上 下
767 / 1,480

もう一人のお嬢さん

しおりを挟む
 ところでと続く、もう一人のお嬢さん。


「アンナリーゼ、何故、先程の頼みだったんだ?わざわざ男性パートを踊るような真似までして。それなら、誰か別の者と躍らせればよかったのではないのか?」
「公の目は節穴ですか?ちゃんと見えてる?」
「むっ、失礼だぞ?ちゃんと見えている!」
「私と踊ることに意味があったのですよ!」
「……僭越ながら」
「どうぞ、宰相さん」


 話に割って入ってきた宰相に微笑むと、コホンとひとつ咳払いをした。


「もう一人のお嬢さん、仕掛けがありますね?ジニーさんにはない」
「えぇ、さすがです!国の……公のお守をされているだけありますね!」
「なんだとぅ?」
「わかっていないのでしょ?公は」
「……うるさい。宰相もわかっているものか!」
「それは、答えを言ってもらえばわかりますから!」


 私は宰相に話を促す。私がなぜ、この時期に小規模でもいいから夜会を開いてほしい、公とのダンスのあとヒーナとのダンスを二人だけでさせて欲しいと願ったのか。
 宰相の考えを聞くのが楽しみで口角が上がってしまった。


「今回の夜会の申し出……それは、あのお嬢さんのお披露目が目的ですね。自身が開く夜会や茶会でないのは、公から公爵であるアンナリーゼ様を労うという意味ももちろんあったのかと思いますが、狙いはそこではなかったと推測します」
「その心は?」
「すばり、お嬢さんの背中」
「背中?何かあるのか?ジニー後ろを……」
「ジニーの背中じゃないわよ?公」


 私は大きく呆れたというふうにため息をついた。宰相が目をつけたところは、正しい。


「それで?」
「……私見ですが、背中の模様。あれは、アンバー公爵アンナリーゼを示していますね?」
「何を?」
「うん、それから……?」
「あのお嬢さんが、インゼロからの刺客……それも、かなり上位のものだと見受けられますが、違いますか?」
「上位一歩手前な感じかしら?」
「あの小娘が?」
「そう、あの小娘がって見た目だけで、私より年上ですよ!見る目ないなぁ……」


 ジニーが私たちのやり取りを聞きクスクス笑っている。照れたような公は無視で話を続ける。


「どういった立場のものなのですか?」
「聞いたことあるかしら?戦争仕掛け屋って、インゼロ帝国の中枢の裏を」
「それなら、こちらも気を付けているところですけど、まさか?」
「まさかの一員ね。それも、中枢に近いと私たちは考えている」
「……それじゃあ、処分するということですか?」


 首を横に振った。ここからは私が話す方がいいだろう。


「処分はしないわ!」
「なんでだ?アンナリーゼ。危険なものを置いておくわけにはいかないだろ?」
「そう。だから、この夜会なの。宰相も言ったでしょ?お嬢さんの背中とお披露目だって」
「背中の意味はわかりますが……」
「俺は、わからん!教えてくれ」


 公に胡乱な目を向けると、宰相がすまなさそうにしていた。


「その説明からですか?」
「あぁ、そうだ。背中の図柄がどうしたっていうのだ?あれは、ドレスの一部……」
「なんかじゃないわよ!罪人と同じく、体に直接彫られているの」
「なんだって?あんな小さな女性にか?」
「えぇ、一生消えない傷として、私が残すように言ったの」
「それは、図柄どおりのことなのでしょうか?アンナリーゼ様」
「そう。その通りよ。宰相」
「だから、なんなのだ!図柄どおりの意味とは!」
「公は見られなかったのですか?あの女性の背中を」
「見るには見たが……たしか、聖女がいたな?」
「聖女は、アンナリーゼ様を指します」
「はっ?アンナリーゼ?」
「そうです。そして、女王蜂はアンバー公爵家もしくは、ジョージア様でしょう。その周りにいた蜂は、アンナリーゼ様を取り巻く方々」
「……ウィル・サーラー、セバスチャン・トライド、ナタリー・カラマスか?」
「そうでしょうね。他にもいましたから……」


 私の方へ視線を送ってくる宰相に苦笑いをしておく。


「常勝将軍ノクト、軍師イチア、ローズディア公国近衛団長エリック、ローズディア公国文官パルマ、アンバー公爵家筆頭執事ディル、専属侍女デリア、ハニーアンバー店店主ニコライ、宝石職人ティア、兄であるサシャと夫人エリザベス、トワイス国宰相候補ヘンリー」
「な……なんだ、その豪華な!」
「私が子どもの頃から、ずっと手を伸ばし続けてきた友人たちです。私の『夢』にずっと協力してきてくれた人が描かれているのですよ。青紫薔薇とともに。それをヒーナの背中へと彫った。死より重い罰として」
「それが何故、死より重いのだ?」
「インゼロ帝国現皇帝にヒーナが拾われたからですよ。信頼しているからこそ、今回の騒動に送り出したとも思っています。そんな子が、他の貴族の紋章なんて彫られたら、どうなりますか?」


 伏し目がちに机を睨んだ。


「命を狙われる?」
「それは、もちろんでしょうね。中枢に近いなら、知っていることも多いでしょうから。それに、ヒーナは帰る場所もなくなりましたし、夜会でお披露目をすることで、裏の世界では、国内外に誰のものかと知れ渡る。アンバー公爵に寝返ったのだと。それが、狙いでもあります」
「死ではダメなのか?」
「ダメですよ。皇帝に近い人間が死ねば、必ず、それを元に戦争が始まる。こちらが、仕掛けたことになる。それだけは、ダメです。ヒーナがあくまで裏切ったことにしなければ、いけないのですよ。この国は、今、危機的な状況です」
「それは、わかっている……人が病に」
「それだけじゃない。このまま、春の種まきの季節が来てもこの状態であれば、来年の今頃は餓死者が国中に溢れる。そこを狙わない帝国ではないでしょう」
「そこまで……」
「可能性のある限り、小さなことでも考え先を見ないと!いつ、仕掛けられてもおかしくない状況になっています。この国に戦争仕掛け屋が入り込んでいるのはたしかなのですから。今まで以上に気を引き締めていかないと……予想より早く、戦争になって苦しむことになります。危機感を持ってください!伝染病だけでなく、いろいろなことが、連鎖的に始まっているのだと、私は感じているのですから!」


 厳しい言葉を並べていく。公は、この病さえおさまればと思っていたようで、驚愕の顔を向けてくる。
 今は、それでもいい。
 でも、準備が整っていない今、攻め入られれば、あの悪夢のようになってしまう。
 それだけはと、私はギュっと手を握った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...