上 下
805 / 1,480

領地の変わりようⅡ

しおりを挟む
 今日は、義母とお茶を……なんて思っていたら、意外と山のような執務に追い回されることになった。
 セバスはジョージアについて行ってくれたらい。私が執務室へ入ったのを確認した瞬間に、イチアが入ってきたとき、その表情は、『逃がしませんからね?』と、まるで鬼のようであった。


「えっと……何かな?」
「何?決裁が山のようにあるので、それを片付けてもらいたいだけです?」


 ニコッと笑うその顔は、笑っていない。怖くて、椅子に思わず抱きつきたくなった。


「決裁なら、ジョージア様もできるでしょ?」
「そうですね。でも、アンナリーゼ様が帰ってくるのをずっと待っていたのですよ!セバスと二人で。今日は1日、この裁可をお願いします」
「裁可って……これ、1ヶ月分より多いよ?」
「そうですか?これくらいの山が、ざっと5つほどありますから……今日のところは、どこにも逃がしませんからね!」


 腕っぷしなら、きっと私でもイチアに勝つことはできるだろう。それをしたところで、意味がないこと、さらに仕事が増えるであろうことは想像ができたので、大人しく「ください」と呟いた。
 今度は、先程の笑顔とちがい優しい笑顔である。
 ベルを鳴らして、リアンを執務室へ呼び寄せた。


「お義母様からお茶の誘いがあっても、今日はいけそうにありません。申し訳ないんだけど……」


 リアンもその山のように積んである書類を見て、心得たと頷いてくれた。


「美味しいお茶とお菓子を用意しますね。それくらいの休憩はいいでしょうか?」
「もちろんです。とびっきり甘いお菓子を用意してあげてください」
「……とびっきり甘い?」
「アンナリーゼ様は、決裁に判を押すだけの仕事はしません。その内容も吟味しながら裁可をされますから、きっと、身も心もとても疲れると思いますから!」
「わかりましたわ!アンナリーゼ様へのお菓子は、とびっきりのものにいたします!」


 二人がわかり合っているところ悪いが……ため息をついて、1番上の書類を手に取った。


「何々……壊れた橋の話ね。石切りの町のカノタが、活躍しているようね。新しい方法を試すのに、仕入れたい材料があるか……なんだろう?鉄の棒?鉄の棒って……その囲いみたいな……それなら、この領地でも……?」
「カノタさんの話ですね。川に流された橋の修理をしていて、次、同じようなことがあっても大丈夫なようにって、新しい方法を考えたようですよ。コンクリートが使えるようになったので、他の方法を試したいって。コーコナ領で作った壁のことを聞いて、思いついたようです」
「なるほど……技術や発想は、別の現場からでも取り入れることが出来るのね。確か、あのときは、コンクリートの間に何か入れて強度を保たせるって話を聞いたわね!」
「リアノが考案した方法ですね。あのフレイゼン領から来た魔法使いたちの活躍が、領地をさらに活性化させている……そんな気にさせてくれます」
「すごいでしょ?お父様とお兄様の自慢の人材育成の成功者なのよね!私も、もっといい人材をたくさん育てたいわ!まずは、今、育ちつつあるカノタの力になりましょう。必要なものの購入については、もちろん買いましょう!私も完成を楽しみにしているわ!」
「あぁ、続きがありまして、他の橋の強化もしたいと申し出がありました。その分も入れると、結構な額になるかと思いますが……」


 私はイチアに頷き、裁可したと領主印を押した。
 この調子で、案件を読んではイチアが補足をしてを繰り返し、やっと一山終わった頃に昼食となった。


「全然減らないね……まだ、あと4つも?」
「いえ、あと5つです。午後にはこの早さで決裁を進めていくと、今日中には、あと2つほど減らせそうですけど……」
「それまでの自由はないってことね?疲れた」
「事務仕事は苦手ですか?」
「どちらかというと、体を動かしているほうが好きよ!だから、セバスやパルマを近くに置いているのだもの!」


 堂々と書類仕事は嫌だと宣言すると、イチアが苦笑いをしている。何か、思い当たることがあるようだ。


「ノクト様も同じような感じでした。奥さまが事務仕事のできる方でしたし、ノクト様の意向をくみ取るのがとても上手な方でしたから、いつも屋敷にいるときは、ノクト様抜きで奥さまと一日中こんなふうに執務をしていたように思います。懐かしいですね」
「たしかに、ノクトも執務机に齧りついているって感じではないわね。私と一緒!」
「そうですね。ジョージア様が、奥さまほどアンナリーゼ様のことをくみ取れる、もしくは、それ以上の領地運営の才能があればよかったのですけどね……」
「イチアの話は、ジョージア様に対して、失礼じゃないかしら?」
「それは、失礼いたしました。申し訳ありません。ただ、アンナリーゼ様の元でこういった仕事をしているせいか、ジョージア様には物足りなさを感じてしまう……それだけは、覚えておいていただけると。私だけでなく、アンナリーゼ様の元にいる面々は考えていることだと思いますよ!常に上を、より良いことを!誰もが考えてはいますけど、アンナリーゼ様に引き上げられるものは、とても多いのですよ」


 では、昼食にと席を立つイチアの背中を追いかけながら食堂に向かう。さっき言われたイチアの言葉を頭の中で繰り返す。
 領地のことをよくしたいと思っているのは、私だけでなくジョージアもだが、まだまだ、イチアたちからはジョージアに対して、厳しい意見が多いようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...