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円卓外の内緒話Ⅳ
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「腹の探り合いをしたいわけではないのですけど……そちらの条件を飲んだとして、私になんの利益がありますか?私、これでも公爵ですから、領民の国の益になるようでないなら、動けません。殿下が、この国の地位を盤石としたさい、私に何をくれますか?殿下が負けたとき、私たちには被害は及びませんか?」
「な、何を言っている!」
聞き捨てならないと、護衛が剣の柄を握って私を牽制しようとした。こちらは、ウィルも丸腰だ。王太子と安全とは言えない外で会うのに、こちらが最も警戒されることはわかっていたので、ウィルにも剣を持たせてはいない。剣がなかったとしても、強いんだから、別にいいだろうと煽った結果でもあった。
「やめないか!一国の公爵に対して、その態度はいけない」
「しかし、王太子殿下に向かって、」
「私が言ったことが気に入らないなら、謝るわ。ただ、考えてもみてちょうだい?もし、殿下がこの国で今の王派に負けるようなことがあって、私が後ろ盾となっていることが公になった場合、あなた一人の剣で、我が領民の全てを守れて?」
「……それは」
「殿下もわかった上で言っているのよ。それくらい、護衛なら汲むべきじゃないかしら?護衛として、殿下の側を守るのは立派。でもね?」
護衛をジッと見つめる。まだ、年若い青年であるがゆえに、ものごとを大きな視点で捉えられていないのだろう。私たちとそう変わらない年齢なはずなのに、少し残念だ。
「な、なんですか?」
ゴクッという唾を飲み込む音が、こちらまで聞こえてきた。私に見られて、緊張していることがわかる。見かねた王太子が割って入ろうとしたので、静止する。
「年はいくつ?」
「25です」
「そう。なら、私や後ろで護衛をしているウィルとも変わらないわね。王太子付きの護衛なのだから、腕もたつのでしょう」
「……それは」
言葉通りなら褒めているところもあるが、私が少々冷たい声で話しかけるからか、表情が固い。
「私は、トワイス国の侯爵令嬢でしかありません。今は、特別に公から爵位を得てはいますが、公暗殺を阻んだからという理由から、褒美として与えてもらったただの女です。でも、そのただの私も、後ろには何万人もの領民の命がかかっています。私だけの命なら、いくらでもかけて差し上げましょう。今までも、そうして来たのだから」
「命を?」
「えぇ、クロック侯爵はご存じですよね?」
「……はい、もちろんです。エレーナの出自も、そして、行ったことも。だから、私の側にいることも」
「私、兄のために、少々無茶をしたことがあります。まだ、個人として、私が何かを成したとしても、両親に迷惑はかかったでしょうが、それくらいで済みました。今は、そうじゃないのです。殿下の護衛であれば、剣が強ければいいというわけではありません。剣以外も、磨くべきところはたくさんありますよ?」
諭すように言葉をかけると、ハッとしたようだった。国も立場も違えば、守るものも違う。
理解してもらおうと思っているわけでもないが、少なくとも、私が守らないといけないものと王太子が守るべきものが違うことだけは知ってほしかった。それに、これからは、剣の腕だけで、王太子を守ることはできないと、知るべきだ。
「アンバー公、ありがとう」
「いえ、たいしたことではありませんよ。私の回りでは当たり前のようなことでも、少し自身から離れれば、違うこと……知っていますから」
「それは?」
「公とのやり取りでです。公の側に仕える護衛は、私のお薦めした100年に一人の逸材なんですけど、ウィルの元副官でした。私やウィルの側にいることで、自然とそういった剣だけではダメだと気付くことが出来たようですが、他の近衛はそうもいきません。給金がいいですから、そのために働いている人もいますから。ただ、いざというとき、そういう人が真っ先に心が折れてしまいますけどね?」
「いざというとき……戦争か」
えぇと肯定すると、王太子も思い当たるところがあったのだろう。インゼロ帝国との国境を持つ国として、当然ありえることだ。
「なかなか、そこまで考えている人物が、この国にどれほどいるのか。戦争をすれば、国土が広がり、食物も多くとれると皮算用をしているタヌキが多すぎる」
本音が漏れたのか、わざと漏らしたのか……私には計りかねているが、儲け話には目がない私はつい利益にくいついてしまいそうになる。
「……不作ですか?」
「あぁ、凶作とまではいかないにしても、国内で消費する食糧が、特に麦の収穫量が減ってきているんだ。特に何か悪いことがあるわけでもないんだが……これと言った打開策も見つけられずにいる」
「……なるほど。それは、大変ですね?」
私が困った顔をしているのは、同情からではないというのをウィルは見抜いているだろう。ただ、王太子は、つられて困ったような表情をしている。
「食糧が確保できれば、よろしいのですか?」
「まぁ、そうなるかな?国でも考えてはいるが、打開策がインゼロ帝国の国土を奪うことしか考えていないということだ」
「「インゼロ帝国の国土は、やせ細っていますよ?」」
重なった声に私も後ろを振り返る。ヒーナが、私と同時に発言したのだ。私たちを見て、王太子も訝しむようだ。
「ヒーナが説明する?」
「いえ、アンナリーゼ様がされた方が……私など」
「そう?ヒーナほど、インゼロ帝国のことを知っている人物はここにはいないと思うけど」
遠慮するというヒーナにしかたないといい、私が国境のことを話始める。事細かなところまでは把握しきれていないが、戦争をすることが必ずしもいいとは言えない理由となりそうな予感があった。
「な、何を言っている!」
聞き捨てならないと、護衛が剣の柄を握って私を牽制しようとした。こちらは、ウィルも丸腰だ。王太子と安全とは言えない外で会うのに、こちらが最も警戒されることはわかっていたので、ウィルにも剣を持たせてはいない。剣がなかったとしても、強いんだから、別にいいだろうと煽った結果でもあった。
「やめないか!一国の公爵に対して、その態度はいけない」
「しかし、王太子殿下に向かって、」
「私が言ったことが気に入らないなら、謝るわ。ただ、考えてもみてちょうだい?もし、殿下がこの国で今の王派に負けるようなことがあって、私が後ろ盾となっていることが公になった場合、あなた一人の剣で、我が領民の全てを守れて?」
「……それは」
「殿下もわかった上で言っているのよ。それくらい、護衛なら汲むべきじゃないかしら?護衛として、殿下の側を守るのは立派。でもね?」
護衛をジッと見つめる。まだ、年若い青年であるがゆえに、ものごとを大きな視点で捉えられていないのだろう。私たちとそう変わらない年齢なはずなのに、少し残念だ。
「な、なんですか?」
ゴクッという唾を飲み込む音が、こちらまで聞こえてきた。私に見られて、緊張していることがわかる。見かねた王太子が割って入ろうとしたので、静止する。
「年はいくつ?」
「25です」
「そう。なら、私や後ろで護衛をしているウィルとも変わらないわね。王太子付きの護衛なのだから、腕もたつのでしょう」
「……それは」
言葉通りなら褒めているところもあるが、私が少々冷たい声で話しかけるからか、表情が固い。
「私は、トワイス国の侯爵令嬢でしかありません。今は、特別に公から爵位を得てはいますが、公暗殺を阻んだからという理由から、褒美として与えてもらったただの女です。でも、そのただの私も、後ろには何万人もの領民の命がかかっています。私だけの命なら、いくらでもかけて差し上げましょう。今までも、そうして来たのだから」
「命を?」
「えぇ、クロック侯爵はご存じですよね?」
「……はい、もちろんです。エレーナの出自も、そして、行ったことも。だから、私の側にいることも」
「私、兄のために、少々無茶をしたことがあります。まだ、個人として、私が何かを成したとしても、両親に迷惑はかかったでしょうが、それくらいで済みました。今は、そうじゃないのです。殿下の護衛であれば、剣が強ければいいというわけではありません。剣以外も、磨くべきところはたくさんありますよ?」
諭すように言葉をかけると、ハッとしたようだった。国も立場も違えば、守るものも違う。
理解してもらおうと思っているわけでもないが、少なくとも、私が守らないといけないものと王太子が守るべきものが違うことだけは知ってほしかった。それに、これからは、剣の腕だけで、王太子を守ることはできないと、知るべきだ。
「アンバー公、ありがとう」
「いえ、たいしたことではありませんよ。私の回りでは当たり前のようなことでも、少し自身から離れれば、違うこと……知っていますから」
「それは?」
「公とのやり取りでです。公の側に仕える護衛は、私のお薦めした100年に一人の逸材なんですけど、ウィルの元副官でした。私やウィルの側にいることで、自然とそういった剣だけではダメだと気付くことが出来たようですが、他の近衛はそうもいきません。給金がいいですから、そのために働いている人もいますから。ただ、いざというとき、そういう人が真っ先に心が折れてしまいますけどね?」
「いざというとき……戦争か」
えぇと肯定すると、王太子も思い当たるところがあったのだろう。インゼロ帝国との国境を持つ国として、当然ありえることだ。
「なかなか、そこまで考えている人物が、この国にどれほどいるのか。戦争をすれば、国土が広がり、食物も多くとれると皮算用をしているタヌキが多すぎる」
本音が漏れたのか、わざと漏らしたのか……私には計りかねているが、儲け話には目がない私はつい利益にくいついてしまいそうになる。
「……不作ですか?」
「あぁ、凶作とまではいかないにしても、国内で消費する食糧が、特に麦の収穫量が減ってきているんだ。特に何か悪いことがあるわけでもないんだが……これと言った打開策も見つけられずにいる」
「……なるほど。それは、大変ですね?」
私が困った顔をしているのは、同情からではないというのをウィルは見抜いているだろう。ただ、王太子は、つられて困ったような表情をしている。
「食糧が確保できれば、よろしいのですか?」
「まぁ、そうなるかな?国でも考えてはいるが、打開策がインゼロ帝国の国土を奪うことしか考えていないということだ」
「「インゼロ帝国の国土は、やせ細っていますよ?」」
重なった声に私も後ろを振り返る。ヒーナが、私と同時に発言したのだ。私たちを見て、王太子も訝しむようだ。
「ヒーナが説明する?」
「いえ、アンナリーゼ様がされた方が……私など」
「そう?ヒーナほど、インゼロ帝国のことを知っている人物はここにはいないと思うけど」
遠慮するというヒーナにしかたないといい、私が国境のことを話始める。事細かなところまでは把握しきれていないが、戦争をすることが必ずしもいいとは言えない理由となりそうな予感があった。
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