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始まりの夜会Ⅳ

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「公も公妃様も頭をあげてください。こんな目立つところで……」


 そういうと、穏やかな顔でそうだなと笑って公は頭を上げた。公妃は、睨みつけるように顔を向けてきたので、満面の笑みで応えてやる。また、それが癇に障ったのだろう。眉間に皺が寄っている。

 侍従たちが、おろおろとしている中、私とジョージアは視線を交わし、この場から去ることにした。


「今宵の夜会、楽しみにしています。では、失礼します!」


 ジョージアの挨拶で私たちは下がると、次の公爵が壇上に上がる。
 公妃の両親なのだが、私たちに頭を下げたという事実をおもしろく思うわけはない。
 あの親あって、この子どもありだ。睨まれたが無視をしてジョージアにベタベタくっついて甘える。
 ジョージアもそんな私を好きに甘やかしてくれた。

 そこにウィルやナタリーが寄ってくる。公爵の次に侯爵が呼ばれる。その次の爵位であるウィルは、私を待っていたようだ。
 今日の同伴者はナタリーが勤めるらしく、一緒にいた。


「珍しいね?二人でって」
「えぇ、私はアンナリーゼ様とがいいのですけどね……挨拶のときくらい、伯爵様に同伴者がいない
 とって話になったの。それで、私が一緒に」
「セバスは、一人?」
「セバスは、妹と一緒に出るって言ってた!あそこは、兄弟多いから。それにしても、公妃様に頭を
 下げさせるとはな……俺、驚いた!」
「私もです!別室へ行くものだと……」


 ウィルとナタリーは先程の公妃の謝罪を見ていたのだろう。それで、私たちの元に来たのだと思っていたが、まさにその通りであった。


「俺も驚いた……アンナなんて平然と微笑んでいるから、止めていいのかわからなくて、そのまま通して
 しまったけど、さすがにあれは……ねぇ?」
「私、悪くありませんよ!公妃様が、ここで謝罪するとおっしゃったんですから!まぁ、なんの謝罪か
 わからない人たちとって、アンバー公爵家は傲慢な貴族だと思われてしまいましたかね?」
「それって、まずくないの?」
「公妃様は、それが狙いなんでしょう?国の頂すら頭を垂れる悪女アンナリーゼ。そのアンナリーゼの
 毒牙にかかっている可哀想なジョージア様ってところかしら?」


 私はせんすを開き、くっくっくっと笑うと、回りにいた貴族たちがこちらを見る。怖いものでも見たような顔をしているが、ただ、笑っただけだ。
 そのとき、私たちに向かってパッと道が2つ開く。
 ひとつはカレン夫妻が、もうひとつはエールたちであった。


「アンナリーゼ様!今日も素敵なお召し物でございますわ!今年はハニーアンバー店の流行は、この
 ように開いたものだと思っていましたが……こんな素敵なレースを使われるだなんて……さすが
 です!」
「ありがとう。ナタリーが私のために作ってくれたドレスよ!」


 そういえば!と一際大きい声でカレンが話始める。それを聞き漏らすまいと周りの貴族たちが聞き耳を立てる。
 アンナリーゼの悪事を白日の元に……なんて思っている貴族も少なからずはいるので、注目の的であった。
 ワザと注目を集めるような話し方をカレンはしたのだが、それに気づいたものは少ないだろう。
 カレンの術中に嵌る間抜けな貴族たち。


「公妃様のドレスもハニーアンバー店のものですわね!ナタリー自慢のドレスだって、お店に飾って
 ましたものね!公妃様のために誂えたようなドレス。素敵ですわ!あんなに似合っているドレスを
 売っているハニーアンバー店を公妃様が潰すような噂を耳にしていましたけど、まさか、公妃様も
 御愛用だったとわ!噂なんて、当てになりませんわね!
 アンナリーゼ様もナタリーも、公妃様があのように美しく着てくださったら、さぞ、嬉しいでしょう
 ね!旦那様、私ももう一着、欲しくなりましたわ!」


 さっきの顛末を想像させる材料をしっかり含め、さらに公妃のドレスが素敵で似合っていると大袈裟に言うカレン。
 こっちの言い分をきちんと盛り込みつつ、周りの貴族が納得のいくようにまとめてしまった。
 さらに、侯爵に甘えて、私も欲しいと宣伝まで入れてくれた。
 カレンも貴族のご婦人の中では、着るドレスにまで注目を浴びる女性の一人である。その女性が欲しいと言えば、宣伝効果抜群だった。
 うちのドレスを着た女性を連れていない男性たちは、目の色が変わる。女性たちは、男性たちから耳打ちをされて喜んでいるということは、ドレスを買ってもらう約束でも下のだろう。ホクホクと笑う女性たちは、うっとり幸せそうな顔をして私たちのドレスを見ていた。


「ドレス、量産しておかないといけなさそうね?ナタリー」
「えぇ、そうですね!ニコライに言っておきますわ!」


 扇子の向こう側、二人で悪い顔をしていると、ジョージアとウィルが呆れかえっている。


「商魂逞しいのは、商人だけでなく領主もですか?是非、私の連れにももう一着。ソルト、どうかな?」
「エール様、ありがとうございます!私、とっても嬉しいですわ!できれば、公妃様みたいなものも
 着てみたいです!」


 例のものがバレるといけないので、少しだけ大人しめのドレスを着せてあるソルトは、上手にエールにおねだりしていた。
 カレンを彷彿させる色気に豊満な胸に細い腰。色男であるエールの隣に並ぶに相応しいその女性が、私の実の兄だと気づくものはいないだろう。
 それにしても、偽物をエールに相当押し当てているが、エールも満足そうである。
 ちなみに、兄が着ているドレスは、ナタリーに調整してもらった後、エリザベスへあげるらしい。
 仲睦まじく寄り添う二人をウィルとナタリーはポカンと見ていたし、周りの貴族は羨ましそうにしている。それ程、お似合いなのだ。


「アンナリーゼ様、こちらソルトと申します」
「素敵な女性ね!やけちゃうくらい仲がいいこと!」
「おかげ様で。アンナリーゼ様も仲睦まじくいらっしゃるではないですか?」
「ふふっ、ジョージア様との仲は、とっても良好よ!もし、誰か割り込んでこようものなら……」


 周りの貴族たちが、何故かゴクンと生唾を飲み込んでいた。


「ものなら?」
「……こんな良き日に、これ以上は言わないでおくわ!カレンたちもエールたちも楽しんで!」


 そういったところで、ウィルとナタリーが壇上の挨拶へ向かい、私とジョージアは挨拶回りにきた貴族たちに対応することになった。


「サ……ソルト、かなり楽しんでない?」
「そうですよ!情報収集は集めようとして集めるものではないのです。楽しんでいれば、自ずと情報の
 方から手招きしてきますから!あれでいいのです!」


 ジョージアはちらりとソルトを見ている。女性や男性に囲まれながら、とても楽しそうに笑っていた。


「ジョージア様も行かれますか?そうすると……悪女は愛想をつかされたと噂されますけど!」
「いいや、アンナの側でアンナのことを見ているよ!俺にとって、アンナが1番の教科書なんだろうから」


 そんなに熱烈にみられていたら、さすがに恥ずかしいですわ!とジョージアとじゃれていると、だいたいの挨拶が終わったようで、公と公妃のファーストダンスが踊られるようだ。
 壇上から公と公妃が二人して降りてきた。
 ダンスホールと様変わりした大広間の真ん中で踊る二人を見て、私たちも行きましょうかとジョージアの手を取り、ダンスホールへと向かうのであった。
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