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早く帰って来てください!

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 私は子どもや友人たちとそぞろ歩いていた。
 デリアが、私を慌てて迎えにきてくれる。


「……はぁはぁ……アンナ……様……今すぐ……屋敷に帰ってきてください!あの、あの方から、
 連絡って来ていましたか……?」
「あの方って誰?」


 よっぽど慌てて来たのだろう、芋屋のおばさんが水をくれデリアに渡す。
 それを乱暴に飲み、一息し息を整えた。
 普段なら、これくらいでは一糸乱れないデリアの慌てように、身構える。


「今すぐ、戻ってください。公妃様がおいでです!」
「えっ?公妃様?なんで?ここ、アンバー領だよね?」
「えぇ、正真正銘アンバー領ですよ!公妃様がいらっしゃいましたから、今すぐ戻って着替えてくだ
 さい!そのまま出るとか言ったらどうなるか……」
「……あっ……はい、お願いします」


 私はデリアに手を取られ駆けだす。


「ウィル!ついてきて!私の護衛!アンジェラ、どうしよう?」
「おっさん!お嬢頼む!」
「ノクトぉー!お願いね!」


 私はデリアに続いて屋敷へ行くと、さっと公爵仕様へと変貌をするため、着ていた服を脱いだ。
 たぶん、ウィルも慌てて、中隊長の制服に着替えてくれているはずだ。


「アンナ様、目つぶっていてくださいね!」


 そう言ったかと思えば、一瞬で顔ができてしまった。
 その後、青紫のドレスに袖を通す。私の二つ名である、『青紫の薔薇』になぞってあるドレスである。
 青薔薇たちをつけてもらい、公爵アンナリーゼが完成した。
 ちょうど、そのころに扉がノックされる。


「どうぞ!」
「姫さん、準備どう?って、はっや!」
「デリアにかかれば、あっという間よ!」
「姫さんが威張ることじゃないからな?」



 そうね……と、肩を落とすと、その肩を叩かれ、今すぐ客間へ向かうようデリアに促された。
 今、ここで1番位が高い侍従はデリアであるので、全てデリアにかかっている。


「ごめんね……」
「いいえ、想定外ですから……仕方がありません」
「公妃様って、一人で来たの?」
「はい、公はおいでではありませんでしたよ?」


 私は、大きくため息をついた。
 公妃と話すことなんて、これっぽっちもないのだ。
 なのに、一体何をしに来たのだろう……今日は、子どもたちの誕生日で、領地が湧いているというのに、いらぬ客に私は怒りさえ覚える。
 カレン夫婦なら、私は大歓迎でも敵対する公妃は願い下げであった。


 コンコンとデリアがノックをし扉を開ける。
 愚痴を言っていたのか、こんなときまでと思いたくなるようないでだちに、私はイラっとする。


「公妃様、ご機嫌麗しく……遅くなってしまい申し訳ございません」
「本当ね、私がわざわざ、こんな田舎に着て差し上げたのに、何の準備もされていないだなんて、
 アンバー領はたいしたことがありませんね?」


 相手が公妃でなければ、今すぐ胸ぐら掴んで玄関から投げ飛ばしていただろう。
 私はドレスの裾をギュっと握って我慢して、微笑みを深くする。
 デリアも同じくだったようだが……お茶を頼むことにした。


「デリア、お茶を」
「失礼いたしました」


 デリアが、紅茶を私と公妃の前に置いている間に、説明をすることにした。
 本当は、公妃になんて、この紅茶を飲ませたくなんてなかったが、仕方ない。


「こちら、アンバー領で採られた最高級茶葉でいれました紅茶になります」


 両方の前に置かれたのを見計らって、紅茶を一口飲む。
 更に、目の前に置かれたクッキーを1枚食べる。それを確認した公妃は、紅茶を飲み始めた。


「まぁ、これはとっても香り高く美味しい紅茶ですこと!こんなの公都で飲んだことありませんわ!
 早速、公にお願いして注文していただかないと……」
「……売りませんよ?」
「えっ?」
「いえ、なんでもございません。この紅茶の茶葉は、生産量が少ないので、買い占められてしまうと
 困ります。トワイスの王室やエルドアのにも卸させていただいていますので……」
「では、ローズディアにも卸しなさい。公が私のために言い値で買い取ってくださるわ!」
「公妃様は、ご存じありませんか?この紅茶は、既に公の元へ卸しております。
 公がどのように飲まれているかは知りませんが、一定数以上の納品はお断りしておりますので、公へ
 融通してもらえないか、公都に帰ってからお尋ねください」


 そう、わかったわとやけに素直にいう公妃に、私は少し驚いた。
 この紅茶をかなり気に入ったようで、手に入れたいと強く思っているようだ。
 でも、これ以上、公に売るつもりはないので、揉めるならそっちで揉めてほしい。


「それにしても、この騒ぎは一体何?みっともなく騒いでいて、やだわ!」
「今日は、ハニーローズの誕生日ですから、領地のみなが祝ってくれているのです。
 今年は他領の方も参加くださいましたので、賑やかになりました。
 とても、ハニーローズもこのお祭りを喜んでいますわ!」
「へぇーさすが田舎ね。子どもの誕生日を領民が祝うだなんて。笑いが止まらないわ!」
「何故です?公子の誕生日を祝ってくれる国民はいらっしゃいませんか?健やかに育っていく公子に
 みなが明るい未来を期待しているのです」
「そ……そんなこと、知らないわよ!私も公子なんて、城の外に出ることはないですもの。
 田舎育ちの侯爵令嬢には、お似合いなのかもしれないわね!」


 ホホホと笑う公妃に、私はだんだん腹が立ってくる。ぎゅっとぎゅっと拳を握り怒りをやり過ごす。
 ただ、それも限界値を越えている。


「それで、一体、今日、祝いの日に何をなさりに来られたのですか?」
「なぁにぃ?そんな、急かさなくっても。こんな珍しい祭りをみてあげているんだから、ふふふ、
 貧乏人のすることは、オカシイはね!」
「アンナリーゼ様」


 ウィルが私の浮いたお尻に気づいたのか、声をかけてくれる。
 目の前にいる公妃は、貧乏人と蔑むが、アンバー領はもっと酷い有様であった。
 ここまで持ち直したのは、領民一人一人が努力した結果だ。
 これから、改革を進め、もっともっとこの領地を魅力があり、みなが胸をはって誇れる領地にするために、それぞれが頑張っている最中であるにも関わらず、それをわからないバカな公妃が私の領民を笑う。
 もう、我慢がならなかった。私は、このアンバーへ嫁いでまだ5年とたっていない。
 それでも、私は公爵として夫人として領主として一領民として、この領地も領民も愛している。
 なのに、なのに、なのに!


「公妃様、今、身に着けているものの中でアンバー領やコーコナ領、更に私たちに賛同してくれている
 領地のものがどれかわかりますか?
 この領地と関わりのあるもの、全て脱いでください。今、着ているもの身に着けているものの殆どは、
 この領地で、領民が大切に作っているもの。
 さぁ、全て、その全てを一切合切置いていってください!かかった代金は私が支払いますから!」


 私の見立てでは、来ているドレスはナタリーのデザインであった。作っているのはコーコナ領でナタリーが囲っていた女性たちが、ひと針ひと針丁寧に縫っている。
 その布は、手塩にかけて作った綿花や蚕から作られたもの。それを布にしていく。
 顔回り、腕回りを飾る宝石は、ティアが作った者である。特殊な方法で作るものは、一目見ればわかる。
 公国一の宝飾職人と名高いティアの価値は、今うなぎ上りでみなが欲しがる。
 公妃も漏れずということだろう。


「な……何を言っているの?」
「何って、公妃様が蔑んでいる領民が、この領地のために立ち上がってくれた人たちがひとつひとつ
 着る誰かのためにと丁寧に作ったものです。その価値もわからず、身に着けていいものではありま
 せん!
 まずは、ドレスから。そのピアスも髪飾りも指輪もネックレスもですわね!
 この公国で、私の息のかからないものなんて今ではすくないのです。ご存じありませんか?」


 私は、もう限界である。
 目の前にいるだけで、殴り飛ばしてしまいたくなるほど、拳は堅く結ばれ、掌に爪が刺さっていた。
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