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見渡す限りは大丈夫そう
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侯爵の執務室へ向かうと、一人のメイドが佇んでいた。私を待っていてくれたようで、深々とお辞儀をした。
「……ようこそ、おいでくださいました」
「こちらこそ、たくさんの人を受け入れてくれてありがとう」
「いえ、それには及びません」
深々と頭を下げる年かさのメイドは、顔をあげようとしなかった。私が近づき、肩に手をやると驚いたように震わせている。
きっと、処分か何かを考えているのだろう。
「申し訳ございません。大事なお客様をあのようなことに……」
「セバスたちのことね?」
「……私どもの落ち度でございます。どうか、他の侍従たちには罰を与えないでくださいませ。どうか……どうか……」
「どうして私が罰を与えるの?そんなことしないわ。ここでのことは、セバスにも侯爵に知らせるなと言われているのでしょ?」
「……はい、お二人があのような状態になったとき、口止めをされました」
「いっそ、死んだという噂話でも出回った方がよかったかもしれないわね?」
「とんでもございません!侯爵様の屋敷で、死人だなんて……」
今にも泣き崩れそうなメイドをナタリーが支え、私が客用ソファに座らせるように指示をした。こちらにと誘導しているが、やはり、心労が体にもきているようで、足元が危ない。
「そうね、不謹慎だったわ。ごめんなさい。でも、侯爵に話さないでくれたこと、感謝するわ。あなたの心は、苦しんだでしょう。このことは、忘れなさい。事を大きくすることはありませんし、私も秘密裏に処理をしたいから」
「……でも、貴族の方々の命を償うことは……」
「心配いらないわ。二人とも生きているし、今晩には回復する。優しい味のパン粥でも作ってくれると嬉しいわ」
「……でも、……」
「大丈夫。処置は終わっています」
やっと顔をあげたメイドは驚き顔で、涙を流していた。怖かったに違いない。日に日に死を覚悟しないといけないキースを見てくれていたのだから。
「お医者様にも、難しいと言われた毒ですよ?」
「治す方法はいくらでもあるのよ。私には。だから、あなたたちは、何事もなかったように、いつもどおりの仕事に戻ってちょうだい。しばらく……そうね、1週間から2週間ほど、こちらに滞在させてもらうことになるから、よろしく頼むわ。食糧についても、こちらで用意しているから、気にせず使ってちょうだい」
ニッコリ笑うと、怖いかしら?委縮しているのだもの。
微笑むくらいにすると、零れていた涙をハンカチでサッと拭き、できるメイドの様子になる。本来なら、この屋敷を切り盛りしている凄腕のメイドなのだろう。目に力が籠るだけで、雰囲気はグッと変わった。
「私は、この屋敷のものを疑ってはいません。通常通りの仕事をしてちょうだい。犯人は、出ていった中にいるはずだから」
「……本当ですか?私たちには、わかりかねますが」
「それはそうでしょ?ローズディアの文官や武官を見分けることなど無理でしょ?国が違うのですもの。派閥もわからないでしょ?」
「はい。そうですね……」
「パルマという青年がいたと思うけど、知っていて?」
「はい、トライド男爵の補佐をされていた方ですね?優秀な方で、私たちもとてもたすけられました」
「そう。よかったわ。パルマをつけておいて」
「どんなお役目があったのです?」
ナタリーは私を見つめ、パルマの役目を聞いてくる。ヒーナに解毒剤を届けさせているということは、パルマの命も危ないことはわかっているようだが、あまり接点のないナタリーはピンと来ていないようだった。説明をすることにしたので、メイドは席を外してくれることになった。執務室に二人になったところで、用意されていたお茶をナタリーが淹れてくれる。
「調整役ね。宰相の補佐になっているから、知らない者は少ないわ。だから、誰がどこの派閥かは把握しているから、仕事の振り方もきちんと分けていたはずよ。セバスの邪魔にならないようにと」
「そうなのですね?大人数になれば、円滑に事が進むように調整する者が必要だからね。領地でいうところのセバスやイチアの位置がまさにそうなのだけど」
「アンナリーゼ様とのあいだに入って、いろいろと交渉したりしていますね?私は自由にさせてもらっているので、そういうこともないですけど……ニコライは二人に話をしている気がします」
「聞き役でもあるのよ。私のところは、まず、話合う場所があるけど、それも思ったより多くないから……アンバー公爵領の改革には、私という器だけでは、もちろん、何の役にも立たないわ。さしずめ二人が心臓と脳、血液の役目をしていてくれるの。今回、パルマがその役になっているの」
「なるほど……お役目重大ですね?そうすると、セバスを排除して、パルマを連れていく決断をしたのは、誰ですか?」
ニッコリ笑う。私はきっと、悪魔でもついているのではないかというほど、悪い顔をしているに違いない。ナタリーが目をぱちくりさせている。
「確証はないけど……きっと、あの人ね?あまり、私も知らなかったのだけど、ゴールド公爵よりになっているとは、誰も知らなかったようよ?」
クスっと笑ったところで、立ち上がる。まだ、見ていない場所が多いのだ。ナタリーを連れて執務室を出る。今度は私用に整えられた客間へと向かった。
「……ようこそ、おいでくださいました」
「こちらこそ、たくさんの人を受け入れてくれてありがとう」
「いえ、それには及びません」
深々と頭を下げる年かさのメイドは、顔をあげようとしなかった。私が近づき、肩に手をやると驚いたように震わせている。
きっと、処分か何かを考えているのだろう。
「申し訳ございません。大事なお客様をあのようなことに……」
「セバスたちのことね?」
「……私どもの落ち度でございます。どうか、他の侍従たちには罰を与えないでくださいませ。どうか……どうか……」
「どうして私が罰を与えるの?そんなことしないわ。ここでのことは、セバスにも侯爵に知らせるなと言われているのでしょ?」
「……はい、お二人があのような状態になったとき、口止めをされました」
「いっそ、死んだという噂話でも出回った方がよかったかもしれないわね?」
「とんでもございません!侯爵様の屋敷で、死人だなんて……」
今にも泣き崩れそうなメイドをナタリーが支え、私が客用ソファに座らせるように指示をした。こちらにと誘導しているが、やはり、心労が体にもきているようで、足元が危ない。
「そうね、不謹慎だったわ。ごめんなさい。でも、侯爵に話さないでくれたこと、感謝するわ。あなたの心は、苦しんだでしょう。このことは、忘れなさい。事を大きくすることはありませんし、私も秘密裏に処理をしたいから」
「……でも、貴族の方々の命を償うことは……」
「心配いらないわ。二人とも生きているし、今晩には回復する。優しい味のパン粥でも作ってくれると嬉しいわ」
「……でも、……」
「大丈夫。処置は終わっています」
やっと顔をあげたメイドは驚き顔で、涙を流していた。怖かったに違いない。日に日に死を覚悟しないといけないキースを見てくれていたのだから。
「お医者様にも、難しいと言われた毒ですよ?」
「治す方法はいくらでもあるのよ。私には。だから、あなたたちは、何事もなかったように、いつもどおりの仕事に戻ってちょうだい。しばらく……そうね、1週間から2週間ほど、こちらに滞在させてもらうことになるから、よろしく頼むわ。食糧についても、こちらで用意しているから、気にせず使ってちょうだい」
ニッコリ笑うと、怖いかしら?委縮しているのだもの。
微笑むくらいにすると、零れていた涙をハンカチでサッと拭き、できるメイドの様子になる。本来なら、この屋敷を切り盛りしている凄腕のメイドなのだろう。目に力が籠るだけで、雰囲気はグッと変わった。
「私は、この屋敷のものを疑ってはいません。通常通りの仕事をしてちょうだい。犯人は、出ていった中にいるはずだから」
「……本当ですか?私たちには、わかりかねますが」
「それはそうでしょ?ローズディアの文官や武官を見分けることなど無理でしょ?国が違うのですもの。派閥もわからないでしょ?」
「はい。そうですね……」
「パルマという青年がいたと思うけど、知っていて?」
「はい、トライド男爵の補佐をされていた方ですね?優秀な方で、私たちもとてもたすけられました」
「そう。よかったわ。パルマをつけておいて」
「どんなお役目があったのです?」
ナタリーは私を見つめ、パルマの役目を聞いてくる。ヒーナに解毒剤を届けさせているということは、パルマの命も危ないことはわかっているようだが、あまり接点のないナタリーはピンと来ていないようだった。説明をすることにしたので、メイドは席を外してくれることになった。執務室に二人になったところで、用意されていたお茶をナタリーが淹れてくれる。
「調整役ね。宰相の補佐になっているから、知らない者は少ないわ。だから、誰がどこの派閥かは把握しているから、仕事の振り方もきちんと分けていたはずよ。セバスの邪魔にならないようにと」
「そうなのですね?大人数になれば、円滑に事が進むように調整する者が必要だからね。領地でいうところのセバスやイチアの位置がまさにそうなのだけど」
「アンナリーゼ様とのあいだに入って、いろいろと交渉したりしていますね?私は自由にさせてもらっているので、そういうこともないですけど……ニコライは二人に話をしている気がします」
「聞き役でもあるのよ。私のところは、まず、話合う場所があるけど、それも思ったより多くないから……アンバー公爵領の改革には、私という器だけでは、もちろん、何の役にも立たないわ。さしずめ二人が心臓と脳、血液の役目をしていてくれるの。今回、パルマがその役になっているの」
「なるほど……お役目重大ですね?そうすると、セバスを排除して、パルマを連れていく決断をしたのは、誰ですか?」
ニッコリ笑う。私はきっと、悪魔でもついているのではないかというほど、悪い顔をしているに違いない。ナタリーが目をぱちくりさせている。
「確証はないけど……きっと、あの人ね?あまり、私も知らなかったのだけど、ゴールド公爵よりになっているとは、誰も知らなかったようよ?」
クスっと笑ったところで、立ち上がる。まだ、見ていない場所が多いのだ。ナタリーを連れて執務室を出る。今度は私用に整えられた客間へと向かった。
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