上 下
574 / 1,480

始まりの夜会

しおりを挟む
 アンバー公爵家は、朝から慌ただしい。いや、この国の貴族たちは、みな、朝から……昨晩から慌ただしいことだろう。
 今晩開かれるローズディア公国の始まりの夜会に向け、それぞれが準備をする。


「アンナ様、お風呂行きますよ!」
「アンナ様、そこでマッサージしますからね!」


 アンナ様……アンナ様……とデリアの声が屋敷中に響き渡る。
 デリアが名前を呼ぶたびに、屋敷の侍女やメイドだけでなく、ありとあらゆる人たちが慌ただしく屋敷中を駆けまわっていた。
 その中でも、比較的に暇そうにしているジョージアが、子どもたちと遊んでいてくれているようだが、朝からの騒ぎに当の娘さんはソワソワし始めたようだ。


「ママ、忙しいの?」


 小さいながら、屋敷中のばたつきに何かがあるのだと考えたようだ。
 私室で一息入れているところだったので、おいでと呼び寄せると、とたとたと駆けてきて足に抱きついた。
 すっかり重くなったアンジェラを抱きかかえ、おぼろげながら、私も母に同じようにしてもらった記憶があった。
 私には、その傍らには兄がいて、母の周りをウロウロとしている私に常についてきていたのを思い出しクスっと笑う。
 アンジェラを抱きかかえたまま、ソファに座る。すると、膝の上で座るかと思っていたアンジェラは隣に座り直し、足をぶらぶらとさせている。


「今日は、ママもパパも夜になったらお出かけするから、今は準備中よ!」
「アンも連れて行ってくれる?」
「アンジェラは、まだ、ダメよ」
「どうして?どうして、ダメなの?」


 足をぶらつかせるのにも飽きたのか、私を見上げて我儘を言いたそうである。
 そんなアンジェラの頭をクシャッと撫でると目を細めていた。
 今、こうして来ているということは、寂しいのだろう。領地にいるときは、執務をしていても、執務室で遊んだりもしていたし、何よりレオもミアも側にいてくれた。
 公都に帰ってからは、二人もサーラー子爵家で教育を受けたり可愛がられたりしているので、なかなか会えない。
 私も、こちらに帰ってきてから、なかなか子どもたちとの時間を取ることができないでいた。
 もちろん、私はこっそり一緒に寝たり、執務終わりの夜中に顔を見に行ったりしていたので、子どもたちとの時間はあったが、起きている間に一緒に遊んだという記憶がないことに寂しさを感じているのだろう。


「そうね、アンジェラは、まだ、大人として認められていないからね」
「大人?」
「そう、もっと大きく成長して、心も体も美しい女性になれたら、アンジェラにも、お城から招待が
 されるわ!今日は、パパとママの二人だけが招かれているから、アンジェラは行けないの」


 しょぼんと肩を落とすアンジェラを抱きしめて、そっと耳元で囁く。


「アンジェラは、大人になったら、この国1番の美人なお姫様になるわ!誰もが手を差し伸べたくなる
 程の。パパが心配するくらいね!」


 すると、俯いていた顔が少しだけ上がる。
 私と一緒で意外と単純なのと、ジョージアのことを実はとても好きなことも最近知った。
 ウィルは、アンジェラの中で優しいお兄さんだと認識できるようになり、受けきれない程の愛情を注いでくれているのがジョージアであることに気づいたのだ。
 ミアが、お父様というウィルは、アンジェラに対してではなく、ミアに対してジョージアが自分にしてくれることと同じことをしているとなんとなくわかってきたみたいである。


「ママとナタリーが、じっくり時間をかけて、綺麗なお姫様にしてあげるからね。
 今日は、まだ、アンジェラのお披露目の日じゃないのよ。その日が来たら、ママが盛大にお披露目会
 するからね!約束よ!」


 微笑みかけると、ジョージアと同じ蜂蜜色の瞳が、細められた。
 小指を出して約束をすると、手で口元を抑えて肩を震わせて笑っているアンジェラは、嬉しいのだろう。


「二人だけの秘密だからね?」


 そう伝えると、さらに嬉しそうして、秘密の約束と頬をほんのり赤くしていた。



「アンナ様、もうあまり時間がありませんからね!」


 デリアが部屋に入ってきて、私と一緒に並んでクスクスと笑っているアンジェラを見て驚いていた。


「アンジェラは、ここにいる?」


 準備を再開する私よう促された私はソファから立ち上がり振り返ると、ソファから覗き込んでコクンコクンと頷く。


「では、アンジェラ様もアンナ様がお姫様になるところを見ていてくださいね!」
「デリア、残念ながら、もう、お姫様という歳ではないわ……」
「では、女王様ですかね?」


 イタズラっぽく笑うデリアは、私を着飾ることが大好きなので、少々はしゃいでいる。


「女王様って感じでもないけど……」
「公妃様と並び立っても見劣りしないようにいたしますわ!腕によりをかけて」


 張り切りすぎるデリアを多少窘め、私を着飾り始める。
 ナタリーが作ってくれた青紫薔薇のドレスを身にまとう。1度試しで着てみたが、やはり胸元と背中が大きく開いたデザインで少々恥ずかしい。
 それを感じたのか、デリアが少しお待ちをと用意していた箱を開いた。
 中に何が入っているのかと覗くと、紺糸で作られた薔薇のレースである。青紫薔薇に負けず、とても美しいそのレースにため息をつく。
 聞いてはいたが、これをどうするのだろうか?
 ただ、その前に、この美しいレースをアンジェラに見せてあげたくなった。


「アンジェラ、いらっしゃい」


 私がアンジェラを側に呼ぶと、デリアが止めようとする。笑顔でかわし、見せてあげることにした。


「アンナ様!」
「そんなに怒らない。繊細なものだってことは私にだってわかるけど、これは、アンジェラにも見せて
 あげた方がいいものよ!」
「ママ、これは?」


 その場にしゃがみ込み、アンジェラと同じくらいの視線になった。箱を手繰り寄せ、アンジェラの前に置くと、目を輝かせ、わぁっ!と声を出し喜んでいる。
 見せてあげてよかった。すごく喜んでいるのがわかる。


「ママ、これ……何?」
「レースっていうの。ママのドレスにもついているでしょ?」


 ほらとドレスを広げると、青紫の薔薇が咲き誇っていて、それをきつめの印象ではなく優しい雰囲気をもたらすためにレースが使われている。


「ママ、綺麗ね!」
「ありがとう。アンジェラもいつかこんな素敵なドレスを着るのよ!」
「約束?」
「そう、約束ね!」


 嬉しそうにするアンジェラを遠巻きに少々ハラハラしながらデリアが見ていた。


「そういえば、このレースはどこに使うの?」
「それはですね、アンジェラ様、少しだけ下がってください」


 そういってレースを持ち上げ胸元にあてがう。
 襟ぐりのところに留め具がついていて、そこにつけていった。
 開いていた胸元が、レースで覆われる。白い肌が、紺糸で作られたレースの下からチラッと見え、それはそれで色気を演出させた。


「うん、いいですね。これは、ナタリー様に報告しないと。鏡見てみますか?」


 デリアが姿見を持ってきてくれる。それに映った私を見て、確かにこのレースはいいなとドレスに見惚れる。
 背中の分もあるようで、つけてくれた。


「着脱出来る上に、レースの高さも変えられるので、同じドレスでも印象が変えられるらしいです。
 今期の目玉として扱うらしいですよ!だから、敢えて胸元と背中を大きく開いたものを始まりの
 夜会に流行らせたらしいです」


 デリアがナタリーの考えているドレスを売る戦略をかなり熟知しているのか、教えてくれる。
 私を着飾ることに関しては、二人はかなりの協力体制をひいているといってもいいだろう。
 アンジェラに褒めてもらい上機嫌な私は、次なる着飾りにいそしむのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...