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惚気

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 私たちの部屋に設えられた場所で、ランチを食べながらの会談をすることになった。
 エレーナの前に座り、微笑むとそわそわといている。何年ぶりかの再会に、私も嬉しい。


「エレーナ、エルドアの生活はどうかしら?」
「アンナ様を見送ってから、すぐにエルドアへ発ちましたが、初めて向かった先は、見たこともない
 景色ばかり……私は、とても驚くばかりで、旦那様とお会いする日までに、あちこちと歩き回って、
 倒れてしまいました」
「えっ?エレーナが?」


 はいと照れたように笑い、懐かしそうにしている。


「街を歩いていたのです。アンナ様へのお手紙に書くお話を考えるために……そうしたら、道端で……」
「それも、道端で?ずいぶんと印象が違うわね!」
「エリザベス様には、よく言われました。大人しい控えめなのに、たまに驚くほどの行動力で出歩いて
 しまうので」
「どこかの誰かみたいだね?」
「ジョージア様、私はアンナ様のような行動力は持ち合わせてはいませんよ!あくまで、気分転換に
 少し遠出したりするくらいです」


 二人が言いたいことはわかったので、無視をして話を進めることにした。


「……それで?」
「気分が悪くなって、店先の木陰で休んでいたら、旦那様に声をかけていただきました!」


 チラッとルイジの方をみて、微笑む姿は、恋する乙女だ。フレイゼン領で私の役に立つためだけと言っていたエレーナと違い、嬉しくなる。
 でも、ちょっと、待って?ルイジって……引篭もりだったはずよね?それが、出かけてたって……と意外そうに見てしまうと、二人に苦笑いされる。


「お恥ずかしい……アンナリーゼ様は、私のことを聞き及んでいらっしゃいましたか?」
「……えぇ、母から」
「そうでしたか。あの日は、たまたまだったのです。エレーナとの婚約が決まって、彼女の絵姿に既に
 恋をしていた私は、エレーナに似合う贈り物をと探し回っていたのです」


 恥ずかしそうにしているルイジ。年の離れている彼は、年甲斐もなくエレーナに気に入られたかったと言うのだ。微笑ましい話に、私は話を進めるよう促す。


「お店を出たところで、気分が悪そうにしている女性がいたので、声をかけたところ、エレーナだった
 のです。とても、驚きました」
「まさしく、運命の出会いっていうものね!素敵だわ!」
「そう、思いますか?私の方は、旦那様のお顔を存じ上げてなかったというか、覚えてなかったので、
 声をかけてきたことに、すごく訝しんでしまったのです」
「まぁ!そうだったの?」
「見ず知らずの人に、名前を言われて、怖くなって差し出して下さった手を叩いて逃げてしまった
 のです……」


 それは……と、ジョージアが心痛な面持ちでルイジを見ると、苦笑いしている。


「その後、前侯爵に紹介してもらうまでに3日あったのですが、私は払われた手を気にしてしまって……
 エレーナに嫌われてしまったと肩を落として、部屋に閉じこもってしまいました」
「心中、お察しします」


 ジョージアとルイジは何か通づるものがあったのか、頷きあっていた。
 私とジョージアにそんな出来事ってあっただろうか?思い返しても思い出せないわ!っと思っていたのだが、ジョージアには思い当たる出来事があったようだ。


「引篭もった旦那様を部屋から引きずりだすのは、大変でしたよ……本当に。しなくてもいい、扉の
 交換までしないといけなくなったんですから!」


 もうっと少し怒ったようにエレーナはルイジを詰るが、それすら幸せな空気がただよう。


「何をしたの?」
「侯爵様や奥様が、旦那様を部屋から出てくるように諭して下さったんですけど、出てこなくて……
 私が直接話しかけたのです。それでも、部屋から出ることを拒み続けられたので、侯爵様にお断りを
 入れて、お説教をしました。それでも、ダメだったので、私は、下男に言って薪割用の斧を借りて、
 扉をこじ開けて差し上げましたわ!」


 なかなか、豪快な話である。私でも、そこまではしないだろう……たぶん。
 しかしながら、まだ、続くので、頷きながら、先を促す。


「すると、斧で開いたところから、旦那様の顔が見えまして……あの声をかけてくださった男性だった
 んだと知ったときは、もう、恥ずかしくて……エルドアで、私の名前を知っているのは、旦那様と
 侯爵様ご夫婦だけだったのにって、後から冷静になった私は、そのことを謝りました」


 ルイジを見て微笑むエレーナ。


 ……ごちそうさま。


「誤解をといて、今では……」


 再度、ごちそうさま!


「そんなことって、あるんですね!私もアンナには、一目惚れしましたけど」
「ジョージア様がですか?」
「えぇ、アンナの入学式の前日。サシャとヘンリー殿と一緒に歩いていたところで、サシャに呼び止め
 られたときですね!あぁ、サシャと言うのは、アンナの兄のことです」
「えぇ、えぇ、知っています。アンナ様の優しいお兄様ですね!」


 エレーナの懐かしむ顔を見て、少しだけ申し訳ない気持ちになった。兄の隣に並び立つ選択肢を絶ったのは、他でもない私だったから。


「サシャをご存じで?」
「はい、私はトワイス出身ですから、夜会でお会いしたことも、他でお会いしたこともあります。
 いつもアンナ様に寄り添い、優しいお兄様で羨ましかったです!」
「エレーナよ、それ以上は、妬けてくる」
「もう、心配しなくても、私は、旦那様だけですから!」


 微笑ましい二人を見ながら、兄とは別の道を行くことになったけど、素敵な方と一緒になれたことを、心から嬉しく思えた。


「それで、ジョージア様、アンナ様には、そんなに早く目をつけていらっしゃったのですか?」
「あぁ、そうなんだ」
「サシャも珍しい容姿をしていると思うが、アンナは特にアメジストを思わせる綺麗な瞳がね……吸い
 込まれるようで」


 初めて聞いたジョージアの言葉に、私の方が驚いた。


「確かに、この瞳は美しいですよね!見るものを虜にしてしまいます!旦那様は、ダメですからね!」
「あぁ、わかっている」


 なんだろう……体が熱い。ジョージアの突然の告白に、目の前の夫婦に当てられてる感じがする。


「あの……恥ずかしいのですけど……」
「またまた、たくさんの殿方に愛を囁かれていたアンナ様が、恥ずかしいだなんて。アンナ様の心は、
 ジョージア様が射止められたんですね!」


 意味ありげに微笑むエレーナ。エリザベスの侍女であったニナは私のこともジョージアのことも、もちろん他の誰かのことも知っている。

 エレーナと名を変えた今でも、私たちのことは、遠く離れた場所から見守っていてくれたのだろう。


「射止められていたらいいのだけどね?」


 苦笑いするジョージアに、エレーナの微笑みはさらに深くなる。


「ジョージア様。アンナ様は、ちゃんとジョージア様を見ていらっしゃいますよ!少々おてんばで、手が
 つけられない程の豪快なご令嬢で、こちらを驚かせることはしばしばありましたが、今、そうやって
 ならんでいらっしゃると、二人から優しい穏やかな雰囲気がします。お互いを大切になさっている
 ことを再会したときから感じていました。
 アンナ様は、たまにとんでもないですけど……どこを向いているのかは、傍から見ても明らかです
 から、安心して大事になさってください!」


 エレーナに諭され、思わず二人で見つめ合う。
 考えていたことは同じようで、ふふっと二人で微笑みあうと、エレーナに仲がよろしくてあてられてしまいましたわ!とこちらが言いたかったことを先にいわれてしまったのである。
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