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 こちらに来てから、ビルが拠点としている洋服店に入った。
 ハニーアンバー店のドレスコードな服とは違い、領民たちが、お祝い事などのときや記念日などに着る少しいい服を買いにくるお店である。
 中に入ると、店の雰囲気も落ち着いており、とても好印象で、思わず買ってしまいたくなるような陳列の仕方に、感心した。ハンガーにかかって売られているもの、棚に畳んであるもの、小さなアクセサリーなどを見ながら、奥へと進む。どれもこれもナタリーのデザインした服がズラリと並んでいて、宝飾職人であるティアが作ったアクセサリーもたくさんあった。


「……見事なものですね?ハニーアンバー店以外で、ここまでの品ぞろえがあるのには、正直驚きます」


 アンジェラと手を繋ぎ、店に入ったアデルは、周りを見渡しながら、品数の多さにとても驚いていた。


「ようこそ、おいでくださいました。アンナ様、ジョー様、アデル様」
「コーコナで新しいお店に出資したいってビルからもニコライからも聞いていたから、見に来ちゃったわ」
「えぇ、こちらが、お願いしようと考えているお店ですので、ゆっくりご覧ください」


 アデルにアンジェラを任せて、陳列されている服を自由に見ていく。どれもこれも見覚えのある服ばかりで、手に取ると、コーコナ領の布地を使ってある手触り感があり、心地よかった。
 畳んであった、服を1枚広げてみる。男性用の白いシャツであったが、襟の部分に青紫の薔薇とラインが2本刺繍してある。今まで、貴族社会でオシャレな男性もたくさん見てきたが、こういうものは初めて見た。それと同時に、首筋のところにあるタグを見る。ナタリーが、ドレスなどを作るようになってから、つけているものではあるのだが、それには、見覚えのないものである。


「ねぇ?ビル」
「どうかいたしましたか?」
「この服、ハニーアンバー店のタグは付けないのね?」
「えぇ、そうです。こちらは、出資の話をするときにナタリー様にも相談をさせていたたのですが、そのときに、違うタグを少し試してみたいと、ナタリー様にお願いされまして、別の模様にしてあります。
 ただ、見てわかっていただけると思いますが……」
「これね?ふふっ、ナタリーらしい考えね?私のふたつ名のタグよね?」
「左様でございます。いろいろと試行錯誤されたようですが、この文様がいいとナタリー様からの指示で、このように作っています。出資の件もタグの件もどちらともアンナリーゼ様が、このお店を訪れたときに話そうとしていたのですが……いかがでしょうか?」
「そうねぇ?とても素敵だと思うわ!ねぇ、アデル。どう思う?」
「……私は、詳しくありませんけど、綺麗なものだと思います。服にタグをつけるというのも斬新ですね。今まで、知りませんでした」
「まだ、ハニーアンバー店でしか、使っていないからね。いいわ!ビル。このまま、使ってちょうだい」
「ありがとうございます」
「……そうすると、タグのブランド名を考えないといけないわね?ナタリーもそこまでは、考えていなかったのでしょ?」
「そうですね。図案を考えたとだけしか、言われていませんでしたから」
「なら、……ヴィオブルロって、どうかしら?」
「ヴィオブルロですか?どういう意味が込められているのですか?」


 不思議そうにビルがこちらに視線を送ってくる。この世にない言葉なのだから、首を傾げているのもわかる。


「今考えたばかりの造語よ。紫、青、薔薇を並べてみただけなんだけど……どうかしら?」
「なるほど、それはいい!早速、ナタリー様に連絡してみます。そういえば、アンナ様の二つ名である青紫の薔薇には、みなさんがつけているアメジストと関係があるのですか?」
「えぇ、そうなの。ウィルたちにアメジストを配っているって、有名な話になっちゃったのよね。それと、卒業式のときにジョージア様から贈られた青薔薇をかけているのよ。最近では、偽物まで出てるって話だけど……ティア以外が、私の配る薔薇は作れないから、見ればわかるわ!」
「たしかに、ティアがつくるものは、とても素晴らしいものばかりですからね。息子に見せてもらったことが、ありますが、アメジストの薔薇はとても精緻なものでした」
「この赤薔薇は、ティアの母が使ったものなの。この薔薇は、ティアの母親にしか作ることが出来ずに、ずっと、後継者がいなかったのよ」
「ティアの母親はすでに、亡くなっていましたよね?顔合わせのときにその話を聞いて胸を痛めたことを思い出します」
「そうよ。ティアが製法を自身で研究したの。他には真似ができないの。本人は気にしてはいないみたいだけど……いつか母親より素晴らしい宝飾職人になるのが夢らしいわ。私は、その応援をしていきたいのよ」


 そういうと、ニコライの妻となっているティアのことを考えているのか、商人の顔ではなく、父の顔をして、ビルは微笑む。その様子を見るだけで、ティアも家族の一員として大事にされているようで、嬉しくなった。
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