想じゃない?」
ナタリーとセバスが何やら話をしているようだが、私は、久しぶりに嬉々として謁見の間を駆け回る。おかげで、いわゆるトリカブトの花持ちは、排除された。危なそうな二人だけ、ウィルもさばいてくれたおかげで、あとは、王宮のものに任せても大丈夫だろう。王太子付きの選りすぐられた者たちが、その者たちを監視していた。
「見事なものだな?いつもああなのか?」
「……いつもはジョージア様にスカートの裾を踏まれていますよ!今日は、そんな方がいませんから……」
「なるほど……私からは、もう一人のアンバー公には、何も言わないでおこう」
「それがよろしいかと。それにしても、派手に踊りましたね?」
本当だよ!とセバスとナタリーが呆れたところ、謁見の間のど真ん中でウィルにエスコートされながら、王太子の前まで歩いてくるその侍女は、とても楽しそうにはずむ声でウィルと剣の腕前を言い合っていたのである。
王まであと数歩というところで、立ち止まる。私からも見えるが、王は完全に自我を失っているようで、先程まで話をしていたのは、声マネをされていたかもしれない。侍従のニックが、王のふりをする。
「……王の近くまでこれれば、問題ない」
さっきまでの甘い雰囲気は一瞬で消え失せる王太子。スッとニックの方を見れば、王の顔と言ってもいいほど、厳しい顔つきに変わっていた。
「ニックとか言ったか?」
「……はい、王太子様」
背中に腕を回すニックを目ざとくヒーナが寄り添う。もちろん、文字通りではなく、何かを感じ取ったニックが、王太子に何かする可能性を潰すために後ろで手を自由にさせないようにしたのだ。
ニックは、ベールをかぶっているヒーナを認識出来ていなかったらしく、ただの侍女かメイドが寄ってきたくらいにしか思っていなかったようだ。
「戦争屋も、王宮暮らしが長いと、勘が鈍るんじゃなくて?」
「姫さん、それは言っちゃ可哀想だろ?これでも、一流の暗殺者集団の一員なんだから」
「でも、同業者だって気付かないのは、ちょっと、たるんでいる証拠でしょ?ヒーナ」
えぇ、そうですねと残念そうな声でため息をつくヒーナ。その声を聞いたとき、ニックの顔が豹変する。そこらの侍女ならいつでも抜け出せると思っていたのに、ヒーナでは、一筋縄ではいかないはずだ。
「……ヒーナ。生きていたのか?」
「生きていたわよ?あなたがいうところの、生き恥をさらしているのだけど……あなたも然程変わらないわね?ニック」
「俺は、この国を手に入れるために……」
「王を麻薬漬けにした?でも、詰めが甘いわ!どうせするなら、王太子もでしょ?」
クスっと笑うヒーナは、裏の顔をしている。生き生きとした顔をみれば、私たちと暢気に生活しているより、こういうひりつくような場に身を置いていたいと全身で言っているようだった。
「ヒーナは、さすがと言うべきだな。王太子までか……もう少しことが進んだら、廃太子にして、そいつの弟を傀儡を作るつもりだったのに」
「やることが遅いわ。私のご主人様の力量も見余っていたようね」
「ご主人様?新しいご主人様は優しいのかよ?」
クツクツ笑うニックの耳元で私たちにも聞こえるように言葉を選ぶ。ヒーナがとんでもなくいい笑顔であることに、私は苦笑いをしてしまった。私だけではなく、私の周りのものたちもだが……。
「私のご主人様は、優しいわ。とっても。休む間もなくあっちにこっちにと本人が出回っているから、私たちも休む暇もないし、あなたみたいに平和ボケしていないわよ?」
「平和ボケ?俺が?ヒーナ……お前の方こそ、平和ボケをしているんじゃないか?仲間がここにはいるんだぞ?爆弾のひとつでもあることくらい、頭の片隅に置いておくべきだな!」
やれっ!とニックが大声を出したとき、何かが起こると期待をしているのがわかる。ただ、この部屋では、何も起こらない。
手下らしき者たちが動き始めたので、私はナタリーの側から離れ、駆け始めた。
「ま、まて!アンバー公!」
王太子の静止も聞かず、私はドレスの中から愛剣を取り出した。スカートを捲り上げる私に悲鳴めいた声が響くが、気にしない。一目散に向かえば、相手も剣を私に向けてくる。
「動くな!」
手近にいた貴族をたてに取られたが、私は、にぃっと笑って体をグッと低くし、二人の足元へと潜り込む。そのまま、剣を横に繋ぎ、腰の当たりを打ち付ける。ぐふ……と鈍い音とともに、前に倒れこみ、捕まっていた貴族も解放される。そのまま、這うように貴族は多くの人が逃げた場所へ向かった。
「……ウィルまで飛んでっちゃったけど?」
「それなら、私が……守ってあげるわよ」
「ナタリーは勇ましいなぁ……」
「それより、アンナリーゼ様があんなに生き生きと動き回っているのを見るのは、久しぶりね?」
「確かに。あんまり、こういうときって、前に出ると叱られるから……まぁ、これは、ジョージア様からしっかり叱られる案件だと思うけどさ」
「言っちゃうの?可哀想じゃない?」
ナタリーとセバスが何やら話をしているようだが、私は、久しぶりに嬉々として謁見の間を駆け回る。おかげで、いわゆるトリカブトの花持ちは、排除された。危なそうな二人だけ、ウィルもさばいてくれたおかげで、あとは、王宮のものに任せても大丈夫だろう。王太子付きの選りすぐられた者たちが、その者たちを監視していた。
「見事なものだな?いつもああなのか?」
「……いつもはジョージア様にスカートの裾を踏まれていますよ!今日は、そんな方がいませんから……」
「なるほど……私からは、もう一人のアンバー公には、何も言わないでおこう」
「それがよろしいかと。それにしても、派手に踊りましたね?」
本当だよ!とセバスとナタリーが呆れたところ、謁見の間のど真ん中でウィルにエスコートされながら、王太子の前まで歩いてくるその侍女は、とても楽しそうにはずむ声でウィルと剣の腕前を言い合っていたのである。
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