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見たことあるの?

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「アデルって、実際見たことあるの?」
「領地でのことは、ウィル様に聞いただけですね。リリーも当時のことを教えてくれましたけど……近衛訓練場のことは、よく覚えていますよ?」
「いたんだ?近衛の訓練場に」
「……いました。あの中に入って行こうとは思いませんでした」
「どうして?」
「基本的にウィル様の中隊があの訓練には参加していたのですよね?」
「そうね。中には、知らない人が混じることもあったけど……」
「それに、あれって、二段構えじゃないですか?」


 ん?と疑問に思っていると、ちょっと顔を青ざめさせたアデルがどこか遠くを見ている。


「何処を見ているの?」
「後ろから覗かないでください」
「だって、遠い目をしていたから……」
「……しますよね?あれ、思い出したら。いくつのとき、だったんですか?」
「うーん、まだ、結婚してすぐとかだったから、20歳とか21歳とかかしら?若気の至りよね?」
「……今も、それほど、かわりませんけどね。これから、同じことをするのでしょ?」
「確かに!」


 クスクス笑いながら、堂々と訓練場の真ん中にたった。周りを見渡せば、少々目のやり場に困ることになっているところがある。


「よぉ!ねぇちゃん!俺らの相手してくれるのか?」


 ゲラゲラと笑う下品な笑い声にニッコリ笑い返した。いつものことだ。自身の容姿について、正直なところ、美人な方だと思ってはいる。それを武器に着飾っているのだし、ドレスの宣伝だってしているのだ。知る人ぞしるおてんば娘は、ここでは、知られていないようだ。


「相手……してあげないこともないよ?」
「へぇー上玉なねぇちゃんに相手にしてもらえるなんて、最高だな?」
「そう?」
「あぁ、じゃあ、さっそく……」


 足元に転がっていた木剣を二本拾う。声をかけてきた男に投げると、あぶねぇな!と騒いでいた。
 私は肩をすくめ、ごめんごめんと軽く謝る。


「お兄さん、私と遊びたいんでしょ?」
「それで、これか?危ないから、辞めておけって」
「うーん、でも、私、これで、遊びたいな?」


 木剣を少々悩まし気に見えるようにゆっくりなぞる。すると、反応してくれたのが、その他のお兄さんたち。私たちのやり取りを聞いていたようだ。


「お兄さんたちも遊ぶ?」
「あぁ、遊ぶ遊ぶ」
「じゃあ、先にこっちで勝負しようか?お兄さんたち、酔っているから、何人でもかかってきてくれていいよ?」
「はぁ?なめんじゃねぇぞ!」
「なめてなんてないし!私、強いんだから!ほらほら、はーやーくっ!」
「アンナ、煽りすぎじゃないか?」
「ん?これくらいしないとね?欲しい人材は、見つかりにくいのよ!」
「そこのあんちゃんは、参加しないのか?」


 木剣でさされたアデルは、私の方を見てくる。正直なところ、アデルがいる方が自由に動けないぶん、大変だ。


「いや、やめておくよ!邪魔になったら、うちの奥さん、あとで怒られちゃうし」
「うっわぁ、尻に敷かれてる感じ?」


 周りからどっと笑いが起こったが、アデルは苦笑いするだけで、何も言わなかった。この場を私だけに預けてくれるらしい。


「後悔しても遅いからな!いくぞ、おめぇーら!」


 どこの盗賊団だ?と思える掛け声に、笑いを紙殺し、私も剣をグッと握る。いちいち受ける必要もないので、すぐに意識を刈り取ってしまっても大丈夫だ。

 十人の警備隊員が飛びつくかのように、私めがけて走ってくるが、酔っ払っているので、軽くあしらうだけで、全然相手にもならない。ひょいっと避けては意識を失わせるために絶妙な手刀を首にあてていく。
 それを見ていた他の隊員も、驚きながら、地面に倒れていくものたちが増えるに連れ、自身も剣を握る。しまいには、訓練用ではなく、剣を握っているものまで出てきた。


「それ、ずるい!」
「ずるくないさ。言っただろ?遊びなんだ。遊び道具は何だっていいはずだ」


 私は、スカートを翻しながら、倒れている者たちの間を飛び跳ねる。意識を刈り取るのが浅かったのか、右足首を捕まれ、尻餅をついてしまった。


「きゃっ!」
「ふふふふふ……ははははは……観念しな!これで、俺の勝ちだ!」
「そうかしら?勝ちだなんて、易々と言わないでくれる?癪だわ!」


 普通なら夫人がすることも想定していなかったのだろう。私は、足首を掴んでいた男の頭を左足で、これでもかと勢いで蹴り飛ばした。脳震盪を起こしたのか、掴んでいた足首の手が緩み、シュルっと立ち上がった。


「よしっと……」
「……な、何?」
「どうかして?」
「……」
「少々痛い目に会ってもらおうかしら?私もお尻を地面にぶつけて痛いのよね!」
「や、やれ!」


 他に残っていた隊員が一斉に私へとびかかってきた。アデルがさすがに止めに入ろうとしてくれたようだが、このままで十分だ。近衛に比べれば、たいした強さはないのだから。


「そんな人数で、私をとれると思っているの?」


 向かってくる一人一人を丁寧に倒していく。面倒なので、木剣で。


「さぁ、どうする?降参しちゃう?」


 煽りに煽ったら、あっさりのってくれた。この警備隊では、一際体が大きく目立つものであっても、私には到底かなわず、どーんという音と共に、地面に倒れてしまったのである。
 勝負ありですねとアデルが苦笑いしているのが見えた。
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