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お見苦しいところを
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ウィルが縄をかけているところを元近衛団長が見ていた。彼も思うところあるだろうが、今は、黙っているほうがいいと思ったのだろう。
パルマから連絡は来ていたので、誰が味方で誰が敵なのかは、わかってはいる。今、何かをしようとするのは、ローズディア側でなく、明らかにエルドアの方であろうと、王太子に視線を送る。肩をすくめているが、そのまま視線を流した。その先には、円卓で異常に汗をかいている人物がいる。父くらいの年だとは思うが、この数分のあいだにずいぶん更けてしまったようで、剥げてしまうのではないかというほどのストレスを抱えているに違いない。
「……男爵」
静かに王太子がその人物を呼ぶと、ひぃっと返事の代わりに悲鳴をあげた。隠し事は出来なさそうな貴族という印象をこの場のみなに伝わっただろう。
他にもタヌキはいるだろうが、顔色ひとつ変えないあたり、肝が据わっているなと交渉人を見ていた。
「……な、何でございましょうか?王太子殿下」
震える声がなんとも痛々しく、ウィルが噴出さないかヒヤヒヤした。
「いや、顔色が悪いようだ。今日は、もう下がった方がいいだろう。武官に送るように指示を出したから、一緒に戻るといいだろう」
「……もったいなき、申し出。しかしながら、私もこの円卓での話合いに参加を」
「わからないのか?この円卓には必要がないから、出ていけと私が言っているのだ。邪魔をするつもりか?」
一層低い声で男爵に凄みをかける王太子。抗えるわけもなく、席を立った。それと同時に、隣に座っていた者が、男爵の席に座り直した。それを見て、他の文官たちも隣にズレ、王太子が座れるよう、席を空ける。
誰も、王太子がこの円卓への参加を考えていなかったことは、鉄仮面のように表情を張り付けていても、戸惑いがわかる。不測の事態は想定していただろうが、まさか、王太子殿下が円卓に乗り込んでくるとは誰も予想をしていなかったようだ。
「ここが、ローズディアと違うところだよな」
その移動を見ながら、ウィルが呟いた。その意味をわかるのは、私の回りにいる者たちだけだろう。私という突発的に動くものが、エルドアには……いや、他の国にもいないだろう。唯一、ローズディアだけが、公より権力を振りかざすものが動くのだ。
「どういうことだ?そこの……武官。名はなんと申す?」
制服を着てきたので大隊長であることはわかるが、エルドアでは『誰だ』ということは、わからないらしい。噂は、人物像まで正確に伝えていないようだ。
頬をポリポリと掻いたあと「俺って、有名なんじゃないの?」とこちらに抗議をして、跪いた。
「王太子殿下、発言を許していただけますでしょうか?」
「もちろんだ。それで?」
「……私、ローズディア公国近衛団大隊長、ウィル・サーラーと申します。以後、お見知りおきいただければ、幸いです」
ペコリと頭を下げたあと、王太子を見つめるアイスブルーの目は、笑ってはいない。情報くらいちゃんと把握しとけよ?とか、思っているのだろう。
「ウィル・サーラーだって?かのものは、南の領地にいるんじゃ……」
エルドア側が、騒がしくなってきた。ウィルの帰還は、国内では知られていることだろうが、どうやら、ダリア・ウェスティンから味方への情報伝播はまだだったらしい。
わざと遅らせてくれたのか、それとも本当に私のものになったのか、ハッキリはしないが、ニッっと笑うウィルに、エルドアの文官たちはおもしろいように動揺している。
「そなたが、ウィル・サーラーか。噂は聞いている。常勝将軍ノクトを退けたと……」
「……ローズディアでも、その噂が広まっていますが、もう、否定することを諦めましたが、今回、こういう席ですので、改めてその噂の真相を話しておきます。その方が、今後の関係上、いいでしょうから」
「……どういうことだ?」
「その噂には、少々違う点があります。まず、私は、ここにいるセバスチャン・トライドの付き添いで、あの日、インゼロ帝国の野営地へ向かっただけ。ノクト将軍とその配下である軍師イチアを退けたのは、私ではありません」
ウィルはセバスの隣に並び立ち、背中をバンッ!と叩いた。少々強かったようで、セバスは前のめりになり、咽汲んでいる。
「大丈夫か?」
「……つよ、すぎるよ!」
涙目になりながら、ウィルに抗議するセバスに、わりぃと謝っている。爵位からして、そんな光景は見られるものではないが、友人ならではやり取りだろう。その様子も呆気にとられて見ていた。
「セバスチャン・トライドがあの有名な噂の真相だと?」
私に王太子が視線を向けてくるので頷いた。実際、私が見たわけではないけども、ウィルからもセバスからも報告を受けているし、退けられたノクトとイチアが言うのだから、間違いないだろう。
「本人たちから話は聞いているので、間違いはありませんよ。実際、血を一滴も流さず終われた小競り合いでしたから、有名な話になりましたし、授与した爵位が、ウィルの方が高かったから、小競り合いを治めたのは、ウィルということになったのでしょうね?ローズディアの勲章は、文官より武官の方が、高く評価されます。伯爵くらいの地位にいてもいいはずですが……幾分、私の領地に必要な人材ではありますから……あまり、爵位が高くなると、国へお返し……しなくては、なりませんから」
憂い顔で、困りますというと、開いた口が塞がらないようで、エルドアのみなが、こちらを見て、もう、どう反応したらいいのか考えることを放棄してしまったらしい。
パルマから連絡は来ていたので、誰が味方で誰が敵なのかは、わかってはいる。今、何かをしようとするのは、ローズディア側でなく、明らかにエルドアの方であろうと、王太子に視線を送る。肩をすくめているが、そのまま視線を流した。その先には、円卓で異常に汗をかいている人物がいる。父くらいの年だとは思うが、この数分のあいだにずいぶん更けてしまったようで、剥げてしまうのではないかというほどのストレスを抱えているに違いない。
「……男爵」
静かに王太子がその人物を呼ぶと、ひぃっと返事の代わりに悲鳴をあげた。隠し事は出来なさそうな貴族という印象をこの場のみなに伝わっただろう。
他にもタヌキはいるだろうが、顔色ひとつ変えないあたり、肝が据わっているなと交渉人を見ていた。
「……な、何でございましょうか?王太子殿下」
震える声がなんとも痛々しく、ウィルが噴出さないかヒヤヒヤした。
「いや、顔色が悪いようだ。今日は、もう下がった方がいいだろう。武官に送るように指示を出したから、一緒に戻るといいだろう」
「……もったいなき、申し出。しかしながら、私もこの円卓での話合いに参加を」
「わからないのか?この円卓には必要がないから、出ていけと私が言っているのだ。邪魔をするつもりか?」
一層低い声で男爵に凄みをかける王太子。抗えるわけもなく、席を立った。それと同時に、隣に座っていた者が、男爵の席に座り直した。それを見て、他の文官たちも隣にズレ、王太子が座れるよう、席を空ける。
誰も、王太子がこの円卓への参加を考えていなかったことは、鉄仮面のように表情を張り付けていても、戸惑いがわかる。不測の事態は想定していただろうが、まさか、王太子殿下が円卓に乗り込んでくるとは誰も予想をしていなかったようだ。
「ここが、ローズディアと違うところだよな」
その移動を見ながら、ウィルが呟いた。その意味をわかるのは、私の回りにいる者たちだけだろう。私という突発的に動くものが、エルドアには……いや、他の国にもいないだろう。唯一、ローズディアだけが、公より権力を振りかざすものが動くのだ。
「どういうことだ?そこの……武官。名はなんと申す?」
制服を着てきたので大隊長であることはわかるが、エルドアでは『誰だ』ということは、わからないらしい。噂は、人物像まで正確に伝えていないようだ。
頬をポリポリと掻いたあと「俺って、有名なんじゃないの?」とこちらに抗議をして、跪いた。
「王太子殿下、発言を許していただけますでしょうか?」
「もちろんだ。それで?」
「……私、ローズディア公国近衛団大隊長、ウィル・サーラーと申します。以後、お見知りおきいただければ、幸いです」
ペコリと頭を下げたあと、王太子を見つめるアイスブルーの目は、笑ってはいない。情報くらいちゃんと把握しとけよ?とか、思っているのだろう。
「ウィル・サーラーだって?かのものは、南の領地にいるんじゃ……」
エルドア側が、騒がしくなってきた。ウィルの帰還は、国内では知られていることだろうが、どうやら、ダリア・ウェスティンから味方への情報伝播はまだだったらしい。
わざと遅らせてくれたのか、それとも本当に私のものになったのか、ハッキリはしないが、ニッっと笑うウィルに、エルドアの文官たちはおもしろいように動揺している。
「そなたが、ウィル・サーラーか。噂は聞いている。常勝将軍ノクトを退けたと……」
「……ローズディアでも、その噂が広まっていますが、もう、否定することを諦めましたが、今回、こういう席ですので、改めてその噂の真相を話しておきます。その方が、今後の関係上、いいでしょうから」
「……どういうことだ?」
「その噂には、少々違う点があります。まず、私は、ここにいるセバスチャン・トライドの付き添いで、あの日、インゼロ帝国の野営地へ向かっただけ。ノクト将軍とその配下である軍師イチアを退けたのは、私ではありません」
ウィルはセバスの隣に並び立ち、背中をバンッ!と叩いた。少々強かったようで、セバスは前のめりになり、咽汲んでいる。
「大丈夫か?」
「……つよ、すぎるよ!」
涙目になりながら、ウィルに抗議するセバスに、わりぃと謝っている。爵位からして、そんな光景は見られるものではないが、友人ならではやり取りだろう。その様子も呆気にとられて見ていた。
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