上 下
547 / 1,480

初めまして、年増女……

しおりを挟む
 私は扉の前で固まっている子爵と夫人を招き入れ、席を勧めた。なかなか、勧めているのに席についてくれないし、子爵夫人は……ちょっと、顔が青い。
 レオとミアはすでにアンジェラの側に来ており、いつものように収まっている。
 それを見て、さらに困惑をしている夫妻に、ニッコリ笑いかけた。圧力をかけているつもりは全くないが、ゆっくり、ゆっくり席に向かってくれた。


「エマ、先に帰って、この手紙をウィルとディルに。あと、帰りは馬車で帰るから迎えに来てって言って
 おいてくれるかしら?」
「畏まりました。アンナリーゼ様、ネイト様は……」
「ここに置いておいて大丈夫よ!」


 私は、エマにお願いだけして、手紙を持って行ってもらう。
 そして、子爵たちに向き合う。
 レオとミアはアンジェラを構ってくれていて、さっき泣いていたのは誰かと思えるくらい笑っている。
 ジョージは、少しだけレオもミアも苦手なのか、中に入っていこうせず、遠巻きにジョージアの後ろから見ているだけだ。


「初めまして、年増女……」
「……コホン!アンナ?」
「失礼しました。初めまして、サーラー子爵。アンバー領主、アンナリーゼ・トロン・アンバーと申し
 ます。隣は夫の……」
「ジョージア・フラン・アンバーです」
「あと、この子がアンジェラとそちらはジョージです。ほら、二人共挨拶して?」


 さっきの今だったので、ちょっと怯えた顔をしながら、夫妻にペコリと頭を二人共下げた。
 その様子を見て、頭をなでなでしてあげると、ホッとした顔になる。


「……子爵位を賜っております、ロベルト・サーラーと妻のマートです」
「先程は、大変失礼をいたしました!!」


 サーラー夫人は、私を見て平に謝っている。先程の子持ち年増女と言われたことをさしているのだろう。
 私は微笑むだけである。そんな気にしていない。いない。決して、思っていない。


「サーラー夫人、気になさらないで!私は、ウィルにいつも助けられてばかりいるのです。年増女くらい
 で気にしてたら……ウィルに毎日怒らないといけないじゃないですかね?」
「たしかに、アンナはウィルとはいい意味で軽口を言い合う程の仲だからね?」


 その言葉を聞き、子爵夫妻は、顔を青く……青白くしている。
 アンバーと言えば……公爵位。それも筆頭公爵であることは、貴族であれば、この国の民であれば、誰しもが知っている。
 そんな、アンバーに対して……ということなのだろう。
 見ているこちらが、可哀想になるくらい、恐縮しきっている。


「あの……その、ウィルとは……うちの愚息とは……」
「私の同級生ですよ!学園で出会って、意気投合したのです。私自身があちこちに出かけるので護衛を
 してもらったり、領地運営で相談相手になってくれたり……と、得難いとても大切な友人ですわ!」


 私の言いように、夫妻は驚いていた。ウィルがこの両親に自分の話をとくに友人関係や仕事のことを話しているようには思っていなかったが、まさにそのようだ。
 ある日突然、中隊長になったとか、伯爵になったとかは人づてに聞いているが、本人からは何も言われていないらしい。極めつけは、二人の子持ちになったことだろう。さすがに、養子を迎えることになったとだけ報告はされていたらしいが、これには、両親とも、とても驚いたどころではなかったとのことだ。
赤ちゃんでもなく、そこそこ物事を理解しているレオと側を離れようとしないミアを見たとき、さすがに何か悪いことでもと思ったそうだ。それに、この二人と一緒に母親はついてこなかった。てっきり、子連れの母親と結婚するからの養子だと反対しようとしていたらしいが、初めて屋敷に連れてきたときには、すっかり二人の子ども、特にミアは可愛くて仕方がなくてついつい許してしまったらしい。
 ミアは、可愛いから仕方がない。レオもまだ幼いから、可愛いと思うんだけど……アンジェラを構っているレオをちらりと見た。

 噂話や人づてに聞いたウィルの話をそれぞれに精査していたらしい。いつも、何かあれば、その先に私の存在があったことは、薄々感じていたという二人からしたら、私という存在がどんなものなのか気になっていたたらしい。
 悪名高い噂も流れているアンバー公爵夫人。ダドリー男爵の断罪に直接手をかけたことも、アンバー公爵であるジョージアを押しのけて筆頭公爵に昇りつめたことも、公が事あるごとに求婚をしているこも、夜会で華々しく男性陣を囲っていることも、全て事実として国中に広がっている話ではあった。
 親としては、あのウィルがそんな私に付き従っていること自体を不思議と考えていたし、悪名高いからこそ一緒にいてほしくないだろうが……実際会ってみたら、なんのこともない小娘であることがわかったようだ。
 そのように見えるよう、可愛らしい夫人を演じているわけだが……ウィルの両親には、いい印象を持ってもらいたい。


「あの、聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「あん……」
「あなた、名前は……」
「いいですよ!アンバー公爵では、二人ともですから、名前で呼んでください!」
「はい、では……アンナリーゼ様は、うちの愚息をその……あの……」


 とても言いにくそうにしているので、なんとなく言いたいことがわかる。


「私は、ジョージア様が好きですの」


 ニコッと笑いかけると、そうですか……と少し寂しそうにしている。結婚をしないウィルのことを案じていることは伺えた。だからって、私はウィルとどうこうなることは、ない。
 それは、みなが知っていることで、どんなにウィルと仲良くしていても友人とじゃれているくらいのものだと皆が理解している。
 内に秘めたものがあろうがなかろうが、私は変わらないとナタリーが言っていた。


「学園に入った頃ですね。ウィルの方から声をかけてくれたのですよ!確か……護身術か何かのとき
 でしたね。私、こう見えても、ウィルより強いので、興味をもったようです」
「うちの愚息よりですか?それは、いくらなんでも……」
「冗談だと思います?一度、ウィルに聞いてみてください。ウィルの強さは、国一と言っても私は頷き
 ますけど、この事実だけは、ずっと私とウィルの間で認識が変わることはありません。それが、ウィル
 という近衛としても人としても強くなる目標となっているのですから。ウィルと話すきっかけにして
 いただいて構いませんよ!まぁ、ウィルは負けたことをいうとは思いませんけど……」


 ふふっと笑うと、知らなかったと夫妻は二人がお互いを見て話している。
 ウィルが、本当に身も心も強いこともこの人たちは知らないのだろう。


「あの、伯爵になった経緯とかは……ご存じですか?」
「それは、インゼロ帝国との小競り合いをおさめた功績ですよ!放っておけば、大きな戦争へと発展した
 かもしれない小競り合いだったのです。ローズディア公国の兵士もインゼロ帝国の兵士も誰一人傷つけ
 ることなく、インゼロ帝国の将軍を引かせた功績は、後にも先にもそう多くないでしょう。
 相手は、全戦全勝とも言われるノクト将軍を引かせたのです。もう一人の私の友人であるセバスチャン
 が男爵位を同じときに拝命しました。今は二人共、アンバー領改革のため、私が、公から借り受けて
 います。だから、今はアンバー領に来ていただいてますよ!」


 知らないことばかりだったようで、二人共小さくため息をついた。
 たぶん、1番聞きたかったことが、あるようだ。
 チラッとレオとミアを見て、私へと視線を戻した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

最強魔導師エンペラー

ブレイブ
ファンタジー
魔法が当たり前の世界 魔法学園ではF~ZZにランク分けされており かつて実在したZZクラス1位の最強魔導師エンペラー 彼は突然行方不明になった。そして現在 三代目エンペラーはエンペラーであるが 三代目だけは知らぬ秘密があった

引きこもりが乙女ゲームに転生したら

おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ すっかり引きこもりになってしまった 女子高生マナ ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎ 心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥ 転生したキャラが思いもよらぬ人物で-- 「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで 男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む これは人を信じることを諦めた少女 の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...