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滴る血
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「アンナリーゼ様!」
咄嗟のことで、アデルが私の名を呼んだ。頬から流れる赤い雫に顔面蒼白になっている。
その様子を見て、老人は満足そうにしていた。
自身が手塩にかけて育てた人形が、長年離れていたにも関わらず、老人の世界から邪魔者を排除したからだ。
ただ、老人からは、私の様子が背中しか見えなかった。そこそこ刃渡りのあるナイフを持っていたココナだ。勢いよく刺せば、当然、貫通していてもおかしくはない。
「よくやったぞ!可愛い5192番。そんな年増女のことは忘れて、楽しく生活をしようじゃないか。ささ、早くこっちに……」
満足そうな老人の顔が歪むさまは、まさに滑稽である。アデルは心配して私の隣に来ていた。
怪我ないかそっと確認し、無傷の私にホッとしたような表情をする。
「残念ね?あなたの元には戻りたくないそうよ?」
「な、なんだと?」
「私は、無傷だもの。血がついているのは、私のものじゃないもの」
顔をゴシゴシと服の袖でふき取ると、ココナとアデルが慌てる。
「ハンカチを使ってくださいませ!」
「そのハンカチは、ココナが使うべきね?ほら、アデル」
私はポケットから出したハンカチをアデルに渡す。大きなため息をついて、こちらにとココナに囁きかけた。
「な、何が起こったんだ?5192番は、何をして……」
「何をって、主人を自身が振るったナイフから守ったのでしょ?おかげで、ココナの綺麗な手に、大きな刺し傷が出来てしまったわ!どうしてくれるのかしら?」
老人を睨むと後ずさりしながら怯んでいるのがわかる。なけなしのプライドからか、他の女性たちに対して、怒鳴り散らした。ココナも一瞬ビクリと体を震わせたが、それ以上のことは起こらない。アデルに処置されている手を見ているだけであった。
「しばらく、心臓より上に手の位置を維持してください。たくさん血が流れていますから……応急処置しかできていないので、大人しくしていてください」
「……お手数をおかけしました」
「いえ、それより、アンナ」
「何かしら?」
「向こうの加勢は行ってきます」
「なんだか、苦戦しているわね?あれで、副隊長?ってなるわ」
「アンナの基準で、何でもはかったらダメですよ!化け物揃いなんですから!」
じゃあ!とチャコとシークの元へと駆けていくアデルを見送った。
「そうはいっても……アデルも十分過ぎるほど、強いのだけどね?自覚がないのが、なんとも」
「……本当ですね」
「あっ、ココナも気が付いてた?アデルは、何かにつけて、人と比べてしまうから弱いって思っているけど、強いのよね。たぶん、強さだけなら、近衛の中隊長格より上な気がする」
肩を並べ、大丈夫?と問うと、申し訳ありませんと深々と、頭を下げるココナ。実際何が起こったのかと言うと、正気を失ったココナは、私を殺そうとナイフで襲ってきた。私は、ココナに対して、何もしなかった。いつでも避けられるようにはしていたが、あえて、ナイフをこの身に受けるような雰囲気を出し、ぼうっと突っ立っているように見せかけた。ナイフを刺そうとした瞬間、私の目を見て、正気に戻ったココナが、私の体に傷かつかないようにと咄嗟に自身の手を刺したのだった。首を狙っていたのか、やや上の方だったため、ココナの血が私の顔に飛び散ってしまったのだ。
老人はまだ諦めてはいないような表情で私を見て、腰にぶら下げていた鞭をしならせた。
「今度は、どんなことをしてくれるのかしら?」
ジッと見つめると、何度も何度も鞭で地面を叩く。その様子が、昔、祖父の領地で見た猛獣使いのようである。
鞭が地面を叩く音で、周りにいた人たちの視線が、虚ろなものに変わっていく。
「何?このあたりの人が全員、あなたの駒になっているの?」
「駒だなんて。商品なんだから、壊さないでくれよ?」
「商品なら、もっと大事に扱えないのかしら?商人の風上にもおけないわ!」
虚ろな目の住人たちが、ぞろぞろと私たちの方へ近づいてくる。その数、百人を越えているようだ。
「おい、領主!やべぇーんじゃないの?さすがに」
「ヤバイ?何が?」
「この人数、剣を抜いて間引かないと……」
「領民たちの血を一滴で零してみなさい!許さないから」
私は、老人と向き直した。懐当たりを漁っている様子。何かもっているようで、警戒しつつ、集まってくる領民を見据えた。
「アンナ様、この数は……」
「大丈夫。何とかなるわ!」
持っていて!と剣の鞘をココナに私、私は群がる領民の中へと飛び込んだ。剣を使える間合いではなく、夕方腹を透かせた蚊が群がるように私の周りに張り付く。
剣を振り回せないので、利き腕で腹を殴ったり、足払いをしたり、首筋をトントン叩いて倒していく。ただの領民が、私に勝てるはずもなく、屍のように周りに折り重なっていく。
これ、大丈夫なのかしら?少し、ずらしたほうが、いいかな?
ぴょんと飛び越え、こっちだよぉーっと、呼び込むとついてくるので、私は広く場所を使い、上手に折り重ならないように気を付けて倒していく。器用なことをしていると、アデルがこちらを伺いながら、最後の一人を昏倒させたのである。
「さて、どう煮詰めてやろうか?」
にっこり笑って老人の方へ一歩向かえば、尻餅をついてへたり込んでしまったのであった。
咄嗟のことで、アデルが私の名を呼んだ。頬から流れる赤い雫に顔面蒼白になっている。
その様子を見て、老人は満足そうにしていた。
自身が手塩にかけて育てた人形が、長年離れていたにも関わらず、老人の世界から邪魔者を排除したからだ。
ただ、老人からは、私の様子が背中しか見えなかった。そこそこ刃渡りのあるナイフを持っていたココナだ。勢いよく刺せば、当然、貫通していてもおかしくはない。
「よくやったぞ!可愛い5192番。そんな年増女のことは忘れて、楽しく生活をしようじゃないか。ささ、早くこっちに……」
満足そうな老人の顔が歪むさまは、まさに滑稽である。アデルは心配して私の隣に来ていた。
怪我ないかそっと確認し、無傷の私にホッとしたような表情をする。
「残念ね?あなたの元には戻りたくないそうよ?」
「な、なんだと?」
「私は、無傷だもの。血がついているのは、私のものじゃないもの」
顔をゴシゴシと服の袖でふき取ると、ココナとアデルが慌てる。
「ハンカチを使ってくださいませ!」
「そのハンカチは、ココナが使うべきね?ほら、アデル」
私はポケットから出したハンカチをアデルに渡す。大きなため息をついて、こちらにとココナに囁きかけた。
「な、何が起こったんだ?5192番は、何をして……」
「何をって、主人を自身が振るったナイフから守ったのでしょ?おかげで、ココナの綺麗な手に、大きな刺し傷が出来てしまったわ!どうしてくれるのかしら?」
老人を睨むと後ずさりしながら怯んでいるのがわかる。なけなしのプライドからか、他の女性たちに対して、怒鳴り散らした。ココナも一瞬ビクリと体を震わせたが、それ以上のことは起こらない。アデルに処置されている手を見ているだけであった。
「しばらく、心臓より上に手の位置を維持してください。たくさん血が流れていますから……応急処置しかできていないので、大人しくしていてください」
「……お手数をおかけしました」
「いえ、それより、アンナ」
「何かしら?」
「向こうの加勢は行ってきます」
「なんだか、苦戦しているわね?あれで、副隊長?ってなるわ」
「アンナの基準で、何でもはかったらダメですよ!化け物揃いなんですから!」
じゃあ!とチャコとシークの元へと駆けていくアデルを見送った。
「そうはいっても……アデルも十分過ぎるほど、強いのだけどね?自覚がないのが、なんとも」
「……本当ですね」
「あっ、ココナも気が付いてた?アデルは、何かにつけて、人と比べてしまうから弱いって思っているけど、強いのよね。たぶん、強さだけなら、近衛の中隊長格より上な気がする」
肩を並べ、大丈夫?と問うと、申し訳ありませんと深々と、頭を下げるココナ。実際何が起こったのかと言うと、正気を失ったココナは、私を殺そうとナイフで襲ってきた。私は、ココナに対して、何もしなかった。いつでも避けられるようにはしていたが、あえて、ナイフをこの身に受けるような雰囲気を出し、ぼうっと突っ立っているように見せかけた。ナイフを刺そうとした瞬間、私の目を見て、正気に戻ったココナが、私の体に傷かつかないようにと咄嗟に自身の手を刺したのだった。首を狙っていたのか、やや上の方だったため、ココナの血が私の顔に飛び散ってしまったのだ。
老人はまだ諦めてはいないような表情で私を見て、腰にぶら下げていた鞭をしならせた。
「今度は、どんなことをしてくれるのかしら?」
ジッと見つめると、何度も何度も鞭で地面を叩く。その様子が、昔、祖父の領地で見た猛獣使いのようである。
鞭が地面を叩く音で、周りにいた人たちの視線が、虚ろなものに変わっていく。
「何?このあたりの人が全員、あなたの駒になっているの?」
「駒だなんて。商品なんだから、壊さないでくれよ?」
「商品なら、もっと大事に扱えないのかしら?商人の風上にもおけないわ!」
虚ろな目の住人たちが、ぞろぞろと私たちの方へ近づいてくる。その数、百人を越えているようだ。
「おい、領主!やべぇーんじゃないの?さすがに」
「ヤバイ?何が?」
「この人数、剣を抜いて間引かないと……」
「領民たちの血を一滴で零してみなさい!許さないから」
私は、老人と向き直した。懐当たりを漁っている様子。何かもっているようで、警戒しつつ、集まってくる領民を見据えた。
「アンナ様、この数は……」
「大丈夫。何とかなるわ!」
持っていて!と剣の鞘をココナに私、私は群がる領民の中へと飛び込んだ。剣を使える間合いではなく、夕方腹を透かせた蚊が群がるように私の周りに張り付く。
剣を振り回せないので、利き腕で腹を殴ったり、足払いをしたり、首筋をトントン叩いて倒していく。ただの領民が、私に勝てるはずもなく、屍のように周りに折り重なっていく。
これ、大丈夫なのかしら?少し、ずらしたほうが、いいかな?
ぴょんと飛び越え、こっちだよぉーっと、呼び込むとついてくるので、私は広く場所を使い、上手に折り重ならないように気を付けて倒していく。器用なことをしていると、アデルがこちらを伺いながら、最後の一人を昏倒させたのである。
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