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僕らのトイレ事情Ⅱ

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 ヨハンに連れられ、私はほてほて歩く。
 研究も兼ね小さな小畑けが、研究所の裏手にはあるようで、何かわからないけど、野菜苗が植っていた。
 まだ、実を付けているものもったりと、わりと何でも作っているようだった。


「ヨハン、この畑は自分たち用の野菜?」
「そうです!ここで実験も含めて野菜ものの肥料の実験をしてるんで、食べれて実験もできて一石二鳥。
 小麦以外にも食べられる野菜とか、保存がきく野菜ものがあればいいかと思って、アンバー領地で
 育ちやすい作物を研究してるところ」
「それって……どれくらい保存可能になるかしら?」
「物によるから、なんとも。どれを栽培するのか、どれを栽培したら、アンバーにとって効率も良くて
 収穫量の確保ができるのか、その辺を考えながら決めて行かないと。
 あのでかいおじさん、なんて言ったっけ?」
「ん?でかいおじさん?」
「そう、砂糖のときの……ほら、あの!」
「ノクトのこと?」
「あぁ、そんな名前だった気がする。そのノクトさんと話して決めてみたいな。
 アンナリーゼ様は、知識が偏っているし、農作物のことはさっぱりだろ?」


 ヨハンに言われて、素直に頷く。
 美味しい野菜は食べるが、美味しい野菜を育てようというところまでは発想が追いついてない。
 お皿の上に並んだ野菜のことなど、美味しいわ!意外、考えたこともなかった。


「それなら……都合のつく日にノクトをここにこさせるわ!」
「まぁ、来年から……と考えるとそんなに急がない。
 考えているのは何個かあるから、気が向いたら来てくれと言っといてくれ!助手が説明するから!」
「ヨハンはしないの?」
「専門外。今度来るやつも農業に長けたのがくるんだろ?」
「えぇ、そうなの!」
「じゃあ、そういうことは、今後はもう、そいつに任せたらいいだろ。名前聞いてた中で、農業の奴等
 だけ知らないんだよな……」


 ヨハンは一人ごちて、ついたぞ!と胸を張る。
 なんとも言えない悪臭にくらくらして、鼻をつまんだ。
 口で息を吸っても、臭いはついて回るようで、どうしようもない。


「臭い!」
「そりゃそうだろ?あの家に住んでるやつらの糞尿だからな!
 これが第一層。1日に何回かとごるからかき混ぜているんだ!
 次が第二層。見ての通り少し色が変わってるのがわかる?」


 私は覗き込むが、とてもじゃないけど臭いでやられそうであまり近づきたくはなかった。


「これでもまだ、臭いがしないように努力した結果なんだけど……そんな顔されると傷つくな!
 ここの奴等は、この研究を面白がってるんだけど、向いてないんだな?お嬢様には」
「う……うるさいわね!私……自分のと子どものしか嗅いだことなんてないんだから仕方ないじゃ
 ない!」


 むぅっとヨハンに怒鳴りつけると、苦笑いされる。


「戦場に行くとさ、こういうのあっちこっちにあるらしいぜ?
 衛生的に良くないよなって思ってたらさ、やっぱ、病気とかの原因にもなりやすいんだって。
 だから、こうやって穴を作って纏めるらしい。
 これが、敵さんの体につく場合もあるとかないとか……戦場には出たくないな……」


 確かに、祖父の訓練のとき長期演習の練習のときは、穴掘りしたっけな?と考えると、こういうことなのかと納得がいった。
 確かに野戦できちんとしたトイレなんて、ないだろう。
 私は、長期遠征に行ったことがなかったので、あまり馴染みがなかったのだけど……穴掘りは新兵の仕事だと、穴掘りさせられた記憶がよみがえる。
 あとは、当初、アンバー領に来たときのことを思い出した。確かに汚物やゴミが散乱して、綺麗な町や村は殆どなかった。さらに病気になっていた人も多かったと記憶している。
 清潔に整えてからは病人が当初に比べ、とても減ったと報告があったことを思い出した。
 町や村を綺麗にしておいてよかったと今のヨハンの説明を聞いて初めてわかった気がする。
 ただ、町や村を綺麗にしたかっただけなのだが、病気になるなど副産物まであったことを私は思ってもみなかった。
 知識不足だな……と反省はしないといけない。ただ、アンバー領の生活向上の目標に向けて始めたことは間違いではなかったことが嬉しい。
 ヨハンのおかげで、病人も減ったのもありがたい話ではあるが、持ち上げると調子にのるから言わないでおく。


「ねぇ?ヨハン?」
「なんですか?」
「そんなにめんどくさそうに言わなくても……」
「聞きたいことは、今から説明しますよ!」


 そういって、また歩き始めるヨハンに続いて歩く。
 長閑な畑になんともと思いながら歩いていると、説明が始まる。


「僕らが使える土地で、他の領民にも影響がないと考えて使えるのはこの場所しかなかったんで仕方
 ないんですがね……この山の向こうって何があるかご存じですか?」


 ヨハンの意図することがわからず、また、山の向こうに何があるのか知らなかった。
 話を促すと洞窟へと入っていく。


「ここにこんなところがあるの?」
「偶然見つけたんですよ!採集の最中に。奥へ入っていくとそれほど大きくないんですけどが地底湖が
 あった。さらに、その奥まで続くと……海に出るんです!」
「うみ?」
「見たことがないですか?」
「知識ではあるけど……実際は」
「じゃあ、産後出かけてみるといいですよ!」
「で、それがどうして……?」
「まず、僕らの糞尿がろ過されたものは、この地底湖に溜まり、そこから海に流れていますと説明した
 かっただけです」
「えっ?どういうこと?ろ過?」


 私の知らないことを説明できることは実におもしろいらしいヨハンは、地底湖を覗き込むようにというので、私は言われるまま覗き込んだ。
 水はとても綺麗なのか、底まで見える程であった。ここに?ヨハンたちの?あの臭いのものが?
 疑問が疑問を呼びさっぱりだ。


「この地底湖には、汚水を分解する細菌がいるようでしてね。もちろん、人間や家畜などには無害だが、
 排泄物には興味があるらしい。ここの水を一定量、毎日汲んであの第一層の肥溜めに入れるわけです。
 1日3杯ほどだったか?」
「えぇ、そうです。そうすることで、臭いも以前より抑えられています。その後に続く第二層にも、
 その後は第五層まであるところに毎日汲んできた地底湖の水を入れると、中で細菌が汚物を分解し
 地底湖に着くころには無色透明な水となります」
「それって……ここまで下ってきたことに関係あるわよね?水は上から下に流れる……だから、
 一層より二層の方が下にあるわけだし、採集の地底湖まで繋がっている」
「本当の最下層は海だ。一度潜ってみたいと思っているが、この細菌のおかげで、見る限りでは魚が
 大型化してきているように思う」
「それで、トイレの臭いがしないのは?」
「それこそ、この水を使っているからだろう。トイレから一層に繋がっているからな。
 水を運ぶ手間はあるが、捨てに行く手間はない」
「ようを足すためだけの部屋があって、そこにはこの水があって、その水で一層に流しちゃうから臭いが
 しないってことかしら?」
「そういういことだ!なかなか、勘がいい!」
「褒められていない気はするけど……」
「それって、領地の他のところでもできるかしら?」
「水汲みとそうだな……町の規模にもよるな。村ぐらいならなんとかなりそうだが……」
「培養とかできないの?」
「難しい言葉を使うな……できなくはないだろうけど……俺たちは、専門外」
「また……専門外……」
「仕方ないだろう?」
「確かにそうだけど……」
「もうすぐ、くる奴らの中で興味があるやつがいたら早急に手を打てばいいだろう。
 急いで急ぐわけでもないだろうからな!」
「そうだね……他のところだと、川に流すことになるのかしらね……」
「だろうな?でも、まぁ、無害だから、大丈夫だ。心配なら、最終層になるところに万能解毒剤は
 入れておけば大丈夫だろう!」


 ヨハンの説明を聞いて納得し、これを返ってセバスやイチアに相談したいという気持ちになる。
 もし、それが領地全体で可能なら……今町や村を綺麗を維持してはもらっているが、くさいものには蓋をしてきたことが解決できるんじゃないかと、嬉しくなった。
 制約もあるかもしれないが、まずは、提案をしてみよう。
 領地が少しでも綺麗になるのなら、いい考えだとほくそ笑むのであった。
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