上 下
660 / 1,458

値切り交渉ならぬ……

しおりを挟む
 机の上に置かれたのは、ローズディア全体の地図であった。
 ここしばらく、宰相の手伝いをしていたセバスが、今回の伝染病の状況について話してくれる。
 事態は、私が考えていたより、ずっと深刻な状況であった。
 まるで、陣取り合戦かのように、感染区域が広がって行く。幸い、アンバーは感染元から遠い土地であるため、今のところ大丈夫そうだし、イチアの提案もあって、人の行き来を一部規制している。
 インゼロ帝国で何度もこの伝染病の対策に奔走しているイチアの経験が、アンバーを守ってくれていた。
 コーコナについては、感染している場所があるが、幸い、隔離出来ている上に、終息に向かっているところなので、これから、アンバーのように規制をかけるつもりだ。ありがたいことに近衛の移動区域には、今のところ誰も感染者が出ていないので、大丈夫だろうし、しばらくは、領地に入れないという判断をイチアがしていたので、私はすでに了承の手紙を送ってある。


「それで、だ!」
「はい、公。これは、私の想定より、はるかに進んでいますね?」
「アンナリーゼは、どこまでを想定していた?」
「南の地域一体くらいです。今、見る限りでは、中央部へも広がりつつありますね?」


 あぁと暗い表情をする公に、何かしてあげられることはない。
 予防策や薬の供給すら間に合っていないのだから、感染はさらに増えるのだろう。


「規制をかけるのも難しいですね。広がりが早すぎて、規制した場所ですら、感染者が出ている状況になるのではないですか?」
「やはり、そう思うか?すでにやっては見たが、効果はない。どう考えても規制では、どうにもならなかった」
「では、早急に予防の通知を出しましょう」
「何をする?」
「単純なことです。手洗いうがい、水の煮沸が基本で、手を洗ったあと、高純度のお酒で消毒するのです」
「はぁ?酒でか?」
「はい、ノクトが昔からそういうふうにしていると言っていましたから、たぶん正解なのでしょう。触ったものなども消毒するといいらしいですよ?」
「常勝の将軍がいうのなら……そうかもしれんな……で、その酒の話だが?」
「それは、さすがに独占はできませんから、通知だけしたらいいと思いますよ?」
「そうか。さっきの薬だが……」
「まだ、考えていらしたのですか?」


 わざとらしくニコリと笑う。それに気付いたのだろう、ウィルとセバスがそれぞれ悪い顔と呆れ顔でこちらを見ていた。


「あぁ、考えていた。それで、相談なんだが」
「何でしょう?まけませんよ?」
「先に言うな!2割の利益を国へ提供してくれ。薬草などの薬剤供給は、こちらでも渡せる分を渡すから!」
「2割もですか?」
「あぁ、考えてくれ……」
「うーん、いいですよ!2割でも。その代わり、ヨハン教授っていう私の主治医がいるのですが、生活費から研究費の一切合切を面倒見てください。助手がたしか二十五人ほどいますが、それも含まれます」
「いくらだ……?ひと月の金額は……」
「そうですね……ざっとですけど、うちの店の売り上げの半分くらいが、私費で払っている分です。なかった治療薬を提供するのです。それくらいはいただかないと、次回、何か別の新しい病気が発生したときの研究費用が出せませんから……」
「そなた、よくそんな金を惜しみなくだしているな!」
「あっ、金額わかりました?」
「当たり前だ!爵位持ちのサーラーの3倍の給金を払えというのか?」
「えぇ、当たり前です。タダで、事業が成り立っていると思っているのですか?」


 口をあんぐりあけたまま、固まってしまった公を見て、クスクス笑う。


「公爵の私が払えて、この国の頂にいる公が払えないわけがないですよね?さぁ、どうしますか?」
「……い、1割なら……どうだ?それなら……」
「1割ですか?そうですね……1割。必要な薬草の供給をお願いできるなら、1割ならのみましょう。言っておきますが、泣く泣く1割なら、という程度ですからね?」
「あぁ、では、それで手を打とう」
「契約書を下さい」
「契約書?」
「えぇ、口約束で反故にされては、たまったものではありません。こちらも慈善事業ではなく、生活のかかっていることですから、きっちりしておきましょう!」
「わかった。そなたが書くか?」
「セバスに任せましょう。いいかしら?」
「はい、アンナリーゼ様。先程の内容ですぐに作らせていただきます。印をお持ちですか?」
「えぇ、もちろんよ!」
「こうなることは、わかっていたのか?」
「何らかの交渉になることは、わかっていましたよ?」
「ところで、何故印が必要なのだ?サインでいいだろう?」
「これだから……商売をしない人はダメなんです。名前はサインで十分ですけど、同じ書類を双方持つ場合は、不正がないように割り印をするんです。そのために、わざわざ持ってきたのですよ?」


 まったく!とため息をつく。ただし、私は自分が有利になるように立ち回れたので、机の下で拳をグッと握る。
 レオはそれに気付いたらしく、アンナ様?と呟いた。


「そういえば、今日は同伴者がいると言っていたが……まさか、サーラーの息子か?」
「えぇ、そうですよ?デビュタントまで、まだ時間はありますが、ウィルの仕事ぶりを見てみたいという申出がありましたので連れてまいりました」
「まさか、謁見に子どもがついてくるとは……そのうち、アンナリーゼの子どもも連れてきそうだな?」
「本人が行きたいと言えば、ですけどね。無理強いはしません」
「子どもには、優しいんだな……その優しさを俺にも分けてくれたらいいのに」
「嫌ですよ!私の優しさは、子どもたちとジョージア様、アンバーやコーコナで私と繋がりのあるみんなへにしかあげられません」


 そうこう言っているうちにセバスが書類を作ってくれた。内容を確認して、双方にサインと割り印を押す。


「では、さっそく……薬と人の派遣をします」
「それは、そうと……今回のこの騒動は一体何から始まっているのだ?」
「知らないのですか?麻薬と人身売買ですよ。私ソックリな美人から、始まったようですね!インゼロからの贈り物です」
「はぁ?人身売買って……禁止しているだろ?」
「表向きは、ですよね?オークションの裏取引には、人も商品に含まれるようですよ!」


 知っていたか?と宰相に振り向く公に、首を横に振る宰相。
 大きなため息をつき、次なる議題に突入しそうである。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

紅い砂時計

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:2,656

20代前半無職の俺が明日、異世界転移するらしい。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

オメガな僕は、獣人世界のペットです。

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:114

お菓子店の経営に夢中な私は、婚約破棄されても挫けない!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:1,457

小太りのクソガキに寝取られた、彼女

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:5

天然王妃は国王陛下に溺愛される~甘く淫らに啼く様~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:377

お見合い、そちらから断ってください!【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:95

『恋愛短編集①』離縁を乗り越え、私は幸せになります──。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,980pt お気に入り:329

愛されない皇女は生贄として、死ぬ運命でした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:1,958

処理中です...