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ライズの小言

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 私が後ろから押し、イチアとライズが両脇をかため、アデルは領主の屋敷の最上階、侍従たちの部屋の1番奥まで、尋常ない汗をかきながら登ってきた。


「あの……」
「リアンは、そこに水を置いてすぐに出て行きなさい」
「でも、看病は……」


 苦しそうにしているアデルに寄り添おうとしてくれることに感謝をしても、今はとにかく出ていくように指示を出す。


「用事があれば、呼びます。基本的にアデルの看病は三人でします。しばらくの間、私たち四人は隔離です。絶対に部屋に入らないように!」
「あの……」
「コーコナで流行った病です。特に子どもにうつる可能性が高いのです。子どもと接する時間が多いリアンは、絶対ダメですからね!」
「……かしこまりました。お食事等は、こちらに置かせていただきます。熱があるようでしたので、何か冷たい飲み物をお持ちします!」
「うん……その後は、他の侍従たちも近寄らないでほしいの。徹底してちょうだい。あと、2週間の間の執務は、セバスとジョージア様を中心に、ウィルが補佐をしてちょうだいって。ノクトがもし、帰ってきているなら、状況を確認してそちらにまざってと伝えて」
「2週間ですね」
「そう。あと、他にも同じような症状がいるものがいないか確認してと伝えて!アデルが、国中に広まっているものでないと判断できれば、もう少し短い期間で出ることもありますから!」


 扉の向こう側……リアンの気づかわし気な雰囲気が伝わってくる。だとしても、ここは、万が一を考えれば、部屋へ入れるべきではない。
 扉に手とおでこを寄せる。

 心配かけてしまったわね……


「リアン、他への報告があるのだから、いってちょうだい。私は、私たちは、大丈夫だから!」
「わかりました。では、次は、お食事の時間にきます」


 そういって、扉から離れていった。扉の前から、気配が消えていくのがわかる。私たちは、頷きあった。


「それで、殿下はともかく……アンナリーゼ様がご一緒と言うのは……」
「仕方ないでしょ?看病しないといけないし……」
「それは、アンナリーゼ様でなくとも、私がすればいいだけですのに」


 そういうわけにはいかないわ!と笑いかけると、来てしまったものは仕方がないですから……とイチアはため息をついた。


「巻き込まれた……」
「いいじゃない、罹ったことあるんでしょ?ライズは」
「あるには、ありますけど……」


 そういいながら、チラチラと熱で浮かされているようなアデルを見た。


「今、思ったんですけど……この病って、この領地では、罹らないのですか?」
「領地と言うより、国ではね。だから、抗体がないのよ!」
「それで、他のところは、大騒ぎをしているんですね?」
「何か情報を持っているのかしら?ライズも」
「情報っていうほどのものではありませんよ。人がバタバタと死んでいっているって、小耳にはさんだくらいです」
「それって、重大な話じゃないの?」
「聞かれないですし、いたって普通のことだと思っていましたからね!重大だなんて、これっぽっちも思ってませんでしたよ。帝国では、毎年、結構な人数がこの病で死んでも、そんなもんかってなりますし、数字を見て今年は多かったね、少なかったねという報告ですからね」


 国が違えば、認識はこんなに違うのか……と、目を瞬かせた。イチアも苦笑いしているということ、インゼロ帝国では、定期的に流行る病だから仕方ないという考えなのだと、少しだけ心が重くなった。


「アンナリーゼ様、大丈夫ですか?」
「いえ、私は、ただの領主ですからね……しかも、大きな領地のわりに、人が少ないですから……死者数がこれだけですと数字を見せられて、そういう感想にはならないなって……大半の人が、私は知らない領民とか、見知った領民で、たいした関わりがあるわけではないんだけど……そんなふうに割り切れなくて」


 コーコナでの災害で亡くなった人のことを思い出した。


「何か経験があるのですか?私たちは、助けた人より、命を奪った人数の方が圧倒的に多いので、人の死というのが、とても薄くなっているのだと思います」


 荒い息を吐きながら、苦しそうにしているアデルに視線を向けながら、イチアは意識を遥か遠くへと向かわせているような雰囲気である。


「帝国は、アンナリーゼ様が知っているように、軍部がものいう国ではありますから、いちいち、死んだ人の数なんてとなります。1回の遠征でだいたい千から2千もの兵士が死にます。私は、常勝将軍の軍師でしたから……敵国の兵士だけでなく、味方を殺したことも山のようにありました。何十万もの兵士をまるでチェスの駒を動かすが如く、広げられた地図の上で、勝利を描くのが、私の仕事でしたから……」
「……イチア」
「それが、不思議な縁ですね……セバスとウィルという二人の青年に出会い、アンナリーゼという女性に魅せられた。本当は、ノクト様の追随でと言うのは格好で、私自身があなたに魅せられた一人ではあります。両手からは他人の血の匂いがとれることはありません。初めて殺した兵士の顔は、今でも悪夢として思い出しますし、親友が切り刻まれた状態で見せしめにされ本陣へ送られたこともあった。私の手も、ノクト様の手も少々血なまぐさいどころの騒ぎではないくらいですが」


 イチアは自重気味に笑い、アデルのおでこに置かれたタオルを置き直してくれる。


「憐れに思いますか?それとも、人殺しと罵りますか?」


 ポツリと零すイチアに私は首を横に振る。私もなんの罪もない子どもを殺してしまったのだ。仕方がなかったと言いながら、もっと他に道はあったのではないかと、悔やんだ日もある。ソフィアの娘の顔を思い出すこともあれば、ソフィアやカルアの死に顔を夢に見ることだってあった。


「私は罪もない子どもを何十人も殺したことがあります。他に道がなかったのか……もっと、よく考えればと思う日もありますが、必要だったと今でも思っています。私の業であることには変わりありませんし、他の誰かに変わってくれと言えないのなら、それすら抱えて最後のときまで、懸命に生きたいと考えています。綺麗なままでは、アンバー領を取り返すことが、できなかったのですから……」


 荒廃しきった領地を思い出していると、珍しくライズが小さくため息をついた。


「帝国の玉座は、山のようなどくろの上に成り立っていますからね……座れば、血で染まらない場所なんてありませんよ。弟がそうしたように、父もまた、そうして得たのですから……今は、内政を立て直しているところでしょう。父の側近では、弟の意にそぐわない人物も多いでしょうから……」


 遥か彼方にあるインゼロ帝国の方をライズは睨んでいた。帝国元皇太子であるライズの小言を初めて聞いた気がした。
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