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チェス盤を眺めてⅡ

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「さて、まずは、どちらがいいかしら?」
「自国ですので、アンナリーゼ様が、白をお持ちに」
「本当にいいの?」
「えぇ、もちろんですわ!」


 自信たっぷりのダリアに私も微笑みチェス盤を回した。私の前に、白のキングが来たので、手に取りキスをする。
 周りにだんだん人が集まってくる中、公とジョージアあの席も用意された。


「どっちが勝つと思う?」
「そりゃ、アンナリーゼ様でしょう!とても強いと聞いている」
「いや、ウェスティン伯爵も凄腕だったぞ?先日、対戦していたのは、この国1番と言われるチェスの名手だ!」
「その名手がたいしたことなかったんじゃないか?」
「何をいう!お前も負けたことがあるぞ?」


 ぐうの音もでないのか、意気揚々と話していた貴族がいきなり黙る。盤上を眺め、周りも緊張をしていくのがわかった。


「とくに、何かを賭けることは、いたしませんの?」
「ダリアは、そういう賭けチェスがお好きなのかしら?」
「そうですねぇ……何か、夢中になるためのご褒美が欲しいですね」
「そうね……あげられるものは、特にないのよね」
「それなら、私、アンバー公が欲しいですわ!」


 赤い瞳を輝かせてニコリと笑い、ジョージアの方を見る。えっ?と面食らったような表情をしているが、さすがに冗談で言えることではないだろう。


「な、何を言っている?俺は、アンナ以外」
「アンバー公は、少し静かにしていてくださいますか?」


 口元に人差し指を持ってきて、シーっとする仕草には、ドキッとさせられた。カレンくらいの年齢なのだろう。その色香は、私なんて足元にも及ばない。


「どうかしら?アンナリーゼ様」
「えぇ、いいですわよ?」
「アンナリーゼ!」


 私の返答に、ジョージアがさすがに立ち上がり、私を止めようとする。実際、ジョージアが、そんなくだらない賭けにのると思っていなかったのだろう。だから、傍観者でいたのだ。
 賭けに乗ってしまえば、ジョージアだって、傍観者ではいられないので、焦ったのだろう。


「ジョージア様は、黙っていてくださいませ。私を誰だと思っているのです?アンナリーゼ・トロン・アンバーに喧嘩を売って、ただで済むと思っていらっしゃるのかしら?」
「……あら、お可愛らしいと思っていたのに、意外とですわね!」
「そちらこそ、その厚い面の皮、剥いで差し上げますわ!」


 クスと笑えば、ダリアも笑う。お互い、高揚しているのがわかるのだ。その中でも、私には冷静な部分はもちろんある。熱さが増せば、すっと冷えていく場所があった。


「では、アンナリーゼ様の望みはなんですか?私に賭けられるものなら何なりと」
「……そう。なら、私が勝ったら、あなたがほしい。ダリア・ウェスティン伯爵」
「私ですか?」
「えぇ、ダリアが賭けられるものでしょ?あなた自身を賭けてちょうだい。私もこの世で1番大切な人を賭けたのですから、それくらい、たいしたものではないでしょ?」


 ニコッとすると、クスクスと笑い始める。そのうち、腹を抱えて、笑い始めた。ご婦人にしては、少々礼儀作法がなっていないが、かまわない。エルドアの頭脳の一角であるダリアを手にできるなら、そんなこと些細なことだ。
 ただ、周りは、急変したダリアに少し戸惑っている様子ではあった。


「アンナリーゼ様は、驚かれないのですね?」
「そちらが素なのでしょ?ドレスも素敵だけど、将校が着るような軍服の方が似合っていてよ!」


 さすがに驚いたのか、ハッとした表情を一瞬したが、スッと元の取り繕った顔に戻す。瞬間的なもので、目を凝らして見ていなけば、わからないほどだろう。


「軍服だなんて。何をおっしゃっているのか」
「そうね。私もたまに男装するんだけど、もし、ダリアを手に入れることがあったら、一緒に領地を馬で駆けてみたいわ!」
「アンバー領をですか?」
「えぇ、まだ、目を奪われるほどのものはないのだけど、とても、気持ちのいい領地なの。ぜひ、招待したいわ!」


 さて……と、チェス盤に目を落とす。白い軍がわが軍だ。さしずめ、私がクィーンでジョージアがキング。

 奪われてなるものか。


「行くわね?」


 白いポーンを前へと動かす。ダリアは、黒のナイトを動かした。2手目にも同じポーンを動かす。

 勝ちの道筋は、出来ているの。ダリアが何処へ打ってこようと、負けたりはしない!

 同じく黒いナイトと動かす。始まったばかりのチェス。一手一手と出すごとに、周りの緊張の方がすごいことになっている。みなが盤上をみたいと、押し合いへし合いしているので、ちょっと煩いなと思っていると、公が、いきなり駒の動きを言い始める。


「白アンナリーゼ、黒ダリア。白ポーンe4黒ナイトf6、白ポーンe5黒ナイトd5だ。ついてこれるものだけ、ついてこい」


 盤上がみれないものたちへ、伝えてくれるようだ。他にもチェス盤を出してきたようで、公が言ったとおり並べ始めたところもある。


「なんだか、大掛かりな余興になってしまったわね?」
「おもしろいではないですか!私、こんなに胸が高鳴るのは、久しぶりです」


 うっとりしたようにするダリアに苦笑いをして、三手目のポーンを手に取った。そのあと、公が移動した先をみなに伝えようとして、侍従が変わりにと声をはる。
 おかげで、ダンス用の音楽も、いつもより小さくなり、踊っているものは少ない。今日は、どうやら、こちらを中心に、人が集まっているようだった。
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