上 下
427 / 1,480

お手の早い子爵にはご用心、でも、夫人こそがやりてよね?

しおりを挟む
 隣国バニッシュ領領主、エール・バニッシュ子爵。
 隣国の子爵でありながら、ローズディアの城で開かれる夜会に行けば、だいたい、いつでも出会える噂の黒の貴族。
 黒い髪に黒い瞳は、ダドリー男爵家を思い出すようで、本人もとても魅惑的な男性である。

 数日前、領地に帰ってきたのでとかねてからのお茶会に誘ったら、是非にと返事がきたので、今、準備をしている。
 女性と見れば見境なくお持ち帰りする彼だが……ある意味、アンバー公爵家とも因縁がないかと言えば、そうでもない。
 ジョージアと第二夫人の子どものであったソフィアの子どもとされている子は、ジョージアの子どもではない。
 何を隠そう、ソフィアとバニッシュ子爵の子どもなのだ。
 わかった上で、今は育てているが、事実を知るみなにとって、触れてはいけない話でもあったし、私が懇意にしようとしている意味を訝しんでいる相手でもあった。


「さて、エールが来たら話すことについて、ノクトは何かあるかしら?」
「何かって、貝殻のことしかないだろ?他に何かあるのか?」


 含みを持たせる言い方で私に話を振ってきたが、来年にもしたいことと関係していることにも関わってくるので、先に話した方がいいだろう。


「今、カレンの実家からリンゴを取り寄せてお酒を作ることになっているのは知っている?」
「あぁ、戴冠式の前あたりに言っていたな?」
「果実酒シリーズを作ろうかと……」
「そのバニッシュ領では何が採れるんだ?」
「オレンジ!」
「オレンジ?」
「えぇ、オレンジでお酒作ろうって思っているの。って、みんなどんな顔なのよ!」


 私が周りをみて睨むと、驚きましたとあからさまな顔をしている。
 それほど、驚くものなのだろうか?
 驚くことなのだろう……
 しかし、オレンジリキュールは、お菓子にだって使えるとかなんとか……聞いたことがある。
 それなら、自前で作っきゃないだろう的な発想です……甘いものは目がなくてごめんとは内緒だった。


「その、なんだ……作れるのか?オレンジでも」
「そうね、作れるって話をサムからお返事はもらっているわ!リンゴも然り。
 リンゴの収穫も終わってひと段落したら、アンバー領に送られてくるし……今から、どんなお酒に
 なるか、楽しみなのよね!」


 ふふんと笑うと、一様に苦い顔をする。
 私がお酒を飲めないのを知っているからだろう。
 なのに、わざわざ因縁のある人物と関わってまで、作るお酒なんてということだろう。
 お酒は飲めなくても、楽しみ方はあるのだ。


「まぁ、リンゴはおいといて、オレンジの話だな。本当にするのか?酒作りも……
 本格的に、いろいろと手を伸ばしすぎている気はしてきたぞ?」
「わかっては、いるの。
 でも、今のうちに基盤となるものを作って利益をあげられないと、次はなかなか難しい。
 成功したから、更なる成功を求めようとする人は少ないのよ……できるだけ、安牌を取りたい思う
 のは、人のサガなのよね……仕方ないじゃない」
「だからと言って……急いては事を仕損じることもある。十分に気を付けてすすめないと」
「うん、そう。とりあえず、話はつけてみるつもりだけど、まずは、領地内をしっかり基盤を作ること
 にもしたいから、外から持ってくる事業はとりあえず終わりかな?
 その後は、また、何かには着手したいと思っているけど……」
「わかった。話し合いだけなら、まぁ、収穫期も来年だからな、いいだろう!」


 そう言ってくれるだろうと思ってた、ノクトに笑いかけると、いいようにされているなと苦笑いしている。


「そうそう、後は、例の貝殻ね!明日言ったら、どれくらいで手元に届くかしらね?
 こちらの領地でも貝殻の回収をできるようにとはしているけど……大量にいるわよね!」


 考え込むようにしていた私に微笑みかけるのは、イチアだった。


「レストラン等の出店具合や地産地消具合にもよるかと思いますね。
 バニッシュ領でどれほど食べられているかで、どれほどの量になるかわかりません。
 インゼロ本国にも聞いてみましょう。領地全体となれば、それなりの量も必要ですからね!」


 イチアに言われ、ありがとうと答える。
 確かにノクトが治めていた領地は、海があるとことだった。
 すると、日常的に食べている可能性もあるので、アンバーで呼びかけるよりかは効率がよかった。


「黒の貴族と会うときですけど、誰か側に置いてくださいね!侍女ではなく、ノクトとかウィルとかが
 いいですね!ちゃんと護衛はつけてください」
「それは、絶対?」
「えぇ、絶対です。何があるかわかりませんから……」
「わかったわ!じゃあ、ウィルを同席させることにするわ!」
「聞いていいか?」
「何かしら?ノクト」


 私はノクトに質問される意味がわからなかった。
 なので、そういうときは、本人に聞くがいい。何事なのかと……


「あぁ、なんで、ウィルを護衛に同席させるんだ?」
「うーん、ちょっと違う。今から話すから聞いて。
 テーブルにつくのは、私とウィルとエールね。私の後ろに護衛としてつくのがノクト。
 それには、ちゃんと理由があるの。
 同じ席につくのが、ノクトではダメな理由は、まず、見た目、雰囲気、年齢ね。
 エールの方がノクトよりだいぶ下なのはわかるわよね?
 ただ、エールもバカじゃないから、ノクトがどんな人間でどんな隠し玉を持っているかくらいは、
 知っているはずよ!
 その点ウィルなら、近衛の一員でもあるけど、年は下で領地のことをあまり勉強してなさそうな
 軽薄さがいいのよ!実際は、めちゃくちゃ頭がよくて、そうとうお勉強しているんだけど……
 飄々として座ってお茶しているだけでは、わからないでしょ?
 夜会では、それなりに人気あるウィルのことを知らないはずはないけど……話したことはないはずよ」
「それで、だまして絡めとるって?」
「そんなことできるわけないでしょ?エールもなかなかのものだけどね……
 それより、後ろにいるバニッシュ子爵夫人はかなりのやりてなのよね!
 だから、旦那が騙されるようなことがあれば、まず、今日のお茶会があることもエールには教えない
 でしょう」
「そんなやりて夫人が相手か?」
「そうなのよ……エールをなんてめじゃないの!後ろにいる夫人こそが私たちの最大の目標ね。
 うんと言わせられないと、次の話にすすめないことだけは、覚えておいて!」


 私は、周りを見渡しひとつ頷くと、なかなか夫人たちも大変なんだなとどこか他人事である三人を睨む。


「夫人には夫人のやり方っていうのがあるのよ!表舞台に立つことだけでは、領地を運営していくだ
 なんて、出来ないのよ!
 領地が繁栄しているのは、なにも爵位持ってる旦那が頑張っていて、うまく回しているように思って
 いるでしょうけど、実際はお茶会やら夜会なんかで必死に情報をかき集めて整理して領地に活かせる
 ものを選別している夫人がいる領地こそが1番厄介なところなのよ!」
「アンナのようにか?」
「私は、もう夫人じゃないわ!夫人の枠を出てしまえば、好きなように領地改革だってできるもの!
 旦那にたいして内助の功をしているカレンなんかを相手にすれば、わかるわよ!
 まぁ、どこの夫人よりも、うちのお母様ほど苛烈な人はいないと思うけどね……」


 バニッシュ子爵夫人を褒めると、なるほどなっと、みなが頷いた。
 エールより手ごわいだろうとふんでいた。実際、ソフィアの子どものことさえ、エール夫人に相談したと言ってたくらいだ。
 バニッシュ子爵夫人という肩書は大事にされていることが伺えるので、私も、視線の先を見据えた話をしないといけないなと考えるのであった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

最強魔導師エンペラー

ブレイブ
ファンタジー
魔法が当たり前の世界 魔法学園ではF~ZZにランク分けされており かつて実在したZZクラス1位の最強魔導師エンペラー 彼は突然行方不明になった。そして現在 三代目エンペラーはエンペラーであるが 三代目だけは知らぬ秘密があった

引きこもりが乙女ゲームに転生したら

おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ すっかり引きこもりになってしまった 女子高生マナ ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎ 心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥ 転生したキャラが思いもよらぬ人物で-- 「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで 男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む これは人を信じることを諦めた少女 の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

ただひたすら剣を振る、そして俺は剣聖を継ぐ

ゲンシチ
ファンタジー
剣の魅力に取り憑かれたギルバート・アーサーは、物心ついた時から剣の素振りを始めた。 雨の日も風の日も、幼馴染――『ケイ・ファウストゥス』からの遊びの誘いも断って、剣を振り続けた。 そして十五歳になった頃には、魔力付与なしで大岩を斬れるようになっていた。 翌年、特待生として王立ルヴリーゼ騎士学院に入学したギルバートだったが、試験の結果を受けて《Eクラス》に振り分けられた。成績的には一番下のクラスである。 剣の実力は申し分なかったが、魔法の才能と学力が平均を大きく下回っていたからだ。 しかし、ギルバートの受難はそれだけではなかった。 入学早々、剣の名門ローズブラッド家の天才剣士にして学年首席の金髪縦ロール――『リリアン・ローズブラッド』に決闘を申し込まれたり。 生徒会長にして三大貴族筆頭シルバーゴート家ご令嬢の銀髪ショートボブ――『リディエ・シルバーゴート』にストーキングされたり。 帝国の魔剣士学園から留学生としてやってきた炎髪ポニーテール――『フレア・イグニスハート』に因縁をつけられたり。 三年間の目まぐるしい学院生活で、数え切れぬほどの面倒ごとに見舞われることになる。 だが、それでもギルバートは剣を振り続け、学院を卒業すると同時に剣の師匠ハウゼンから【剣聖】の名を継いだ―― ※カクヨム様でも連載してます。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...