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南の領地での報告会Ⅶ

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 腕の中にいるウィルがぽつりと呟いた。


「俺、今回、南の領地へ行けてよかったと思ってる」
「……どうして?」
「近衛なのに、未だ大きな戦争になったことがない」


 自身の右手を見つめていたので、私も見た。


「戦争なんて、起こらないに越したことはないよ?今も小競り合いは、インゼロとの間では何回もあって、そこで戦っている同期もいるんだ。俺もそこに参戦したこともある」
「えぇ、そうね。インゼロが内部を固めている今、大規模な侵略戦争を起こしてはいないわ」
「あぁ、それは、俺らにも共有されていることだ」
「ウィルはどうして、今回の……」
「それは、人が死ぬっていう当たり前のことを目の前で、見てきたからだ。実感がなかった。いつかは起こるかもしれない大規模な戦争だっとしても、小競り合いで、人が死ぬことは、まず、ない。軍を並べて睨み合いをし、何日かに一度、剣を交える。もちろん、ケガをする奴は当然いる。けど、目の前で、人がバタバタと亡くなっていくことは、今まで経験をしたことがなかった」


 見つめた先の右手が震えている。ウィルの心が、どうなっているのか、想像ができる。


「……怖かった、本当に。あんなにたくさんの人が亡くなっていくさまが、異様で……」


 沈黙は、南の領地でのことを思い出しているのだとう。言葉を探しているような、詰まるようないつもと違うウィル。


「今回は、流行り病だ。薬もあったと思っていた。さっきも言ったが、薬が合わなかったんだ。病気が進化していて。人が足りない、薬が間に合わない、昨日元気だった人が、今日はベッドで臥せっていると思えば、夜中には亡くなるんだ。怖い以外に何も思えなかった。ヨハン教授は、その中でも精力的に動いてくれていたよ。みんなが心折れて動けなくなっていたとしても」
「そう。ヨハンは、戦場も流行り病の悲惨な場所も知っているからね。普段は、ただの研究バカでも、医術が使えるのだからと、積極的にそういう場へ行くんだよ」
「……それ、全てが終わったときに聞いたよ。どうして、こんな状況でも、前を見て、明日を考えられるのかって聞いたんだ」
「そうしたら?」
「……自分の研究をしたいから、気になることはなるべく早く排除したいのと、現場でしかわからないこと、人間の体とは不思議なもので興味深いからだって。救えなかった命を嘆く時間も大切だけど、その人たちの分まで、次の人に活かしたいってさ」
「ヨハンらしい回答のような気がする」
「元々人体に興味があったから、医術を学んだって言ってたもんな」
「そうなのよ。きっかけなんて、案外、そんなものなんだって、思わされたけど……そのおかげで、助かった命は、たくさんある。ヨハンには感謝しているの」


 そうだよなぁ……と少しだけいつもの口調に戻る。震えていた手は、なおったようで、ギュっと握ってやると、まだ、指先が冷たかった。


「戦争が起これば、今回のように人がたくさん死ぬんだ。それも、未知なる病ではなく、人が人を傷つけて……俺もいつか、誰かを殺すことになるんだよなって……思うとさ。何とも言えない気持ちになった。食扶持を得るためだけになった近衛だったからさ、正直、重いなって思う」


 握っていた手を握り返してきた。私の体温を得たようで温かくなっている。


「後ろに控えてる、姫さんたちのことを思えば、敵を後ろにはぬかせられないし……敵だって思っている相手も同じような気持ちで戦っているんだったら……」
「……それでも、やらないとやられるってことだよ?」
「わかってるよ。俺が、最前線で、姫さんたちを守るって、姫さんにもらった薔薇に誓ったんだ。俺は、逃げない!」
「……逃げてもいいんだよ?」
「ふふっ、姫さん、さっきから、メチャクチャ。それこそ、しちゃだめだ。俺、隊長だし。敵からしたら、賞金首だしな。みんな、命はっているんだから」


 自身の首を撫でながら苦笑いをしている。えらくなってよと言った手前、胸が痛む。戦争になったとき、名をあげている隊長格になっている場合、狙われやすくなるのだ。わかってはいたが、わかってはいなかった。私の死んだあとで起こるかもしれないインゼロ帝国との戦争で、ウィルは、大勢のインゼロ帝国の兵士にこの首を狙われることになるのだと思うと、ゾッとした。


「それに、今、セバスが頑張っているんだろ?」
「……えぇ、エルドアとの交渉をしているところよ!」
「分が悪いって聞いてるけど?」
「好戦的な貴族がいるのよ。寝ている虎の尾をわざわざ踏みに行こうとしているおバカさんが。それを止めるよう、セバスは粘っているし、私たちもその支援をしないといけないのよ」
「戦争、起こしちゃダメだな。今回のことで、身をもって感じた。戦争と形は違っても、人がたくさん亡くなる場に出くわしたんだ。強く思うよ。それとは別に、別のことも考えてた。もしものことも。まだ、話してないんだけど、聞いてくれるか?」


 もちろんよといい、立ち上がる。もう、ウィルは大丈夫だろうと離れ席に戻る。向き合って座り直せば、アイスブルーの瞳を細めた。


「もう少し、抱きしめていてくれてもいいんじゃない?」


 拗ねたように呟き、完全にいつもの調子でプイっとそっぽを向くウィルは、次の瞬間には近衛としての表情になった。
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