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勝てない戦をなぜしようとするのか?

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「……何度も言いましたが、みなさんは、どうしてインゼロ帝国と戦争をして勝てると想っているのですか?」


 静かに響くセバスの声。怒っているようで、声が今までよりずっと通るが、誰もに反論を言わせない声音ではあった。


「どうしてと言われましても、内政を強化している今のインゼロなら勝てる見込みがあります。それは、もちろん、ローズディア……ひいては、ウィル・サーラー殿が前面に活躍をしてですねぇ?」
「何故、ウィルが戦争に行かないといけないのです?ローズディアは、戦争をする意志はありません」
「そこは、足並みを揃えてもらわないと困ります」
「何故、困るのですか?戦争がしたいなら、我が国に迷惑をかけることなく、なさればよろしいではないですか?」


 エルドアの文官が戦争をローズディアもと口を開けば、セバスは、何故?どうして?と切り返していく。いうことが無くなれば、エルドアの文官は同じように繰り返すだけで、目新しい答えはない。セバスも聞き飽きたようで、ひとつわざとらしくため息をついた。少し俯いたあと、視線を向けたのは、今まで黙っていた王太子へと質問を向ける。


「王太子殿下は、どう思われますか?」
「ふむ。我が国の文官たちは、誰に言われたのか、エルドアと戦争をしたくてしたくてたまらないらしい」
「王太子殿下もですか?」
「私が?」


 えぇとセバスが頷くと、クスクスと笑い始めた。とてもおもしろいことをいうとふうで、エルドアの文官たちは、少々慌てているようだった。


「そうだな。私は、戦争なんてバカげたことをしたいとは思ってはおらぬ」
「殿下!なんていうことを!陛下の意向ですぞ?」
「殿下がそんな弱腰では困ります!」


 やいのやいのと言い始める文官たちを一瞥してそちらもため息をついた。そのため息ひとつで、文官たちは震えあがっている。

 何を怖がる必要があるのか。自分たちが開戦を望んでいるのにも関わらず。

 冷ややかな視線を送っていると、王太子もどうやら面倒になってきたようだ。騒ぐ文官たちを一睨みして、問うことにした。


「開戦を望んでいるようだな。そうだな……まず、そなたらの家族や一族を最前線に並べよう」
「何を申しますか!」
「何を?おかしなことをいう。戦争をするのであれば、私が指揮を執ることになる。誰をどこに配置するかは私が決められるはずだ」
「殿下、そのようなお戯れを。まずは、傭兵などの……」
「傭兵を雇う金がないから、そなたら一族が女子供関係なく最前線で戦ってくれるのであろう?まさか、民草を最前線に送り出すことはないよな?」
「……それは、あまりにも殺生ではありませんか?」
「でも、そなたらが言っていることは、そういうことだろう?私は、戦争をするつもりはない。薬で狂った陛下の言葉は、今は聞くべき言葉でないとも思っている」
「では、国は食糧難で疲弊しているのです。どうするおつもりなのですか?戦争による賠償でなんとか、国を立て直す……」
「戦争の賠償なんて、取れると思うのか?」


 発言した文官に無感情な視線を王太子は向ける。私でもゾッとするような内に秘めた怒りが背筋を寒くさせた。


「……それは」
「無理でしょうね?インゼロ帝国からそんなものが取れるわけがない。むしろ、土地を奪われ、民を奪われ、さらに苦しくなるのが目に見えている」
「若造が知ったような口を聞くな!」
「お言葉を返すようですが、私にはあなたたちのしたいことの方が理解に苦しむ。独自にエルドアのことを調べさせていただきました。天候不順からくる凶作が続き、どこかの領地では飢饉となっている。災害も今年は多く、食糧難で苦しんでいるのが現状ではありませんか?」
「くっ、貴様に何がわかる!」
「あなたにも私の何がわかりますか?今述べたのは、エルドアの民草が命を繋ぐために懸命に明日の食べ物を捻出しなけてばいけないというお話ではないのですか?」
「……」
「その通りだ、セバスチャン・トライド」
「では、この国がするべきことは、ひとつしかないではありませんか?」
「……なんだ、しなければいけないこととは?戦争以外何も」
「考えが囚われすぎています。もっと、視野を広くしてください」
「なんだと?」


 先程までの怒っていた雰囲気は一気に無くなり、優しい雰囲気を纏うセバス。何か考えているのはわかるが、今までの経験が役立つといいなと後ろからそっと背中を押す。頷くセバスには、伝わったのだろう。


「私の主……正確には、友人ではあるのですが、ある荒廃した領地をたった数年で人並みの生活になるまで、押し上げました」
「そんなバカげた話があるものか!ローズディアは、肥沃な領地も多く、困ることもないだろう!」
「確かに、多いですね。でも、こんな話を知りませんか?文官なら、必ず耳にしたことがある話だと思います。『領主に見捨てられた領地』という言葉を」
「……それならあるわ!」


 今まで黙っていたダリアが話始める。


「私は、一度、その領地を目にしたことがあるわ。通過するためだけにだけど、とても人が住んでいられるような領地ではなかったはず……あれは、たしか……」
「ウェスティン伯爵はご存じでしたか?かつてのアンバー公爵領のことを」
「アンバー公爵領!確かに効いたことがある」
「今もそうなのではないか?」


 机の上に、クッキーやお茶を並べていくヒーナを見ながら、用意されたものに手を伸ばしている文官たち。そのクッキーを口に入れた瞬間に表情が変わったのを見て、腹を抱えて笑いそうになるのを我慢した。
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