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畑の真ん中で

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「あら、アンナちゃんじゃないか!」


 私たちは麦畑の真ん中を馬から降りて、てくてく歩いていた。
 朝早くから作業をしている人がちらほらいて、私はそれをぼんやり眺めていたところだ。


「おはよう!サラおばさん!」
「おはようさん!赤ちゃんは順調に育ってるかい?」
「えぇ、もうだいぶ大きくなりましたよ!」
「そうかい、そうかい。上の子もさぞ可愛らしくなっただろうね!」
「うん、とっても美人さんで、いろんなことに興味深々みたい!
 もう少し大きくなったら連れてくるから、そのときは可愛がってあげて!」
「あぁ、わかったよ!アンナちゃんもよく頑張ったね!」


 サラおばさんは、出産のことをとても褒めてくれる。意外と子どもが生まれると子どもの方に話がいくのだが、こういう言葉をかけてくれるサラおばさんが、私は好きだった。


「ところで、今日は視察かい?寒いだろうに……もう少し暖かくなってからでも……」


 こんな時期に視察とは、全く……とセバスたちに時期を考えろというふうで一睨みしている。男性陣はそれにすくみ上がっていた。
 なので、私が割って入ることにする。さすがに、私の我儘に付き合っているのに、可哀想だ。


「アンナちゃんがいいならいいけど、まだ、子どもを産んで数ヶ月なんだ。
 もっとカラダも労ってあげないと、ねぇ?あんたら!」


 再度サラおばさんにひと睨みされれば、お付きの男性陣は、項垂れたり明後日の方向を見てやり過ごすていた。


「まぁまぁ、そう言わないで!私の我儘なんだら……」


 サラおばさんを宥めて、本題に入ることにした。


「今年の冬の手仕事は、見せてもらったのだけど見事なものだったわ!」
「あぁ、本当かい?」
「えぇ、年々腕が上がっていくわね!」
「そりゃね、教え方がいいから……今年は、それだけでなくアンナちゃんのドレスの飾りも手伝った
 んだ!お給金たくさんもらったよ!」
「私の?」
「春ようのだそうだよ?そろそろ、社交にも出ないといけない季節なんだろ?」


 よく知らないけどとサラおばさんは少し困った顔でこちらを見たので、ふふ、そうねと答えると、ビックリするぐらい出来がいいらしいから楽しみしていてくれとニコニコとサラおばさんは笑う。


「そういえば、今年も例の肥料、使わせてもらうよ!もう少ししたらまく予定で、今、人の確保に
 あたってるところさ。去年は、驚くほどの収穫量だったからね!今年もそれを見込んではいるんだ。
 アンナちゃんのおかげで、ここいらの農家は活気づいてきたよ!
 今までは、仕方なしに農地に出てきた奴らも進んで出てくるようになったさね!」


 サラおばさんと話をしているうちに人がだんだん増えてきた。
 皆一様に畑の準備にかかっているようだが、チラホラ聞こえる声が明るい。


「今年は、麦畑以外にもやってみたい作物があるって聞いているんだ。
 みな、張り切っているのさ!」


 サラおばさんの話を聞く限り、ヨハンが次に何か考えていることがわかる。
 なんだかんだとヨハンも領地改革には協力的で農作物に関しては、試してくれていた。
 毒の研究はさることながら、その知識は領民へ還元されているらしい。
 確かに……偏屈で、扱いにくいけど……サラおばさんなら、その垣根も飛び越えてしまうだろう。
 背中をバンバンと叩かれているヨハンを想像しただけで、笑いが込み上げてくる。


「悪いんだけど、また、人の融通はきかせてもらえるかい?」
「人ね!うん、今年は近衛もいるから、農作業も手伝ってもらう予定よ!
 足腰も鍛えられるからね!嫌だと言ってもやらせるわ!」


 サラおばさんとそれは見ものだね、楽しみだと笑いあう。


「へっぴり腰だったら、おばさん、近衛だろうと何だろうと喝を入れてあげてね!」


 後ろでクスクス笑っているが、リリーもアデルも手伝いに行かなくてはならないのだ。
 わかっているのだろうか?意地悪く笑いながら呼んでみる。


「リリーにアデル?」
「なんでしょう?」


 リリーは訳知り顔になったので、何をいうのかわかっているようで、何も知らないアデルは私に呼ばれてきょとんとしていた。


「リリーはなんだか、わかっているみたい……」
「わかっているとは?」
「ん?アデルも農家さんのお手伝いするんだからね?ここかもしれないし、よそかもしれないけど、
 人手が足りないからクワとかスキとか持って、耕すのよ!」
「えっ?」
「うん、するの!収穫時期にはカマ持って麦の刈り取りとかね?するのよ!」
「はい?」
「近衛を借りたとき、そういう作業もあることをきちんと公に伝えてあったわよ!
 本人たちに伝わっているかどうかは知らないけど、がんばりましょうね!
 ちなみに、私は口出しだけで、役に立たないから!」


 そんな話を初めて聞いたのか、へなへなっと地面に座り込んでしまった。


「言っておくけど、クワとかスキとかカマとか使うとかなり勉強になるわよ!
 カマとかだったら、首の跳ね飛ばし方とか、クワとかスキなら上段からの切り落としとかの練習」
「そんなとこまで、練習に繋げるんですか?」
「当たり前じゃない!ただ、農家さんの人手が足りないから手伝えって言っているわけではないのよ!
 ちゃんと、実績を元に、取り入れているんだから!ノクトを想像って、会ったことある?」
「ノクト将軍にはあります!」
「あの人、普段からクワとかスキとか持って、領地の畑を耕してるし、開墾もしたわよね?
 確か、山の方……老後ゆくゆくは住みたいからとか言って。勝手に作らないで欲しい
 んだけど……とにかく、何事も明日の強さのためだと思って全力で取り込むように!」


 呆気にとられながらも畏まりましたとアデルは返事をしていた。


「そういや、アンナちゃん学校も開校するとか?今やっているのより大きくするのかい?」
「えぇ、そのつもり。もうすぐ、生まれ故郷からヨハンみたいな人たちがくるの。
 農業の話であったりいろいろね、私たちでは、まだ、力不足だから補ってもらう人たちが来る
 予定よ!その人たちが、教鞭をとることになっているの!」
「へぇーいやさね?うちの息子が勉強したいって……こんな忙しい時期に困ったなと思ってさ……」
「その辺は、考慮させてもらうわ!まだ、少しだけ時間があるし、いろいろ準備をしないといけない
 こともたくさんあるから、心配はしないで!」



 サラおばさんに笑いかけると、そろそろ私も戻ると畑へと帰って行った。


「アンナリーゼ様……あの……この領地の強さの秘密ってなのですか?」
「兵を育てるかしらね?人を育てるには時間がかかるの。
 感謝を持って、領民へと接してほしい。そうすれば、少しの間だけでも、毎日食べるパンのありがた
 みを感じられるから!」


 アデルは、なんとなくわかりました……と、強く頷く。
 目で見ているよりずっとか、大変だよ?とアデルに心の中で呟いておいた。
 先に大変だと言うと、仕事を放棄しそうだったから……
 これで、麦畑の戦力は確保できたであろうと、私はほくそ笑むのである。
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