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黒いドレスの女Ⅱ

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「サラおばさん、あのね……私の侍女がついてきているの。呼んでもいいかな?」
「アンナちゃんの侍女かい?」
「うん、カルアと同じ時期にアンバー公爵家に入ったらしくって、もしよかったら……
 お話させてもらえないかって言われてるんだけど、いいかな?」
「えぇ、えぇ、もちろんよ!お屋敷でのカルアの様子を聞きたいわ!」
「わかったわ!じゃあ、呼んでくるわね。
 私は、これで、失礼します。何か私にできることがあればいってちょうだい」
「ありがとう、でも、これ以上は何もしてもらうことはないわ。今までのような関係で私たちは大丈夫
 だよ!アンナちゃん、私たちは……あなたに期待している。
 娘のことは、アンナちゃんが思わなくていいんだよ。自由に領地を繁栄させてって!」


 サラおばさんの言葉に、何も返す言葉出てこず、微笑み返す。
 私は、サラおばさんの家から出ると、そこには心配でついてきていたのだろうデリアがおろおろと歩き回って待っていてくれた。


「デリア、どうしたの?」


 私の苦笑いに、デリアが駆け寄ってくる。


「アンナ様!」
「どうしたのよ!馬車で待っていてって言ったでしょ?」
「その……心配で」
「ふふ……ありがとう。話は終わったわ!サラおばさんたちにデリアの話をしたら、話を聞きたいって
 言ってくれたから、いってらっしゃい!デリアが知るカルアを話してあげて!」
「アンナ様は……?」
「私は、少しだけ歩いてくる。心配はしないで!少し歩いたら、馬車に戻っているから!」
「畏まりました。では、行ってまいります」


 綺麗なお辞儀をして、デリアは扉を開き中へ入っていった。
 私はそれを見送り、歩き始める。


「アンナちゃんじゃないか?」
「こんにちは!」
「お腹、だいぶ大きくなったね!いつ生まれるんだい?」
「来月の終わりよ!」
「そうかい、そうかい!それは楽しみだね!今度は男の子かいね?」
「どうかなぁ?どっちでもいいわ!私にとっては可愛い子どもに変わりはないから!」
「確かに……小さいうちは可愛いなぁ……大きくなると、あれだからな」


 おばさんの視線の先、見覚えある男性が女の人に叱られていた。


「先月結婚したんだけどねぇ……尻に敷かれちゃって……はぁ……全く……」
「おばさん、そうは言っても、その方が家庭内が円満かもしれないよ?」
「あら、やだ!アンナちゃんのとこもかい?よくよく考えてみたら、うちもそうかもしれないわね!」


 おばさんは、息子夫婦を見てため息を漏らしながらも、幸せそうに笑う。
 そんな姿を見れば、私はほんの少しだけ、心がほわっと温かくなる。


「サラさんのところに行っていたんだね?」
「……」
「いいよ、言わなくてもここいらの人間はみんな知っているから。
 アンバーを守るためにとはいえ、辛い決断だったね。それも、領主自らがサラさんのところに来る
 なんて、たいしたものだよ。
 アンナちゃん、私はね……もう、この領地と一緒に死ぬんだと思っていたんだ。
 あと何年もしないうちに、作物も取れない土地となっていただろうし、よそに移れるお金もなかった。
 サラさんには悪いけど、アンナちゃんがいてくれて本当に助かった。息子たちにも未来ができたんだ!
 悲しみにばかり囚われずに、そんな幸せになった私らのことも覚えておいておくれよ!」
「……ありがとう」
「こちらこそだよ!私たちにも子どもたちにも未来をくれてありがとう!」


 長年農業をしてきたおばさんの皺皺の手が、私の手をくるむ。


「あんたの手は綺麗だね!それでも、私たちと一緒にゴミ拾いもしたし、内職もしてた。
 優しい手だよ!」


 ぎゅっと握られると、その手からの体温で閉じ込めていたものが溢れだしてくるようだ。
 そこでおばさんとは別れ、麦畑の方を歩く。
 収穫も終わり、何もない畑をずっと奥までみて回った。

 私は農家でもないし、知識がないので土の良し悪しはわからない。ただ、小道を挟んで左右には収穫量や麦の成長が著しく違うという報告を受けている。

 今年の冬にヨハンが開発した肥料を領地全体の麦畑にまき、麦の収穫量をあげる取り組みをするつもりだ。
 一部では早々に肥料を試したところもあるのだが、やはり実績として上がってきていた。
 2期作になれば、領地内で確保できる量も外に輸出できる量も格段に上がるし、美味しい麦が取れれば、それだけ価値が上がる。

 たくさんの命の犠牲の上に、アンバー領地の改革がなされている。
 例えば、搾取されていた頃になくなったアンバー領民。
 私が、手をかけたダドリー男爵家。
 守れなかった、侍女のカルア。

 私が知る限りでも100名以上の死の上にアンバー公爵である私は立っている。
 その命に報いる方法を考えながら、領地の繁栄をさせないといけない。

 畑の真ん中で、目を瞑る。
 瞼の裏に広がるのは、金色に輝く麦畑。
 ダドリー男爵の処刑。
 カルア、そしてソフィアの処刑。
 サラおばさんや家族の涙。
 さっきの若夫婦。
 ジョージの笑顔。

 次から次へと浮かんでは消えていく。

 ただ一人、秋風に吹かれながらじっと立ちすくむ。


「……私、間違っていないよね?ハリー」


 久しぶりに幼馴染の名前を呼んだ。
 今頃は遠く離れた隣国で宰相になるべく頑張っているだろう。

 不安になって思い出したのは、仕方なさげに私を見つめるハリーの姿だった。
 私が頑張る理由は、もう、ハリーのためだけではなくなっている。
 それでも、今は無性にハリーを思い出したくなった。


「私、頑張れているのかな?」


 答えのない問いに、不意に耳元で真紅の赤薔薇のチェーンピアスがチャリっと揺れる。


「そう、私、がんばれているのね!まだまだ、足りないけど……今日より明日。
 明日より明後日。明後日より1週間、1週間より1ヶ月、1ヶ月より1年。
 私、もっとがんばるわ!見ててね!あなたのいるトワイスでも、私の名前を聞いて、頭を抱えさせて
 あげるわ!」


 クスっと笑って目を開ける。
 目の前にいた、記憶の中のハリーは優しく微笑んでくれた。


「アンナ様!こんなところにいたら、風邪を引いてしまいます!
 出産まであと少しなんですからね!気を付けてくれないと!」
「そうね、ごめんなさい。戻りましょうか!」
「えぇ、気を付けてくださいよ!」
「うん、わかってる。話はできた?」
「えぇ、できました。カルアとのことは、私、忘れません。最初にできた友達ですから!」


 デリアが笑う。
 私はその笑顔を1つでも多くなるよう、今日のことを心に刻んだのである。
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