上 下
781 / 1,480

懐かしい我が家まで

しおりを挟む
 公都を出てから1週間。
 領地の境目で私とノクトは足止めを余儀なくされる。


「領主が率先して、決まり事を破るのはよくないわよね……」


 屋敷は目前であるにも関わらず、ぼんやりと野営地で過ごしていた。野営地といえど、簡易宿場が、いつの間にか出来ていて、そこに泊まることになる。病を領地に持ち込まないために必要なことなので、文句は大きな声では言えない。


「アンナ、明日の朝には許可が下りるだろ?」
「えぇ、そうね。そういえば、今晩お薬を渡されるのよね?」
「ヨハンが作った薬だったな。感染病に対して、予防効果があるのと、領地で罹患したときに他への罹患させないためのらしいな」
「そうなのよね!いつの間にって感じがするわ。これがあるから、2週間の隔離生活が短くなったのよね。ヨハン様様だわ!足を向けて寝られない!」
「しっかり、足蹴にしてそうだけどなぁ?」


 ジトっとした目でノクトに言われ、そんなことないと否定する。雑魚寝をすることすら、少なくなってきたが……きっと、蹴り飛ばしていることだろう。
 ヨハンの作った薬は、ここ数週間のうちに他領の治験参加している人たちによって、少々の誤差を出しながら完成した。元々、研究していたらしいので、後は治験だけとなっていたらしいのだが、治験者を勝手に集めてやってしまったらしい。
 罹患者の多い場所で、まだ、罹患していないものから進め、南から北へと薬を流してくれている。
 アンバー領とコーコナ領は、ヨハンの研究のお膝元ということで、優先的に薬を流してくれた。成分を見てもちっともわからないけど、変なものは入っていないことは、助手が成分表に書かれている原材料を見せてくれて説明を受けたので大丈夫だろう。

 粉になるとわからないけど……目に見える薬草だったらわかるからね!

 それで、治験後の配布については、さすがに公と私へ許可を取ってきたので、私は許可を出したのだ。

 コンコンと扉がノックされるので、どうぞと声をかけると、この宿を管理してくれている女性が入ってきた。


「アンナリーゼ様、こちらがお薬になります。どうぞ、これをお飲みになってください」
「ありがとう。あなたも、大変ね?」
「私は、別の病で子を亡くしました。夫と話して、イチア様の出された求人に募集をしたおかげで、働くことが出来て、幸いです」
「そう、それは……なんというか」
「そんな顔しないでください。私も夫もアンナリーゼ様が、この領地へ来てくださったから、希望もできましたし、元気になれたのです。今は、子と三人でここでの生活を楽しんでおります」
「それなら、よかった。家族も一緒なのね!」
「えぇ、そうなのです。アンナリーゼ様には、ぜひ、お礼を言いたかったのですが、今回このようにお会いできたこと、嬉しく思います」
「大変だと思うけど、頑張ってね?」
「もちろんです!」


 女性の顔を見れば、強く逞しい領地の女性たちを思い起こさせる。どんなに辛くても、上を見て足を踏ん張り、頑張ってくれている彼女たちには、いつも私の方が勇気づけられる。
 ニコリと笑い、女性は部屋から出て行く。

 私は薬を飲み、ひと眠りするのであった。


 ◇◆◇


 朝、スッキリ目が覚める。春近しと言えど、まだまだ寒さが残る朝だが、清々しい気持ちになった。
 中庭を少し散歩していると、空気感が懐かしい。


「やっと、帰ってこれた!」


 まだ、領地と領地の境目ではあるが、ここ数年でいっきに慣れ親しんだ私の第二の故郷の景色にホッとする。


「アンナか?」
「ノクトももう起きたの?おはよう!」
「この分だと、すぐにでも出発出来そうだな?」
「そうだね。でも、その前に、焼き上がるパンのとってもいい匂いがするから、朝食をいただきましょう!」


 ニコッと笑いかけると、何だか残念そうである。なんで、そんなに残念そうなのかは聞かないが、釈然としない。
 とにもかくにも、美味しそうな香りに私は引き寄せられていく。


「そういえば、領地に帰ったら、まずは、お誕生日会か?」
「それもあるんだけど……」
「何があるんだ?」
「義父母がね、帰ってくるの。領地を見て回りたいって申し出があって、無下に出来ないでしょ?」
「それなら、別にアンナでなくてもジョージアにお願いしておいてもいいんじゃないか?今のアンバー領なら、アンナよりジョージア様の方が詳しいんじゃないか?」
「そっか。それもそうだよね。それより、屋敷でのおもてなしを中心に頑張ろうかな?」
「それも、リアンがちゃんと進めているから、アンナが入ってしまうと、邪魔になるぞ?」
「……私って、邪魔者?」
「しばらく、領地から離れていたからなぁ……それより、この春の社交用に進めていること、今後の話をセバスやイチアと詰めておいた方がいいだろう。あとナタリーと協力して……」
「うーん、やっぱり、私はそっちの方がいいのかもね!石切りの町へ一度向かうわ!街道の進み具合の話も聞きたいし」


 ノクトに指摘をされ、離れた期間のことを思うと何もできないことが歯痒い。ただ、南部へ行ったからこそ、掴んだこともあるので、それも含め、領地の話をみんなでする方がいいのだろう。
 次の始まりの夜会まで、私が整えなければいけないことはたくさんありそうだ。

 朝食も食べ終え、レナンテの背に跨る。久しぶりの領地、領主の屋敷まで間、逸る気持ちはあれど、ゆっくり見て帰った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【短編版】カイルとシャルロットの冒険

神谷モロ
ファンタジー
 俺の名前はカイル・ラングレン。  平民の生まれでたまたま魔力適性があったのか、魔法学院に入学することが出来た。  だが、劣等生だった俺は貴族に馬鹿にされる学生生活を送っていた。  だけど、それも、今は懐かしい、戻れるならあの日に戻りたいと思うことがある。  平和だったのだ。  ある日、突然、ドラゴンの襲撃を受けて、俺たちの王国は滅んだ。  運よく生き延びた俺と同級生で年下の少女、シャルロットは冒険者として今、生きている。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

魔法学園の空間魔導師

ΣiGMA
ファンタジー
空間魔法を持つ主人公・忍足御影はある日、一人の天使を拾うことに。 それにより彼の日常は騒がしいものとなってゆくのだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...