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お弁当と提案

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 サラおばさんと別れてから、また馬に跨りパカパカと歩かせる。
 今日はまだ冬とはいえ、春の陽気を少しはらむようで、日があたっていれば温かい。
 すぐそこに春が来ていることを感じれば、私だけでなく、アンバー領もそろそろ目を覚ますころだろう。
 これから、畑に街道にため池にと、やることはたくさんあるのだ。
 人は、いくらいても足りない、そんな感じだった。頭の中で人員配置を考える。


「アンナリーゼ様、眉間に皺が寄ってますよ?」
「えっ?本当?」


 セバスに指摘され、眉間を人差し指で伸ばす。
 確かに触って見ると……皺になっていたので、デリアに叱られる案件である。


「何を考えているのです?」
「人員をね、どうすれば効率がいいか考えていたの。でも、どう考えても、足りないわね!
 かといって、これ以上、近衛を引き抜くわけにもいかないし……」
「コーコナ領の方は、どうですか?余っている人材とかいないですか?」
「コーコナか……どうだろう?ディルに募集かけてもらえるよう頼んでみるかな。
 でも、そんなにいないと思うのよね。ただ、もうひとつ問題が……」
「なんです?」
「食べ物ね。人が集まれば、食べ物が不足する可能性もある。できれば、まだ、豊かでないアンバー領で
 受入れられる人員は今でギリギリだったりするのよね」
「確かに……」
「今、人がいるのは……麦畑を始め、春の種まきまでに畑へ肥料を追肥したり、ため池を作ることを
 優先したいのよね。でも、石灰を作ることも優先したい……」
「石灰を作るのをある程度の量ができるまで集中的にしましょう。畑に石灰をまくのがいいという話も
 聞いたので、そこはヨハン教授も含め意見を聞いて、より良い畑に繋げましょう。
 その次に、ため池ですね。まずは、掘らないといけないので……掘った後の土の処理も考えないと
 いけませんね。最後に、街道整備という順でもいいかと……何はともあれ、食に繋がることをまず
 準備しないと、また、2年前にまで戻ってしまいます。
 あと、葡萄畑も肥料をという話もありましたね……春に向けて、いろいろと忙しくなりますから……
 食べ物優先で人員をさきましょう!」


 私はセバスの提案に頷く。今、提案してもらった順番が正しい。
 食べなければ、動けなくなるのだ。まずは、食の確保からしないと、今年のできは、来年の生活に直結する。
 二期作ができるようになったという報告はあっても、去年のように穏やかな気候で1年が続くとは限らない。
 災害がおこることも想定した上で、今後の計画をしないといけない。
 まず、春の分については、夏前に収穫できる。この分については、あまり予想外のことが起こるとは思っていない。夏から秋にかけての分については、去年も雨が多かったこともふまえ少しだけ心配であった。
 それでも、一昨年よりかは収穫が上がったので、少しだけ余裕があるにはある。備蓄もあるので、2年前に比べれは、多少の楽観はしている。
 相手は自然、読めないことを考えながらも、計画はしていかないといけないだろう。


 馬上から見る景色は、初めて領地を訪れたとき、1年前に比べ、とても変わっている。
 その姿が本来のアンバー領ではあるのだが、回復しつつある領地を見れば、私も嬉しくなる。


「貝殻の件なんだけど、どれくらいになっているのかしら?セバスは知っていて?」
「ごめん、そこは石切の町に任せっぱなしなんだ……だから……」
「それなら、実際行ってる俺たちの方が詳しいかも!」


 後ろからついてきていたリリーとアデルが話に加わる。
 リリーはずっと入りついてくれているし、アデルは交代で石切りの町へ行ってくれているので私より詳しい。


「毎週のようにバニッシュ領から、貝殻が馬車に2台から3台届いてます。毎日焼いて、砕いて粉にしてを
 しているんですけどね……あの領には正直驚かされます。あれほど、消費量があるんですね……」
「そうなの?じゃあ、あの階段から少し立ってるから、結構な量になったかしら?」
「それは、かなり……なので、2、3週間とめたとしても、大丈夫だと思います。
 石の切り出しももう終わるという話だったんで、ピュールに言えば、手伝ってくれるんじゃないです
 かね?」
「頼んでみようかな……」
「そうしてみてください!石切りの町は、農作に不向きな土地ではあるので、小麦の流通なんかで、
 少しだけ色をつけてみたらどうですか?」
「うーん……それは、ちょっと考え物ね。同じ土地なら同じ値段じゃないと、まずいのよ。石切りの町
 だけ安いと、みんなそこに買いに言っちゃうでしょ?
 領地全体を同じ店で回しているからこそ、値段は安定的に安めに設定してはいるの……
 うーん、ちょっと、対価については考えるか……そのまま、街道整備の賃金に上乗せするかなぁ?」
「そういえば、我々の賃金はどこからでているのです?」
「ん?ウィルとセバス、アデルたち公国から借りている人材については、公国からの賃金は出ている
 わよ!食住だけは、アンバー領が持ってるの。だから、できる限り、アンバーから出る食事以外は、
 お金をしこため払って欲しいのよね!そうすると、領地の経済が回るから!
 どんどん、お金、使ってちょうだい!」


 アデルにニッコリ笑いかけると、やや引き気味である。
 本当のことなのだから、協力はしてほしい。ちなみに、低品質の葡萄酒や蒸留酒については、破格の値段でといっても、通常よりむしろ高い値段で宿舎に置いてある。
 これが、娯楽の少ないアンバー領で飛ぶように売れるのだ。
 なかなか、いい収入源ではある。アデルには内緒ではあるが、もしかしたら知っているのかもしれない。
 リリーたちには、このからくりについては、近衛たちには言わないでくれと言ってあるので今のところ順調に売り上げが伸びている。
 例の小瓶にしたことで、瓶から直接飲め、量的にもちょうどいいらしい。
 瓶は回収箱をちゃっかり用意して、回収してしっかり殺菌して使いまわししている。
 ゴミも減って、瓶を作る手間も省けて、ちょうどいい量で一石二鳥ならぬ何鳥だってみなに言われているのだが、これも、公都から来た近衛たちには内緒だ。


「そろそろ、お弁当にしようか?」
「お弁当ですか?持ち合わせていませんけど……」
「人数分持ってきているから、あの日当たりのいいところでいいかしら?飲み物は冷たいのだけど……
 許してくれる?」
「それは、かまいませんよ!僕たちは遠征のときは、水分すら微妙なときもありますから」


 高台の日の当たるところに四人が腰を落とす。
 すると、アデルはかなり驚いていた。私が、地べたに座るだなんて予想もしていなかったようである。


「あっアンナリーゼ様!」
「何?あっ!はい、これお弁当ね!」
「ありがとうございます……じゃ、なくてですね?」
「ん?」


 コテンと小首を傾げ不思議そうにワザと見つめる。
 私にしては、いつものことなので、驚くことに驚いてみた。セバスやリリーは見慣れているので何も言わなかったが、初めての出来事に戸惑うアデルには、三人が顔を合わせて笑ってしまう。


「その、地べたに座るというのは……」
「あぁ、気にしないで!ここは領地だし、社交場ではないもの。好きなように楽しむのが大事なのよ!
 気にしないでちょうだい」
「えっと……」
「ほら、気にしないで食べなさい。少し相談もあるし……」


 しぶしぶ座るアデルだが、チラチラとこちらを見て座り始める。
 そんな様子が新鮮で仕方がなかった。
 今から、もっと突拍子もないことを言おうとしているのに……大丈夫だろうか?


「それで、相談ってなんですか?」
「うん、セバス。もう一人近衛から引き抜こうと思うんだけど……」


 チラッとアデルの方を見るとセバスは、大きくため息をついた。
 ただ、アデルについては爵位もなければただの小隊長である。
 引き抜きをしたところで、たいした効力もないだろう。賃金を考えても……うちで出せる範囲ではないだろうか?
 本人さえ、頷けば……引き抜いてやれる。


「誰を引き抜くのです?いい人いたら、私からも声をかけておきますけど……」


 アデルは自分が引き抜きの対象となるとは思っていないのだろうか?
 私だけでなく、セバスもリリーもアデルへ視線を向ける。


「アデルは、アンナ様に引き抜かれたいとは思ってないのか?」
「えぇー引き抜きですか?私なんて引き抜いたところで、平民ですし……役に立つとは思えませんけど
 ね!あっ!失礼なことをいいましたかね……リリーさんも平民なんですよね?」
「あぁ、そうだ。警備隊にいたんだが、腐っていたところを助けられた」
「へぇー私もここの出身なら、あるかもしれませんけど……って、みなさんなんでこっち見ているん
 です?」
「うちの子にならない?」
「はい?」
「うちの子は、ちょっと違う気がしますよ?アンナリーゼ様」


 セバスに苦笑いされ、視線で僕からとアデルに続けてくれるらしい。


「アデル」
「はい、セバス様」
「もし、アデルが、この領地に残ってもいいというのなら……アンナリーゼ様の護衛としているつもり
 はないかい?」
「えっ?私がアンナリーゼ様の護衛ですか?」
「そう、私の回りには、爵位をもったウィルもいるけど……一応近衛なのよ。ノクトも副官だけど、
 あっちもこっちもと好きに飛び回っているから、いないのよ。で、一人くらい護衛をつけるようにと
 言われているの。こんなふうに出歩くからね……」
「それで、ですか……?でも、アンナリーゼ様はお強いですよね?私なんて、足元にも及ばない」
「それでも、護衛がいると認識されているのといないのでは、違うんだよ。
 これから、アンナリーゼ様は、公爵として社交場へ出ることがあるからね。必要なんだ」
「うーん、でも、爵位がないと入れませんよね?ああいうところって」
「確かにね。でも、お付なら、入れないこともないわよ!今まではそういう人がいらなかったから
 あえて、連れて歩かなかっただけだから」
「リリーでも良くないですか?腕っぷしなら……俺より強いでしょ?」
「うん、そうなんだけどね……」
「俺では、ダメなんだ。同じ庶民でも、近衛にいるアデルとでは、雲泥の違いがある」
「何のです?マナーとかなら習えばいいし……」
「そういうことじゃない。俺は、この地に慣れすぎているんだ。領地ではいいが、公都で一緒にいると、
 どうしても浮いてしまう。だから、ずっと前に領地以外は断っている」


 そういうものですか?とクビを左右にふりながらアデルは考えていた。


「期間は、公都に帰るまでとするわ!いやなら断ってくれて大丈夫。断ったからって何かあるわけでも
 ないし、気に入ったから、それなりに今後もこっそり支援はするわよ!」
「わかりました!考えてみます!」


 アデルは返事をし、持っていたパンに齧りついた。
 私たちも早々に食事を終わらせ、次の目的地へと足をむけるのであった。
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