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ナルド子爵夫人の献身

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 早速動き始めようとする夫人に待ってと話しかけた。


「何でございましょう?」
「あなたも罹患している可能性があります。少々息苦しいのですが、布で口元を覆って置いてください。
 あと、薬の在りかはわかりますか?」
「わかりました。薬は、執務室に置いてあります。それを広場へお返ししてきたら、いいのですよね?」
「えぇ、そうよ。ナルド子爵夫人であると身元をはっきりさせておいてちょうだい。その方が、貴族に対する感情があまりいいことがないの。夫人の意志で返しにきたことをしっかり領民へ見せてください」
「かしこまりました。他には、何かありますでしょうか?」
「そうですね……屋敷に最低15名ほどの薬を出してもらえるよう、交渉してきてください」
「いったん返したものをですか?最初から取っておけば……」


 フッと笑いかける。それに何かを感じたのだろうか。目を細めた。


「最初から、15名分を取ってしまっては、ただの泥棒ですよ?貴族夫人とあろう方が、そんなこと、なさりませんよね?」


 ウィルがいたら、きっと笑っているだろう。自分は上手に巻き上げるのに、他人には交渉してこいというだなんてと。


「そ……それもそうですわね。考えが至りませんでした。それに1粒でこの屋敷と交換しても足りないという価格のお薬ですもの。15名分だなんて、とてもじゃないですけど、払えませんから……」


 地方へ出ると、貴族はたくさんいる。その中でも、男爵や子爵は多いのだが……領民の地位と近いためか、かなり強引らしい。
 反省をしているのか、よくわからないので、1つ受け渡しの証明をつけてもらうことにした。ただし、それが、偽物であれば、問答無用で代金を請求することを申し添える。


「ヨハンというものが、広場の診療所にいますから、その医師に薬を全部返して、15名ほどの薬をもらってきてください。そのさいには、必ず、受け渡し書をつけてもらうこと。いいですか?貴族だからと、強引にかかせるようなことはないように、くれぐれもお願いしますね?」


 念には念を押して、夫人を見送った。子爵の治る見込みが出てきたら、俄然やる気を出してくれているが、空回りだけはしないようにとお願いしたいところだ。


「夫人は献身的ね……こんな夫でも、あの人にとったら、大切な人なのね」


 寝込む子爵を覗き込む。熱が高いのか、顔も赤く息も荒い。


「失礼するわね!」


 ベッドに腰かけ、鼻をつまむ。口呼吸をしていたが、鼻をつまむことでさらに口で息をするので、口の中がよく見えた。


「ルチル坊ちゃんと一緒の症状ね……ヨハンを見ていれば、ジニーもさぞかし美人なんでしょうけど……こうもたやすく、罹患されたら、たまったものじゃないわね!」


 ため息をつき、部屋から出る。子爵に聞けるような状況でないことは明らかで、この屋敷について尋ねないといけない。


「そこの方?」
「……お客様でしょうか?今は、ご主人様が……」


 メイドは、私の顔を見て、ハッとする。夫人と同じような目で見られれば、だいたい予想はつく。


「私と同じような紫の瞳の女性をあなたもみたのね?」
「……同じような?同じ人物ではないのですか?」
「違うわよ?何で認識したかは問わないけど……」
「申し訳ありません。昨日、夜分にきた女性が、紫の瞳とストロベリーピンクの髪でしたので、間違えました」
「そう、いいわ。今、夫人には、おつかいに出てもらったのだけど、筆頭執事はいるかしら?アンバー公爵が呼んでいるわと言ってくれる?」
「あ、あ、アンバー公爵ですか?」
「えぇ、そうよ!私が、アンバー公爵なのだけど……話を聞かせてほしいの。その紫の瞳の女性について」


 かしこまりました!ただちにと飛んでいったメイドを見送る。廊下で待っていてくれたキースは、事情がよくわからないので、ただ、見ているだけだった。


「別の部屋を用意してもらいましょう。ここは、ダメ。重症化してるから、キースは入らない方がいいし、他の人も入らない方がいいわ!」
「わかりました。引き続き、廊下で待機します」
「私も、窓を閉めたら、出てくるから待っていて!執事がきたら、部屋の準備をお願いしてちょうだい。夫人もそっちへ呼ぶようにと」
「わかりました」


 再び、子爵の寝室へ入り、窓を閉める。ただ、カーテンは開けたままにしておいた。
 気が付いたのだろうか?もぞっと動く気配がして、子爵へと近づいた。


「あぁ、ジニーか……」
「残念、ジニーではないわ!」
「……誰だ?」
「同じ瞳と髪の人間なんて、この国には一人しかいないと思うのだけど?心当たりは無くて?」


 子爵は目をめいっぱい見開き、私を見る。驚いたのだろう。私の代わりのジニーではなく、私がいたことに。
 恐怖の色に目が変わり、だるいはずの体を起こす。


「……アンバー公爵」
「正解ね!ジニーとの夜は、楽しかったかしら?」
「……何故、それを」
「今の状況からして、そうとしか言えないから?あんなに献身的な夫人がいるのに……どうして、ジニーに手を出したのかしら?」
「ジニーとの関係が何故、この病……」
「確証はないけど、ジニーがこの病の大元だからよ!貴族男性たちがこぞってジニーをベッドへ招き入れるのは勝手だけど、子爵、あなたの夫人にもうつしているわよ?」


 驚いて口を開けたまま固まってしまった。まさかと思っているのだろう。


「今、薬を用意してもらったから、それを飲めば治るわ。愛妾の一人や二人いることは理解するけど、これに懲りたら、夫人をもっと大切にするのね。献身的にあなたを診てくれていたのだから」
「待ってくれ……いや、待ってください!」
「何?」
「その……」
「熱が下がったら、話をしましょう。あなた、今、重症なのよ……ほっておくと死んでしまうし、死なれたら、困るから。明日、また、来るわ!妙な真似はしないことね。あなたも、あなたの家族も、命は大事でしょ?」


 にっこり笑いかけ、部屋から出る。
 外へ出ると、執事が落ち着かない様子で待っていてくれた。私を見るなり、震えながらお部屋へと案内してくれるのである。
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