上 下
1,016 / 1,480

宝飾品を買いましょう

しおりを挟む
「ドレスは、何着か持ってきたのだけど……よくて、円卓だけだと思っていたから、宝飾品はあまり考えていなかったのよね。お金は……ほどほどにしか持ってきていないから、それなりのものにしましょう」
「アンナリーゼ様、店主が……白目を向いていますよ?」


 大丈夫?と声をかけても、意識がフワフワしているようだったので、扉を開けて、店員を呼ぶ。


「誰かきて!店主の具合が悪そうよ!」
「アンナ様!そのようなことは、私がしますから……」
「いいわ。たいしたことしてないし」


 慌ててやってくる店員を部屋に入れると、店主がソファに寝込んで慌てていた。


「申し訳ありません、店主がこのような……」
「うぅん、いいのよ。それより、早く店主をなんとかしてあげて。あと、気が付いてからでいいから、クロック侯爵家へ宝飾品を見せにきてと言っておいて。私たちはお暇しますから」


 それとともにナタリーとエレーナ立ち上がり、私に続く。どう見ても、侍女が貴族を従えて歩いているような構図ではるので、店員たちは微妙な顔を見合わせて戸惑いを前面に出していた。


「ここの店員は、まだまだね。そこは、あえて、表情に出しちゃダメだよね?」


 ふふっと笑いながら馬車に乗ろうとしたところで、店主が気が付いたのか、慌てて私たちを追いかけてきた。


「お待ちください!アンバー公」


 私をアンバー公と呼ぶ店主に驚く店員たちを置いて、私の前へ店主が追いついた。


「あら?気が付いた」
「……とんだ失態を。申し訳ありません。あの、もしよろしければ、もう一度、部屋へお戻りいただけるでしょうか?お手間を取らせて申し訳ありませんが……」


 少し震えた声であるが、今、私を帰すわけにはいかないという気概は感じ取れたので、頷く。


「最高の品を見せていただける?私に似合うね?」
「かしこまりました。では、先程のお部屋へご案内します」


 店主自ら、私たちの前を歩いて案内をする姿に慌てて宝飾品を持ちに行く店員たち。もてなす準備を大慌てでしている様子が、申し訳なく思えた。

 さてさて、どんなものが買えるかしら?手持ちのお金で足りる?

 先程の応接室へ迎えば、整えられた机の上。短時間でここまでできる店はなかなかない。基本的に貴族が店を訪れることはないので、する必要がないからだ。


「先程、陛下に会いに行かれるとおっしゃられていましたが……」
「うん、急に思いついたの」


 どうぞと席を進められ、私はソファの真ん中へ、エレーナは隣に、ナタリーは反対側へと座る。店主は、膝をつき、私たちと視線をあわせていた。


「私も驚いているのですけど……どういうことでしたか?」
「いろいろ考えてみたのだけど、私、エルドアの王にはお会いしたことがなかったなと思って。一度、お会いできないかしら?と……お願いしてみてほしいのだけど。お忍びでセバスを迎えに行くつもりだったけど、せっかくなら、って思って」
「せっかくならで、王には会えないんじゃないですか?」


 アンナリーゼ様は……とため息をつくナタリーに、そうかしら?と微笑んでおく。エルドアは公より年上の王太子がいるのだが、たしか……私を何妃か忘れたが、望んでいると聞いたことがある。
 それなら、お会いしたいですと言えば、会ってくれるのではないか……なんて、甘い考えを出しているわけではあるのだが、きっと、大丈夫だろう。


「……屋敷に帰ってから、旦那様にお伝えしますが、あまり、期待はなさらないでください」
「えぇ、突飛なことだったし、気にしないは。謁見が出来たときのことを考えて、宝飾品を買わせてもらおうと思うの。私、今回、表に出るつもりはなかったから、そういうものは、一切持ってきていないのよね」


 ノックがされ、入出許可とともに、数人の店員が化粧箱を持って入ってくる。大きさからみれば、単品ではなく、セットものが入っているだろうことはわかった。ここからは、商人としての見せどころかしら?と、ニコリと笑う。


「こちらにある最高品質のものを取り揃えています。王侯に会われるのであれば、統一感を出させていただいたほうがいいと思いまして……」
「セットね。及第点よ。見せてちょうだい」


 店員は、戸惑いながらも箱の蓋を開けていく。どれもこれも素晴らしいものばかりだ。
 見たことのない色の宝石に目が奪われる。


「これは、エメラルド、こちらはルビー、あとこれは……?見たことがない宝石だわ!」
「……これは、我が国で取れるアレキサンドライトと呼ばれる石でございます」
「アレキサンドライト?……聞いたこと、ないわね?」
「それは、そうだと思います。この石は、国外から出ることがない希少なものでございますから」
「なるほど……それを私にみせたということは……」


 コクンと頷く店主に、なかなかやるわねと心の中で唸った。
 目の前に置かれたエメラルドやルビーなら、相場がわかるから、交渉することができる。ただ、希少のものなら相場がわからない上に、この国でしかとれないものなら、値は、ほぼ言い値になるだろう。


「考えたわね?」
「……いえ、そんなことはございません。これをつけて、社交界へ向かわれるアンバー公を見てみたいと素直に思ったのでお出しいたしました。可能であれば、この宝石をローズディアの社交界でも……」
「えぇ、わかったわ。じゃあ、値段交渉いたしましょう!」


 私は、置かれたアレキサンドライトの宝飾品を手に取った。ルビーとは少し違う趣がある赤に私は、心惹かれたのである。
 もし、エルドアの王と謁見が出来なかったとしても、この宝飾品を手に入れた価値は高いと判断した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

処理中です...